魔石
ヒラリーは喧嘩を売られたと思ったのか、聖女をジロリと睨み返した。そんなヒラリーの様子を見て、聖女は挑発するように唇の端を少し上げて笑った。そして、見せつけるようにグレッグの手を取って耳元に顔を寄せて何か囁いた。
グレッグの顔は見えなかったけれど、恥ずかしかったのか耳が赤く染まるのが見えた。
私は隣に座っているヒラリーを覗った。
ヒラリーの周りの空気が変わっている。顔を赤くしているが、こちらは怒りが爆発する前の様だ。
ヒラリーは、バン!と周りに響くように勢いよく両手で机を叩いて立ちあがった。
その音は吹き抜けの図書館全体に響いた。
図書館にいた全員が一斉にヒラリーを見た。
この音で、グレッグはヒラリーがいたことに初めて気付いたようで、驚いた顔で私たちを見た。
ヒラリーを見たら怒っていることに気付いたはずだが、呆然と見ているだけで席を立ってくることはなかった。
ヒラリーの周りで風が渦巻いていた。長い髪がぶわっと広がった。
ヒラリーの身体から尋常でないほどの魔力が溢れ出ていた。ヒラリーの魔力は強い。暴走したら図書館の中に竜巻が吹き荒れるだろう。
「ヒラリー様、魔力が漏れています。怒りを鎮めてください」
私は魔力の暴走を止めるため慌ててヒラリーの手を取った。瞬間、ヒラリーの周りの風がピタリと止まった。
逆立っていた髪がおさまり、溢れ出ていた魔力も消えた。
私はホッとして手を離した。
ヒラリーはポカンとして私を見ていた。
「イルカ、何をしたの?」
「何もしていません。ヒラリー様の魔法を止めたくて手を握っただけです」
ヒラリーは自分の手を見ている。
「不思議ね。私が考えている以上に魔力が高まって、抑制できなくなって、どうしようと思っていたら、あんたが私の手を握ったのよ」
「えっ?そう言われても、私はヒラリー様の手を握っただけですよ」
「私は自分で魔法を止める事ができなかったのに、どうして?」
ヒラリーが言っていることは本当だろうか。何だか狐に化かされている気がした。
「ヒラリーはビリビリするくらい強い魔力を出していた。それを何故かイルカが無効化した」
アルは難しい顔をしていた。
「!?」
私には分らない何かに気付いたヒラリーの目が大きく見開いた。
ヒラリーが何を言うのか分ったのだろう。アルは「ここではダメだ。図書館を出よう」と言った。
ヒラリーは頷くと、何も言わずに席を立ってアルの後に続いて出口に向かった。
私は何がどうなっているか分らないまま二人に付いて行った。
図書館を出たところで、魔法科の先生達に会った。
「君たち、図書館にいたのか?」
慌てた様子で聞いてきた。
「はい。何かあったのですか?」
アルは何事もなかったようにすまして聞き返した。
「強力な魔力を感じたけれど、図書館で何かあったのか?」
不味い、その強力な魔力の発生元はヒラリーだ。
「さあ、私たちは特に感じませんでした」
またも、アルは知らないふりをした。
もっとも、当事者である自分たちも分らないことを今聞かれても困るので、私とヒラリーも知らない顔をしている。
「そうか、引き止めて悪かった」
私たちの演技が上手くいったのか、先生達は図書館に向かった。
私たちは図書館から離れたるため、川沿いに作られた散歩道を西に向かった。図書館から遠くを目指して歩いていたら、学園都市の西門の近くに来ていた。そこは小さな公園になっていた。私たちは公園のベンチに落ち着く事にした。
「さっきのヒラリーの魔力で先生が来たと言うことは、魔法省が動くかもな」
アルが疲れた様に言った。
「魔法省が何故?」
「それだけヒラリーの魔力が強かったと言うことだよ」
「私の魔力は学期ごとにチェックされているわ」
「そうだけど、さっきの魔力はいつも以上に大きかった」
「そうね、私自身も不思議なくらい魔力が大きく感じたわ」
「その原因を調べるだろうね」
「何もしていないわ」
ヒラリーは戸惑っている。
「それに、私は魔力を制御できなかったのよ。イルカが止めてくれなければ、図書館がどうなっていたか分らないわ」
「確かに。イルカ、君は何か知らないか」
アルとヒラリーが私を見る。
私にはそんな力はないとハッキリ言えるが・・・
私は無意識にポケットに手を入れた。ポケットの中のポーションの瓶がカチャリと鳴った。そして、ポケットの中で何かが触れた。
