侵入者
アルの出て行った扉を少しだけ開けて様子を覗う。
アルは話し声のする扉の前までそっと近づいて扉に耳を当てた。
私も話を聞き取ろうと聴力を上げるが、用心しているのか声は聞こえるが何を言っているのかわからなかった。
しばらくして、ガタガタと音がして、誰かが入ってくる気配がした。
アルが少し驚いた表情で、扉から身体を離した。そして、慌てて戻って来た。
音も立てずに部屋の中に滑り込んできたアルは、地下通路に入るよう目で促した。
私たちが地下通路に隠れて息を殺していると、部屋の扉が音を立てて開いた。ドカドカと足音が響く。
「どうしたのです、ボス」
部屋の中に声が響く。
ボスと呼ばれた人物は、部屋の中を見回していたようだが、しばらくして入って来たと同じようにドカドカと足音を立てて出て行った。
地下通路に隠れていた私たちはホッと胸をなで下ろした。
「戻るぞ」とアルが囁いた。
私たちは地下通路を通って、ホール北の小さな部屋に戻った。
そして、今はアルの執務室だ。
「殿下、何があったのか教えていただけますか?」
戻って来たことで落ち着いたグレッグが尋ねた。
「あそこにいたのは何者だったの」とヒラリーが続く。
私は何となく予想は付いていた。
アルが私たちを見わたして言った。
「あそこにいたのは侵入者だ」
「まあ!みんなが探している侵入者!」
「そう、みんなが探している侵入者」
話し声が聞こえた感じだと一人ではなかった。
「でも、あそこには複数人の気配がしました」
「そうだ、部屋の中には少なくとも三人いた」
アルは腕を組みながら、考え込むように首を捻った。
そんなアルの様子を見て、「殿下、侵入者には仲間がいたんですの?」とヒラリーが尋ねた。
「多分仲間なんだろう。全員が外国語を話していた」
「外国語ですか?」グレッグが驚いた。
「ああ、この国の言葉ではなかった」
「でも、私たちが隠れている部屋に来た時は、この国の言葉を話していました」
「あの男は、外から入ってきた。あの男から魔法の気配がしたので慌ててしまった」
「それで急いで戻られたのですね」
「ああ、魔力を感じられたら見つかると思ったから、あの場から急いで離れた方がいいと思ったのだ」
「ではその男はこの国の者なのですね」
私は改めてアルに聞いた。
「最後に入って来た男はこの国の者だ」
「誰だか予想が付いているのですか?」
「そこまではわからない。ただあれだけの魔力を持っている者はそれほど多くないだろう」
グレッグはアルの言葉を聞いて「では、探せばわかるかもしれないですね」と言った。
「気配を消していた俺の気配を感じたのだから、相当の魔力の持ち主だろう」
「わかりました。この件は私が調べます。ところで、他の三人なんですが、外国の言葉を話していたとのことですが、何処の国の言葉かわかりますか」
グレッグは真剣な顔をしていた。
「近隣の国の言葉ではなかった。俺が聞いた事のない国の言葉だった。でも、何と言っているかはだいたいの予想がつく」
「その内容とは?」
「聖女誘拐の計画の様だ。聖女が5人いれば一人ぐらいいなくなっても良いだろうと言うようなことを話していた」
「やはり聖女誘拐なんですね」ヒラリーの眉間に皺が寄った。「許せませんわ」
「今度のお披露目のパーティの時を狙っているらしい」
「それは大変ですわ。侵入者の捜索をしている人に早く伝えませんと・・・」
「そうですよ、殿下。侵入者の件は伝えた方がいいと思います。侵入者がいたままだとお披露目のパーティも開かれないかもしれません」
私は早く侵入者を捕まえるべきだと思った。
「確かにそうだね。どうやって知らせようか」
私たちが直接教えるわけにはいかない。城中に捜索の兵が出ている中を、北の塔に注意を向けるのはどうしたらいいだろう。
「ねえ、私考えたんだけど」ヒラリーが突然思いついたように言った。
一斉にみんながヒラリーを見た。
「塔の上に目立つ物を転送して、誰かに塔を調べるように仕向けたらどうかしら?」
「どうやって転送するんだ」
私たちはまだ転送魔法を学んでいないので、それは無理があるのでは・・・と思っていると、ヒラリーもそれに気付いたのだろう、少し考えてから言った。
「私が風魔法で塔の上にスカーフか何かを飛ばすから、それを取ってきて貰うというのはどう?」
「それは良いかも」
私が賛成をすると、アルもグレッグもヒラリーに賛成した。
「どうやってスカーフを飛ばすかよね」
ヒラリーが窓を開ける。サーッと部屋の中に風が入ってくる。
「北の塔ってどの方向?」
窓の外を見てヒラリーが尋ねた。
「ズーッと先に小さな尖塔が見えるだろう。あそこだよ」
アルが指さす先の木々の隙間に、微かに塔の先が見えた。塔はアルの執務室のずっと先、北の庭園の森のその先にあった。
「あそこね。イルカあそこまでの距離がどのくらいかわかる?」
ヒラリーが塔を指さす。私は塔までの距離をおおよそ1キロと目測した。
「1キロくらいでしょうか」
ヒラリーはわかったと頷くと、「フェアルート殿下、長くて目立つ色のスカーフはないでしょうか?」と尋ねた。
アルは机の引き出しから、青いスカーフを取り出してヒラリーに渡した。
ヒラリーはそれを受け取ると、吹いている風に乗せた。
ふわりふわりとスカーフはまるで目標に向かっていくように飛んでいった。
「イルカ、下にいる兵士にスカーフが飛んでいった事を伝えて」
私はヒラリーに言われたとおり、下にいる騎士に向かって叫んだ。
「すみませーん、どなたか上を見ていただけませんかー」
数人の騎士が私に目を向けた。
「すみませーん、スカーフが風に乗って飛んで言ってしまったのですが、どなたか取ってきていただけませんかー」
ヒラリーは私を見てグーのサインを出した。
下を見ていると、数人の騎士がスカーフを追いかけて行った。
スカーフは塔の方向にふわりふわりと飛んでいく。
そして、北の塔の先端に引っかかった。
「上手くいったわ。後は結果を待つだけよ」
アルはヒラリーがスカーフを飛ばしてる間に、グレッグに扉の外に待機している従者にお茶の準備をするように頼んだ。
ヒラリーがスカーフを飛ばして振り向いたときには、応接台の上にお菓子とお茶が並んでいた。
待つこと30分。
アルの執務室の扉がノックされた。
騎士が一人、青いスカーフを持って尋ねてきた。
「飛ばされたスカーフをお持ちしました。北の塔の先端に引っかかったので、我々が北の塔に上がって取ってきました」
「北の塔まで!それはご苦労様」
アルが少し大げさに驚く。
「はい、それで北の塔まで行ったところ、偶然隠れていた侵入者を発見しました。スカーフが飛んでなかったら、北の塔を探すことはなかったので、我々も助かりました。これから侵入者の尋問に立ち会わなければなりませんので、失礼致します」
騎士はお礼を言って出て行った。
「侵入者が捕まって良かったですわ」
そう呟くヒラリーの自慢気な声が聞こえた。




