やはりブラック令嬢は転生者!
またまた、あっという間に二年が過ぎた。
(早く私に飽きてくれー)という願いもむなしく、未だにヒラリーのコマ使いをしている。
それに、ヒラリーの趣味の着物もいろいろな柄の物を用意されて、増えることはあっても一向に飽きる気配はない。耳の下辺りで切りそろえた髪も相変わらずである。最近では着物にエプロンを着けて、頭にはメイドのフリフリまで着けている。日本で言ったら大正期のカフェの女性である。
ヒラリーの事だから、私が側に居る限り、何が何でもこの姿で押し通すのだろう。
飽きっぽいヒラリーが二年も私を側に置いているのをみて、最近では侯爵夫妻や屋敷の全員が私を応援してくれているようだ。私は早く他の場所で働きたいのにー!
早く私に飽きてくれー!
その日は朝から大忙しだった。
侯爵夫妻が王都に行かれるからだ。
いつもならヒラリーは領地で留守番なんだけど、今回はお見合いがあるというので一緒に王都に行くらしい。私はヒラリーが戻ってくるまで自由だと思うと、出発準備でバタバタしていても朝からウキウキしていた。
永遠に王都から帰ってくるなと願ったのが悪かったのだろうか、ヒラリーが私も連れて行くと出発間際になって我が儘を言い始めた。
この世界では奇妙な格好をしている私を、このまま王都に連れて行くなんて何を考えているのだろうか。領地の屋敷の中だから誰も何も言わないのに・・・
ヒラリーは私の顔をじっと見て「イルカ、私に取ってあんたはオアシスなんだ」と訳の分からないことを言い始めた。
「私がオアシスですか?それで一緒に連れて行きたいのですか?」
ヒラリーはうんうんと頷いて私の手をがっちり掴んで離さない。
侯爵夫妻はこうなったらヒラリーがてこでも動かないのを知っていた。
「ルカ、申し訳ないけれど一緒に行ってくれる」と使用人の私にお願いポーズで頼んでくる。旦那様、奥様それっておかしいんじゃありません?
涙目の私を無視して、結局強制的に一緒に行くことになった。
馬車に揺られて一週間目に王都の屋敷に着いた。
王都の屋敷も領地の屋敷と同じくらい大きかった。
出迎えた屋敷の人達が私の姿を見て驚いたのは仕方が無い。でも、侯爵夫妻や一緒に来た者達の私への態度を見て、ヒラリーの我が儘で着物を着ていると察してくれたようだ。ヒラリーお嬢様の我が儘は王都でも広く知られているらしい。
執事長から侍女までが全員で私を憐れみの目で見たのは見なかった事にしよう、
私はお嬢様の希望でヒラリーの隣の部屋を与えられた。ここまで来ると私を気の毒に思ってか、侯爵夫妻は優しかった。
ヒラリーの隣の部屋は客間で、本邸の小間使いの部屋とは違い広い部屋だった。私は狭い部屋の方が落ち着くのに・・・
夕食後広い部屋の隅にちょこんと膝を抱えて座っていると、ヒラリーがノックもせずに入ってきた。
「イルカ、そんな隅っこで何をしているの?」
「あまり広すぎて落ち着かないだけです」
「ふーん、貧乏性なんだね」
余計なお世話です。フイと顔をそむけた私の横にヒラリーが座る。
珍しいことがあるもんだと思っていると、
「イルカ、今から私の秘密を話すから絶対誰にも言ってはダメよ」と顔を覗き込んできた。
「秘密の共有って事ですか?どうせろくな事にはならないと思いますのでお断りします」最近は私も強気に出ることにしている。私はヒラリーの話を拒否することにして、両手で耳を塞いだ。
「これからお前に協力して貰わないといけないから、絶対に聞いて欲しいの」と私の手を掴んで耳から離した。
「お前だけには本当の事を話すことにしたの。誰も信じてはくれないと思うけれど、私には前世の記憶があるのよ」
やっぱり・・・
私が黙っていたので、肯定と取ったのだろうヒラリーは先を続けた。
「私は日本という国で会社員をしていたの。そして交通事故で死んだらしいのよ。気が付いたらこの世界でヒラリーに生まれ変わっていたわ。私が前世の記憶を思い出したのが6歳のときよ。そして気が付いたのよ。この世界は乙女ゲームの『花咲ける学園の恋』の中なんだって」
「ゲームの中ですか?」
やはりそういうことだったのかと少ししらけた返事をした。
「疑っているんでしょう?」
「まあ、そうですね」と曖昧に頷いた。
「私はそのゲームの中の悪役令嬢の取り巻きのモブキャラなのよ」
「モブキャラって何ですか?」
「主要メンバーじゃなくて、ゲームの中で居ても居なくても全体の流れには関係ない子と言ったら良いのかな。モブなのに何故か悪役令嬢達と一緒に国外追放になる予定なのよ。信じられる?この私が悪役令嬢と同じに扱われるのよ!」