私はポケットから小さなガラス玉を取り出した。
それは薄緑色の魔力を帯びたガラス玉だった。
「これは?」
アルが興味深くガラス玉を見た。
「図書館で見つけた宝箱の中に入っていた。何か分らないけどとりあえず貰っておこうとポケットに入れたんだけど」
アルはガラス玉を手に取ってじっと見た。
「たぶん、これは魔石だと思う」
「魔石?」「魔石ですって!」
私とヒラリーが同時に叫んだ。
「もしかしたら、この魔石が魔力増幅と関係があるのかもしれない。しかし、魔石に無効効果ってあるのかな?」
「増幅と無効ですって?両方使える魔石があるなんて聞いた事ないわ」
「俺も初めて聞くけど、さっきの状態を思うとそうとしか考えられない」
私は二人が何を言っているのか分らなかった。
「どういうこと?」
「あくまでも推測だけど、これは薄緑色をしているから風属性の魔石だと思う。ヒラリーはイルカの隣にいたから、ヒラリーの風の魔力に魔石が共鳴したんだと思う」
「それで、私の魔力が増幅されたというのね。じゃあ無効化はどうして?」
「これも推測だけど、イルカは実技の時に相手の魔法を上手く避けているよね。もしかしたら、避けているのではなく相手の魔力を吸収して無効化していると考えたらどうだろう。あの時、非常事態にしないためにヒラリーの暴走した魔力を吸収し無効化したと考えれば辻褄があうと思わないか」
「そういえば、イルカが誰かの魔法に影響されるのを見たこと無いわね」
ヒラリーも頷いている。
「イルカが魔法を無力化できるなんてすごいわ」
「あくまでも推測だけどね」
確かに私は魔法で攻められても上手く避けることができる。それは、私に魔法の色が見えるからだと思っていたけれど、それだけではなかった様だ。
「この事は三人だけの秘密だよ」
アルが言った。
「もちろんよ。この事を魔法省が知ったら、イルカは取られてしまうわ」
「どうして魔法省が?」
「バカね。魔法無効化出来る人間なんて、この国にコンマ1%もいないのよ。バレたら魔法省に良いように使われて自由なんて無くなってしまうわよ。そうなったら私も困るし」
ヒラリーの側と魔法省。私はどちらも嫌だ。
「そういう訳で、この話は三人の秘密だからね」
「分った。それでこのガラス玉はどうすれば良いだろう」
「風の魔石だから、ヒラリーが持っていた方が良いけれど、今日みたいに暴走されても困るな」
アルの手のひらで薄緑色のガラス玉が光った。
確かに。あの時収らなかったら、図書館の中に竜巻が吹き荒れていただろう。
「大丈夫よ。私もむやみに腹を立てないことにするわ。この魔石はお父様に頼んでネックレスにして貰うわ。それで良いでしょう」
ヒラリーはアルの手から薄緑色の魔石を取った。
一度手にした物をヒラリーがおとなしく返してくれるとも思えなかったので、私はそれで良しとする事にした。
話しも終わったので、私たちは寮に戻る事にした。
公園から女子寮の方に散歩道が続いている。
男子は女子寮に近づいてはいけない校則があるため、アルとは途中で別れた。
5年生の寮に戻ると、魔法科の女の先生が私とヒラリーを待っていた。どうやら男子禁制は教師にもあてはまるらしい。
「図書館で聞いたところ、あの魔力はヒラリー嬢だと言っていたけれど、何があったの?」
ヒラリーは驚いた様に先生を見た。
「私は何もしておりませんわ。ただ机を叩いただけです」
「机を叩いただけであれほどの魔力が職員室まで流れてくるとは思えないわ」
先生はあきらかに疑っている。
「本当にそれだけですわ。そういえば、3階席の方で変な気配を感じた気がします。もしかしたら、図書館に魔女がいたのかしら。私が机を叩いたので魔女がビックリしたのかもしれませんわ。変な気配はすぐ消えたので、気のせいかと思っていました」
ヒラリーの口から嘘がスルスル出てくる。
ヒラリーの嘘を信じたのか、「わかったわ。図書館には魔力の残骸すら残っていなかったから、魔女かもしれないわね。魔女だったらみんなに危害がなくて良かったわ。まだ学園内にいるかもしれないから貴方たちも気を付けるように」と言って先生は去って行った。
私は一言も喋らずに黙ってヒラリーの横に立っていたが、先生が私に尋ねることはなかった。
ヒラリーの「チョロ」と呟く声が聞こえた。




