不審者
ふぅー、何度目かのため息を吐いた。
夜8時、ヒラリーはアルの寝不足を防ぐ為、アルの警護に行きなさいと言っていたが、本当にアルの所に行かないといけないのだろうか。
一応黒装束に着替えたが、いくら警護の為とは言え男子寮に行っても良いのだろうか。
しかし、行かないと後でヒラリーから何を言われるか分らない。とりあえずアルの所に行って相談することにしよう。
私は闇に紛れて窓から近くの木に飛び移った。そして隠れるように木から木へと飛び移りながら移動していると、昼間は自由に行き来できる女子寮と男子寮の間に魔法の壁が出来ていた。夜間に男子と女子が行き来出来ない様になっているようだ。
誰かが通過したら分るようになっているのだろう。見つかったら何を言われるか分らない。
私は魔法の壁を避けて、女子寮と男子寮の間に建っている校舎の屋根に登った。
流石に屋根に登って寮の境界を越えようと思う者はいないのだろう。屋根の上には魔法壁はなかった。
私はそっと男子寮のある敷地に降り立った。そして、また木々の上を飛ぶ形でアルのいる棟に近づいた。
5年生と6年生の棟に近づいたところで私の身体が縮んだ。どうやら私のゲームが始まったらしい。
私は注意深く辺りを見回した。そうすると、隠れるように動くフードをかぶった人影が見えた。一人、いや二人いる。彼等の姿も縮んでいたので、この二人が私のターゲットのようだ。
人影は上を見上げていた。
私も彼等と同じように上を見上げる。最上階にシールドを張った部屋が見えた。あの部屋はアルの部屋かもしれない。
彼等がアルの言っていた、シールドを揺らす者達なのだろうか。
私は彼等を観察した。腰に長いものが見える。彼等は剣を持っているようだ。寮内では剣の使用は認められていないはずだ。
私は気付かれないようにそっと近づいた。そして、素早く後ろから殴った。
それほど力を出していないはずだったが、二人はドサリとその場に崩れ落ちた。マントを剥いだら、学園の生徒ではなさそうだった。
さて、どうしたものか。このままここに置いていこうかと考えていたら、遠くから声が聞こえてきた。
声は上からと右からの2方向から聞こえる。右から聞こえるのは、巡回の警備員の様だ。私は不審者を警備員に発見されやすいように、通りの中央に転がした。そして、もう一方からの声に耳を傾けた。数人の男の声と女の声。ここは男子寮のはずだけど、女性の声が聞こえる。声は上の階から聞こえていた。
私は声のする方に目を向けた。アルの棟とは別の棟の最上階のようだ。
アルと反対の棟ということは、第1王子の部屋のようだ。
私は最上階のベランダに飛び上がった。そして、身を潜めてベランダのガラス越しに中を覗いた。
そこは、キラキラと装飾を施した部屋だった。第1王子の姿が見えるから、ここは第1王子の部屋のようだ。第1王子の他にサーシャリアとスコート、グレッグがいた。そして、驚いたことに聖女4人の姿もあった。
えっ、女子寮は男子禁制なのに、男子寮に女子がいてもいいの!
