お見合い
なんだかんだで一週間が経ち、ようやく王都の屋敷の人達にも慣れた頃、待ちに待ったお見合いの日がやって来た。
お見合いの相手はグレッグ・モラリス。モラリス公爵家の三男だ。
ヒラリーはローレイル侯爵家の一人娘だから、婚約したらいずれグレッグがローレイル家を継ぐことになるのだろう。
侯爵夫妻ですら何も言えないヒラリーを見ている私としては、もし結婚したとして、グレッグがヒラリーの我が儘に耐えきれるだろうか。このお見合い本当に勧めても大丈夫なのだろうかと心配になってきた。
しかし、ヒラリーが結婚する頃には、私は国外追放で自由の身になるから、ヒラリーの結婚生活が上手くいかなかったとしても、とばっちりを受けることもないだろう。自分の役割さえ果たせば後は二人の事だから、グレッグには気の毒だけど余計なことを考えるのはよそう。
私はいつもの着物姿でヒラリーと一緒にモラリス公爵邸に行くことになった。何時になったら着物に飽きてくれるのだろう。王都でなくてもこの姿は目立つのに・・・今は耐えるしかない。忍、忍だ。
「私がグレッグ様と会っている間、イルカは何処かにいる従兄弟を見つけて、私の良いところを伝えるのよ」
「分かりました。では、門を入った所で馬車から降ろして頂けますか。隠れて従兄弟殿を探すことに致します」
「そうして」
モラリス公爵邸の敷地内に入ってすぐに馬車を停めて私は下りた。
侯爵夫人は驚いていたが、私が着物姿で公爵邸に入るのを嫌がったと思ったようで、降りる理由をあえて尋ねることはしなかった。
再び走り出した馬車を私は見送った。
さて、何処に隠れよう。庭でお見合いだと言っていたから、まず見合い場所を探そう。
公爵邸と言うこともあって、この屋敷もかなり広い。
人目につかないよう、広い庭を進んでいくと、綺麗な花の咲いている庭園が見えた。庭園の先にテーブルを調えた見合い場所と思われるところを見つけた。
辺りを見渡すと少し離れたところに四阿があり、その側の茂みの横に高い木が立っていた。あの木の上からなら気付かれないで見ることができそうだ。
私は木の下まで行くと、日頃の鍛錬の成果を発揮して難なく上まで昇り、丁度良い枝に腰掛けた。そこで今日の主役達が現れるのを待った。
しばらく待っていると、侯爵夫人とヒラリーがグレッグと彼の母親と思われる婦人と一緒に現れた。
かなり離れているけれど私は目と耳が良いのでとてもよく見えたし、話し声も聞こえた。
グレッグは母親と同じ少し赤い金髪の少年だった。目の色は薄い翠色。この世界の貴族はみなそうだけど、例に漏れず整った綺麗な顔をしている。ヒラリーの推しと言っていたから、彼女はああいった顔が好みなんだろう。
ところでグレッグの従兄弟殿はどこにいるのだろう。キョロキョロとテーブルの周りを見ても誰もいない。どうやら近くには居ないらしい。私のように離れたところから見ているのだろうか。
ヒラリーが顔を少し赤くして何か言っているみたい。
人の話を盗み聞くなんてしてはいけないことだけれど、少し興味がわいたので耳に集中して話し声を聞くことにした。
「あ、あの・・・グレッグ様・・・」
おお!あのヒラリーが緊張して話している。
「まぁ、お嬢様ったら、猫をかぶっちゃって」と思わず声を出してしまった。
その時、横から誰かが私に話しかけた。
「お前、あそこにいる奴らが見えるのか?」
誰もいないと思っていたので驚いて横を見るとフードを目深にかぶった不審な人物が隣に座っていた。
気付かなかった、いつの間に来たのだろう?
