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従兄弟殿

 数日後、改めて子供達だけで会いたいと連絡が来た。その連絡文にも小間使いを必ず同伴するようにと書かれていたらしい。

 何故わざわざ私を連れて来いと言うのだろう?

 ヒラリーはそのことは気にならないらしい、ただグレッグ様と会えると喜んでいる。

 再びモラリス公爵邸を訪れた。

 今度は私も玄関まで馬車に乗って行った。

 案の定、モラリス公爵邸の人達は私の姿を奇異な物を見るように驚いた。この先ヒラリーに付き添ってこの屋敷を度々訪れなければいけないのならば、今から慣れておいて貰いたい。

 流石に執事殿は表情を変えることなく冷静にヒラリーと私を案内してくれた。

 執事殿がドアをノックして扉を開けた。そこにはヒラリーのグレッグ様とあのフードをかぶった従兄弟殿がいた。

「ヒラリー様が参りました」

 執事が部屋の中に案内した。

 従兄弟殿は部屋の中でもフードをかぶっていた。よほど顔を見られたくないようだ。

 従兄弟殿とは以前にも会っているので、私を見ても驚かなかったが、グレッグ様はあからさまに口をポカンと開けて私を見ていた。

 驚くグレッグ様に代わって、従兄弟殿が「ありがとう、お茶を持ってきてくれる」と執事に言った。この従兄弟殿、公爵邸の執事に命令できるようだ。

 執事が出て行くと「座ったら」と従兄弟殿がソファーに座るように言った。

 私はお嬢様と同じソファーに座れる身分ではないので、お嬢様の後ろに立つことにしたら、従兄弟殿は「一緒に座ったら」とヒラリーの横を指さした。

 私はどうしたら良いのか分からないので、ヒラリーを見ると目で“座れ!”と命令された。なるべくヒラリーに触れないよう離れて座った。

「初めまして、俺はグレッグの従兄弟でアルと言います。今はグレッグと一緒に暮らしているんだ。要するにモラリス公爵家の居候だよ。ところでローレイル侯爵令嬢はヒラリーと呼んでもいい?」と従兄弟殿はヒラリーに尋ねた。

 従兄弟殿の印象次第ではこの婚約が断られるのを知っているヒラリーは「ヒラリー・ローレイルと申します。どうぞヒラリーと呼んでください」としおらしく答えた。

 私は悪い物でも見たかのように思わず鳥肌がたった。

 私の様子をアルと名乗った従兄弟殿は見てニヤニヤと笑っていた。

「君は先日会ったよね。まだ名前を聞いていなかったけど、何というの?」

「ルカです」と言おうとしたら、横からヒラリーが「イルカです!」と口を挟んだ。

 まてまて、私の名前はルカだ。イルカではない。

 訂正しようとしたら、

「へぇ、イルカって言うんだ。面白い名前だな」と笑った。

 人の名前を笑うなんて!サイテーな奴だ。

 そこへメイドがお茶とお菓子を持って入ってきた。

 私がソファーに座っているのを見て、一瞬変な顔をしたので、どうしてかと思っていたら、お茶は三人分しか用意されていなかった。確かに一緒にいても小間使いにはお茶は出てこないよね。