思わずガラス窓に顔を付けて中を見てしまった。
私の気配に気付いたわけではないだろうけれど、瞬間、グレッグと目が合った。
「・・・イ・・・」グレッグは驚いて腰を浮かせた。
私は慌てて屋根に飛び上がり身を隠した。
耳を澄ますと、部屋の中の会話が聞こえた。
「グレッグどうしたんだ」
スコートがグレッグに尋ねている。
「いや、ちょっと知り合いの顔が見えた気がした・・・」
やはりグレッグは私に気付いたようだ。
「知り合い?まさか、ヒラリーと言うんじゃないだろうな。ここは4階だよ。ヒラリーが来るわけないじゃないか」
この声は第1王子だろうか。
「いや、ヒラリーは風魔法の使い手だから、この高さなら平気で飛んでこれるはず・・・」と、サーシャリア。
「ヒラリーじゃ」ないとグレッグがブツブツと言いかけた途中で止めた。
「そうだな。ヒラリーだったら来れるかもしれないね」
グレッグはサーシャリアの言葉を否定しなかった。
「どうする?外を覗いてみる?」
スコートが尋ねる。
「いいや、僕の見間違いかもしれない」と、グレッグ。
「グレッグは婚約者に洗脳されているんだよ。彼女が怒ったら恐いから幻を見たんだろう」
いかにも有りそうなことだとサーシャリアが言っている。
「グレッグ様の婚約者って、今日図書室で会った人でしょう」
聖女の一人が言った。
「グレッグ様は彼女が恐いの?恐い相手とは別れて私と付き合いませんか」
誰だろう、こんなに図々しいことを言っているのは。
「僕はヒラリーと別れないよ」
グレッグの声が聞こえた。
うん、グレッグ様よく言った。思わず涙が出そうになった。
その時、下の方でちょっとした騒ぎがあった。巡回の警備員が不審者を見つけたようだ。
その騒ぎを聞きつけたサーシャリアがベランダに出て、下の様子を覗っている。そして、部屋に戻ると、「不審者がいたらしい。ちょっとした騒動になっているから、彼等の見つからないうちに君たちも寮に戻った方がいいよ」と言うのが聞こえた。
どうやら集まりは終りらしい。
私は屋根上の小さな窓から屋根裏に入った。
第1王子殿下の部屋裏はガランとした空間で誰もいなかった。くらい中を目を凝らして見ていると、部屋の中央に宝箱が見えた。私は宝箱の前に行き蓋を開けた。
宝箱の中には赤いガラス玉が入っていた。魔力の気配を感じたので、それをポケットに仕舞った。
そして、再び屋根の上に出ると、隣の棟の屋根に飛んだ。
屋根からベランダに降りた。そうするとそこには、ベランダに出て下の様子を見ていたアルがいた。
アルは、「イルカ!」驚いた様だ。
「こんばんは、アルの警護に来ました」
私は用意していたセリフを伝える。
「警護?」アルはピンと来ていないようだ。
「昼は図書館で話していた寝不足解消の警護です」
私はわざと寝不足解消を強調して言った。男子寮に侵入するという一大決心をして、わざわざ来たのに・・・その反応はなんなの。と、突っ込みたくなった。
「あ、そういえばそんな事を言ってたよね。ヒラリーの魔力暴走でスカッリ忘れていた」
アルは私を部屋の中に案内した。
アルの部屋は落ち着いた色彩で、第1王子の部屋の様に派手ではなかった。
「さっきの下の騒動。ここに来る途中、下からアルの部屋を見上げていた不審者と遭遇したので、私が倒しておきました」
「さっきの騒動はそういうことだったんだ。俺の部屋を見上げてたって?」
「今もそうですが、この棟に近づいた途端2頭身に返信したので、何か有ると周りに注意を向けていたら、怪しい二人組を見つけたので成敗しました」
「シールドの揺らぎを感じたのはそういう訳だったんだね。ありがとう」
素直に頭を下げられたので、私は慌ててしまった。
「それが私の仕事ですから」
「それでも助かったよ」
アルがアルらしくなくお礼を言うので、間が持てなくなった私は、話題を変えることにした。
「話しは変わりますが、女子寮は男子禁制なんですけど、男子寮に女子が尋ねてきても大丈夫なんですね。隣の棟から女子の声がしたので覗いて見たら、第1王子の部屋に聖女達が集まっていました」
「ああ、ジョイールは時々聖女達を部屋に呼んでいるようだね」
「女子寮は男子禁制なのに・・・もしかして、王族の特権?」
「そういう訳じゃないけれど、聖女隊の打合せとか有るから、学校の許可をとっていると思うよ」
そうなんだろうけど、何だか釈然としなかった。
「そうそう、隣の棟の屋根裏でこれを見つけました」
私は赤いガラス玉を見せた。
「これは、昼間の薄緑のガラス玉と同じみたいだね」
アルは手に取って光に透かして見てる。
「ほら、ガラス玉の中央に赤い揺らぎが見えるだろう。これは火の魔石だろう」
アルの言うようにガラス玉の中央に赤く揺らめくのが見えた。
「これは火の魔法を使う人にプレゼントしたらいいよ」
「アルも火の魔法を使うでしょう」
「俺も使うけど。俺は火だけじゃないから、火の属性の人が使った方が良いと思う。ヒラリーと相談してみたらいいよ」
私はヒラリーに相談することにして、赤いガラス玉をポケットに仕舞った。
「ところでアル、そろそろ寝てくれる?」
アルの睡眠不足を解消するために私の睡眠時間を削っているのだから、早く寝て貰って、早く帰りたい。
そんな私の考えを見透かしたように、アルはニヤッと笑うと寝室の扉を閉めた。