声の調子から私と同じくらいの少年だと感じた。
「あんた誰?」と思わず聞いた。
「俺はグレッグの従兄弟だ。お前は誰だ。どうやってこの屋敷に入った」
グレッグの従兄弟殿だって!探す手間が省けた。
「私はヒラリーお嬢様のコマ使いよ。お嬢様と一緒に来たわ」
「小間使いが何故こんな所にいるんだ」
流石にあんたを探していたとは言えない。
「このお見合いが上手くいくように見ているのよ。ところであんたはどうやってここに来たの?」
おっと、公爵の子息の従兄弟殿にため口で聞いてしまった。文句を言われるかも知れない。ため口でお嬢様の見合いが壊れたらどうしようと、冷や汗が出て来た。
「俺か?俺はこの下の四阿に隠れていたらお前が来たんだ。何しに来たのかとみていたら、サッと木に登ったから追いかけてきた」
従兄弟殿は私のため口に文句は言わなかった。それにフードもそのままだったので顔を見られたくないようだ、
私はジロジロ見るのも失礼だと思い、視線をお見合いの場に戻した。
「さっきも尋ねたけれど、お前あそこの奴らが見えるのか?」
従兄弟殿は公爵親子を含めて『あそこの奴ら』と言っているけれど、あんたこそ何者なのよと聞きたくなる。しかし、私の態度でお見合いが流れては困るので、従兄弟殿の質問に答えることにした。
「私目と耳はいいのです」
「へぇー、魔法なのか?」
「魔法は使えません」
「へぇ、それは珍しいな。魔法が使えなくてこの距離からあの場所が見えるなんて」
「日頃の鍛錬の賜です。ところで従兄弟殿あなたは何をしているのですか?」
従兄弟殿は質問には答えることなく「鍛錬?」と聞いてきた。
「鍛錬は鍛錬よ。私は忙しいのです。用事が無ければ話しかけないでください」
「ふーん、俺はグレッグに頼まれて、あの女がグレッグの婚約者に相応しいかどうか見ている。お前が小間使いと言うことは、ヒラリーの事をよく知っているんだ」
お嬢様を呼び捨てにしていることに驚いたがとりあえず頷く。
「俺から見たら、顔はまあまあだが見るからに我が儘のような気がするけど、実際はどうなんだ?」
おー見ただけで分かるんだ。この従兄弟殿、態度は悪いけれど人を見る目があるみたいね。
「すごく我が儘ですよ」
「やはりそうか」
「でも、グレッグ様が推し・・・じゃない、顔が好きなんですって。どうせ政略結婚なら好きな顔と婚約したいと言ってました」
「へぇ、ヒラリーが政略結婚と言ったの?」
「貴族様の結婚はたいていそうなんじゃないんですか?私はまっぴらごめんですが・・・」
「お前は好きな奴と結婚したいのか?」
「私はまだ8歳です。貴族様とは違い今から結婚相手を決めるつもりはありません。結婚なんてまだまだ先です。人生はこれからなんですよ。私は自分のしたいことが出来れば良いと思っています」
「お前面白いな」
「そうですか?普通だと思いますが・・・」
「俺はお前が気に入った。ヒラリーがグレッグと婚約したら、お前もついてくるのか?」
「それはお嬢様が決めることです」
「そうだな・・・」
「あ、お嬢様が私を呼んでいます。では、失礼致します」
私は木の上に立ち上がると、5メートル以上はある木の上から忍者のごとくひらりと飛び降りた。
そして帰り支度をしているヒラリーの元へ走った。
ヒラリーは私の顔を見ると近づいて「イルカ!グレッグ様はゲームの中より素敵だったわ」と夢見る少女の表情をした。
「それは宜しかったですね」
「私グレッグ様と絶対婚約したいわ」
「そうですか」
「他人事見たいに言わないで!」
だって他人事ですもの・・・
「ところで、彼の従兄弟には会えたの?」
「はい、会いました」
「それで、私のことグレッグ様の婚約者にしてくれるように言ってくれた?」
はて?・・・まあ、いいか、嘘も方便ってね・・・
「はい、伝えました。良い返事がくると良いですね」と笑って誤魔化した。
翌日、公爵邸よりヒラリーとグレッグの婚約を進めたいとの連絡が届いた。ただ、その文面の中に、グレッグと会うときはヒラリーの小間使いも連れてくるようにと書かれていたらしい。
どういうことだろうか?
まあ、お嬢様が喜んでいるから良いことにしよう。