 テーブルの上に置かれた茶器を見て従兄弟殿が言った。

「お茶が一人分足りないね」

 アルの声が尖っている。

「申しわけございません、すぐに用意致します」

 メイドが怯えたように返事をした。

「いいよ、俺とイルカは外に出るから。次から注意してね」

 従兄弟殿、恐いです。

「分かりました」

 この従兄弟殿、居候のくせにどこまで強気なんだろう。

「さあ、イルカ。ここはこの二人にして、俺たちは庭に出よう」

 ベランダに面した窓を開けてアルが先ほどとはうって変わって楽しそうに言った。

 逆らうと何をされるか分らないので、私は誘われるまま外に出た。

 部屋の中にいるより、外の方が逃げやすい。

 ベランダに出ると、庭に降りる階段があった。

 階段を降りて、私は従兄弟殿と庭園にでた。

 ここは先日お見合いをしていた場所ではないだろうか。などとぼんやり考えていたら

「イルカ、お前どうしてそんな格好をしているんだ?」と聞かれた。

 聞かれるだろうとは思っていたので「お嬢様の趣味です」と答えた。

「周りと違う姿をして、恥ずかしくないか?」

「恥ずかしくないわけないじゃないですか!でも侯爵家ではお嬢様の考えが絶対なんです。反論なんて出来ません」

「そうなのか。それは気の毒に」

 と言いながら従兄弟殿はフードの下で笑っているように見えた。

「俺はイルカがどんな格好をしていても良いけどな」

 もしかして従兄弟殿、あなたはお嬢様と肩を並べるくらい暴君の素質が有るのではないですか?怒りを通り越して恐怖すら感じる。

「そうだ、お前この間この木を軽々と登ったよな」

 いつの間にか四阿の近くに来ていた。

「お褒めにあずかりありがとうございます。鍛錬の賜です」

 それ以上聞かれたくないので、頭を下げておく。

「褒めてはいないが、鍛錬ってなんだ?」

「鍛錬は、鍛錬でございます」

 ヒラリーの命令で、毎日木の上を飛ばされているなんて口が裂けても言えない。従兄弟殿に言って、ヒラリーのお見合いがダメになったら困る。

「ふーん。ところでイルカは剣は習ったことがあるか?」

「剣は習っていませんが・・・」

「ふーん、俺が教えてやろうか」

「何故に剣を教えたいと思うのですか?」

「お前足腰強そうだから、剣を習うのも良いかと思ったんだ」

 そうですか。そういえば国外追放になったときに護身の為に剣が使えると便利かも知れない。

「面白そうですね」

「やってみるか」

「教えてくださるのなら、習ってみたいです」

「よし、ちょっと待っていろ。練習用の剣を取ってくる」

 そう言ってアルは屋敷の方に走って行った。そして、しばらくして木で出来た剣を二つ持って戻って来た。

「初めから打ち合うのは難しいから、型から始めよう」

 アルは私に剣を差し出した。

 練習用の木剣といっても結構重たかった。

「まず剣の重さに慣れるんだ」

 アルは丁寧に剣の持ち方を教えてくれた。それから剣の型を一つ教えてくれた。

「俺の師匠がいつも言ってるのは、まず剣に慣れろだな」

「型をしていれば剣に慣れるのですか?」

「毎日やっていればそれが習慣になると師匠が言っていた」

 毎日やっていれば「そうか鍛錬だな」と思わず口をついて出た。

「鍛錬?・・・そうだ鍛錬だ。出来るか?」

「出来ます。一日どのくらいすれば良いのですか?」

「そうだな、初めは出来る範囲で良いから、徐々に時間を増やしていこう」

「分かりました」

 私は剣を構える型を教えてもらった。

「この状態でまず30分耐えろ」

 足を前後に開き、両手で剣を持ち腰を低く構える。この状態で動くなという。

 素振りから始めると思っていたので、剣を構えて静止しているのは厳しい。

 だんだん剣が重くなり腕が震えそうになったとき、ヒラリーの声が聞こえた。

 ヒラリーがベランダに出て私を探しているようだ。

「お嬢様が呼んでいるようです。アル殿、今日はこの辺りで止めていいですか?次回までにはもっと我慢できるようにしておきます」

「チッ、邪魔が入ったか」

 ボソッとアル殿が舌打ちをした。

「しかし、俺には聞こえないのに、本当にお前の耳は良いな」

「ありがとうございます」とりあえずお礼を言っておく。

 私たちは二人でグレッグとヒラリーの元に戻った。

「アル、二人で何をしていたの」

 グレッグが持っている剣をみて尋ねた。

「剣を教えていたんだ」

「剣を?」

 ヒラリーが少し不機嫌な顔をした。グレッグはそれに気付くことなく「すごいな。次は僕も仲間に入れてくれよ」と面白そうに言った。