はいはい、今でもあなたは立派に悪役令嬢ですよ。それもかなりブラックの・・・と言いたいけれど我慢する。
「私は結果を知っているから、それを回避しようと思っているの。その為にはイルカに力を貸して欲しいのよ。
孤児院であんたを見た時は嬉しかったわ。この世界に黒髪黒目はいないんですもの。私の元いた国はみんな黒髪に黒目だったから。懐かしかったし、あんたの名前が私の友達のイルカと一緒だと聞いて、絶対に欲しいと思ったのよ」
友達のイルカって・・・まさか・・・私は思わず固まってしまった。
「そして日本の、日本って私の住んでいた国よ。日本の着物を着せたら似合うだろうと思っていたのよ。着せて見たらとても似合っていたから嬉しかったわ」
私の様子に気付かずに話し続けるヒラリーに思わず尋ねていた。
「友達のイルカって?」
「ああ、何故か小学校一年から高校までずっと同じクラスにいた子なんだけど・・・あ、小学校とか高校とかは学校の事よ」
「仲が良かったのですか?」
「私は友達と思っていたけれど、イルカは時々私を避けていたわね。でも友達だったわ」
私から言わせたら友達でも何でもないのに・・・異世界に来てまで一緒なんて・・・涙しか出ない・・・
「イルカなんで泣いてるの」
自分が可愛そうでなんてことは言えない。
「そのゲームは10歳で王立学園に入学するところから始まるの。ヒロインは市井で生まれた少女。ヒロインだから金髪に翠の瞳で綺麗な顔をしているの。私も綺麗だと思うけれど、ヒロインはもっときれいなのよ。それに頭も良くて光魔法も使えるのよ。ヒロインだからって何でも出来て不公平と思わない?」
何が不公平なんだろう。一般市民と貴族様を比べたら、貴族様の方が裕福で良い暮らしをしているではないかと思う。
「光魔法が使えるから、入学当初から彼女はいずれ聖女になるだろうと言われているの。私は他の令嬢達と彼女を虐める役目だわ。でも、ゲームの内容を知っているから、虐めることは辞めようと思っているわ」
「ヒラリーお嬢様がヒロインさんを虐めなければ何も無いと思うのですが、何かそのゲームと関係ある事でもあるのですか?」
「それがあるのよ。私がお見合いをする為に王都に来たのは知っているわよね」
私は頷く。
「そのお見合い相手がヒロインの攻略対象の一人なの」
「攻略対象?」
私はゲームをしたことがないので攻略対象の意味が分からない。
「ゲームの中でヒロインが誘惑する相手の事よ」とヒラリーは言った。
「ゲームの中では私はお見合い相手から断られるのよ。その理由が彼の従兄弟が私を見て気に入らないからなんですって」
「断られたら、その相手が攻略対象でも関係ないんじゃないですか?」
「そうなんだけどね。その攻略対象が私の一推しなんですもの。断られたくないのよ。だって、私の後に彼とお見合いして婚約した令嬢が、私を子分にしてヒロインを虐めるのよ。信じられるこの私が子分よ。子分なんか嫌だわ。私は推しと婚約したいの。どうせ貴族の結婚なんか政略結婚だから、相手は誰でも良いはずよ。私は顔だけでも推しの彼と婚約したいのよ」
「で、私にどうしろと?」
「私がお見合いをしている間に、彼の従兄弟を探して、私の良いところを伝えて欲しいの」
ヒラリーお嬢様の良いところ?有ったっけ???
「努力してみます」
「でもね、婚約が決まっても、学園に入学してヒロインに会うと彼はヒロインに目を奪われて婚約者を捨てるのよ。ゲームの中では私は婚約者じゃないからざまあみろと思っていたんだけど、その婚約者が怒って子分を連れてヒロインにいろいろ意地悪をするのよ。それを断罪されて最後には国外追放になるの。私は国外追放になんかなりたくないし、彼との婚約も解消したくないわ。だからイルカの力を借りたいの」
ヒラリーの性格なら、私がいてもいなくても虐めると思うのだが、気休めになるなら国外追放まで付き合いましょうかね。追放されたら、私は自由にさせて貰いましょう。と勝手なことを考えていたら、
「それでね、イルカは最後に私たちの罪をかぶって国外追放になって欲しいの」
えっ!私一人が国外追放!それはあんまりじゃ・・・でもないか、お嬢様から解放されるなら、私としても万々歳かも・・・
「国外追放の宣告を受けるのはいつですか?」
私は思わず聞いていた。
「学校を卒業するときだから、18歳よ」
えっ、まだ10年あるではないか。もっと早く国外追放にはならないのだろうか。
「でね、さっきも言ったとおり、私がお見合いしている間にその従兄弟のことをお願いね」
国外追放されてお嬢様と離れることが出来るなら、お見合いくらい付いて行っても良いかも・・・早く解放されて国外追放されるよう頑張ろうと思った。