 ヒラリーは「次は」と言う言葉にすかさず反応をした。「それは面白そうですね。私にも教えていただきたいわ」と話しに割り込んできた。

 まてまて、ヒラリーお嬢様、普通貴族のお嬢様は剣を習ったりしないでしょうなどと思っていると、

「いや、お嬢様に剣を持たせると、俺たちが叱られます。剣はイルカだけに教えたほうが良いかと・・・」

 アル殿がやんわりと断ったので、ヒラリーはアル殿に見えないように私を睨んだ。

 私はヒラリーに近づいて、「国外追放されたときの為に剣を使えた方が良いと思いまして習うことにしたのですが・・・」とヒラリーにだけ聞こえる声で囁いた。

「そうね、それは良い考えだわ」

 ヒラリーは納得すると、アル殿に「私の護衛にもなりそうね。アル様宜しくお願いしますわ」と言った。

 私はアル殿に次に会うときまでに一時間型を取るようにと宿題を出されてしまった。

 それを見ていたヒラリーはその時には何も言わなかったが、屋敷に帰った途端、

「アルって何様!イルカに指示を出せるのは私だけよ!」と怒りまくっていた。

 従兄弟殿の機嫌を損ねると、自分の将来に関わるので、アルの前では何も言えず我慢していたのが爆発したようだ。

 翌日、『忍法帳』と日本語で書かれた巻物を持ってきて「イルカ、アル様の剣の他にこれも練習しなさい」と私に差し出した。

 どうやらヒラリーが自分で作った物の様だ。

 巻物を開いて見ると、中身は日本語ではなかった。

 “火遁の術”“水遁の術”“木の葉隠れの術”“金遁の術”“煙土の術”“分身の術”と書かれていた。

「お嬢様、これは何ですか?」

「それは、『忍法帳』よ。表の文字は日本語で書いてみたわ。昔日本に忍者と呼ばれる者がいたのよ。彼等が使っていた術よ」

「これだけでは分りません。火とか水とか書いてありますが、私は魔法を使えません」と巻物を突き返そうとした。

「あら、忍者は魔法なんか使えなかったわ。だいたい私の元の世界に魔法は無かったわ。それでも術を使ったのよ。彼等がいた時代と私の時代は違ったから、術の名前は聞いたことがあるだけで、内容なんて知らないわ。とにかくそれらしいものを自分で考えるのよ。アル様の剣を習うと言うのなら、これも鍛錬するのよ」

 明らかにアルに対抗心を持っているようだ。

 自分以外の人が私に何かを指示するのが嫌なんだろうけど、その為だけに新たな鍛錬をさせるなんて・・・勝手なものである。

 そんなの止めて欲しい。私の鍛錬の項目が増えるだけだ。

 結局ヒラリーは巻物を私に押しつけた。

 私は忍者が日本にいたことは知っているけど、術に詳しいほど知っているわけではない。お嬢様から言われた手前、それらしいことをやらないといけない。

 誰か助けてくれないだろうか・・・

 嘆きはすれど、誰も助けてくれないので、それらしく見える物を考えて鍛錬しなければならないだろう。


 その後も何度かヒラリーとモラリス邸を尋ねた。

 アル殿とグレッグは剣を振る稽古を、私は剣の型を、ヒラリーはその様子を見ているという和やかな?日々が過ぎていった。

 長いような短い期間を王都で過ごした私たちは、領地に戻ることになった。

 ヒラリーはグレッグと別れたくないようで、帰りたくないとごねていたが、両親が領地に戻ってしまった場合、一人で王都に残る気はないようだった。

 領地に戻る前日、別れの挨拶にモラリス邸を訪れた時、「グレッグ様次にお会いするのは学園に入学してからですわね。またお会いするまで毎日手紙を書きますわ」とヒラリーは涙ながらに言った。

 グレッグはやや引いていたが、そこは良家の子息らしく、ヒラリーの手を取り「私もなるべくお返事を書くように致します」と無難に返していた。

 アル殿は「剣の稽古を忘れるな。時々練習法を送るので、きちんと稽古の結果を知らせるように」と相変わらず上から目線で私に言ってくる。

 私的には、領地に戻ったら少しのんびりしようと思っていたので困ったものだ。まあ、お嬢様がいるからのんびりは出来ないだろうけれど・・・

 しかし私が再び王都に来ることはないだろうと考えていた。

 二年後にお嬢様が行く学園は全寮制と聞いている。貴族だけでなく平民も入学できるようだが、私は領地の学校に通うつもりだ。

 お嬢様が学園に行ったら、少しはのんびり出来るだろう。

 あと二年辛抱すれば・・・と考えたら、顔の筋肉が緩んで仕方なかった。


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