城の地下
夜遅く、私は王城の城壁の前に立っていた。
地下イベントとノートに書いた後、ヒラリーは命じた。「夜になったら王城に出向いて、イベントが起こる予定の北の塔を偵察してくるように」と。
昼でも大変な王城へ侵入し、北の塔を探ってこいとは・・・いつも面倒な事をいってくる。
忍者の衣装もすべてヒラリーの手作りなのに、私が忍者でないことはヒラリーが一番知っているはずなのに・・・見つかったら国外追放どころか打ち首ものだ。しかし、私にとって、ヒラリーの命令は絶対なので、仕方なく王城まで来たところだった。
もちろん闇に紛れるようにこっそりとだ。
王城の周りには幾重ものシールドが張り巡らされている。これだけ厳重な警備のところに、魔法も使えないただの学生の私が忍び込むのは至難の業だ。
まだ、城の外側なので見張り兵は見当たらないけれど・・・見回りの兵士に見つかることなく、忍び込む自信は全くといっていいほど無い。あるのは不安だけだ。
王城をぐるっと回ってシールドの綻びを探すのも手間が掛るし、これだけ厳重なシールドに綻びがあるとも思えない。
私はしかたなく城の使用人達が使う門を覗いて見ることにした。
使用人門の近くまで行くと、何だか騒がしい。
門兵と男が言い争っている。
「私は厨房係のペッパーです。明日の食材を仕入れに港の方まで出掛けて帰りが遅くなってしまったのです」
男は傍らに抱えた荷物を見せた。
「通行書を持たない者は通すことは出来ない」
門兵は頑として通さない様子だ。
「通行書は何処かで紛失したのです」
ペッパーと名乗った男は門兵にくってかかっている。
騒ぎを聞きつけて数人の兵が集まってきた。
「厨房係のペッパーの通行書ならここにあるぞ。その男は1時間ほど前にこの門を通って城の中に入ったようだ」
一人が四角いカードの様な物を取り出した。
それを聞いた兵士達の顔色が変わった。
「そんな、ペッパーは私なのに・・・すみません、厨房の主任のクックさんに確認をとってください。今夜は仕込みをすると言っていたので、まだ厨房にいると思います」
「おい、誰か厨房まで行って、クックなる者を連れてこい。こいつが本当のペッパーなら、先に通行書を使った者は侵入者になる」
兵士の一人が慌てて中に走って行った。
状況を物陰から見ていた私は、困ってしまった。もし彼の話が本当なら、侵入者を捜すのに兵が動くのだろう。そうなったら今夜の探索は出来なくなる。
今夜はこのまま引き返した方がいいと判断した私は、その場を離れる事にした。
見つからないようにその場から立ち去ろうとした時、私の肩をポンと誰かが叩いた。
思わず叫びそうになった声を飲み込んで、おそるおそる後ろを振り返った。
そこには黒いマントを纏ったアルが立っていた。
「シッ」とアルは口元に人差し指を立てて、声を出さないようにと合図した。
私に軽く目配せをして通用門の方を覗っている。
「面倒な事になったな」とアルが私の耳元で囁く。
私は動揺をかくし、「なぜここにアルがいるの?」と同じく小声で尋ねた。
「それは後で教える事にして、まずはこの場所から移動しよう」と、スタスタと城とは反対に歩きはじめた。
アルが歩いた先には、人の背丈以上延びた藪があった。城とは少し離れているので、整備されていなくても不自然に感じられない場所だった。
「こんな所で何をするの?」
うっそうとした藪の中にそれはあった。
そこには外部からわからないようにシールドで隠されていた。
アルはそのシールドの中に入って行く。そして、中から手招きした。私は躊躇いながらもアルの後についてシールドの中に入った。
何の抵抗もなくシールドの中に入れた。
不思議に思っていると、「イルカは私の魔法が掛った物を持っているから入れるのだよ」とアルが言った。
「えっ、アルから何か預かっていた?」
「まあな。着いたら教えるよ」
「そうなんですか」
意味がわからない。
「シールドの中に入ってしまったら、外から姿が見える事はないが、ここで立ち話をしていても時間が勿体ないから、先に進むぞ」
アルは石で作られた真っ暗なトンネルの中に入って行く。
トンネルは幅こそ一人通れるほど狭かったが、高さは大人が立って通れるくらいだった。
私はアルの後に続いた。
アルは暗いトンネルの中を照らすため、魔法で小さな炎を出して先に進む。
「ここは?」
「城に入るための隠し通路だよ」
「もしかして城の地下通路につながってる?」
「そうだよ」
「いまは何処に向かっているの?」
「俺の部屋」
「この通路を通ったら何処にでも行ける?」
「何処でもって事はないけれど、たまたま俺の部屋には通じている」
私は幸運にも地下イベントの通路を歩いているようだ。地下通路は迷路の様な横道が沢山有った。この通路のどれかが北の塔に繋がっていると思ったが、今は黙ってアルの後を付いて行く方がいいと考えた。
アルは複雑な迷路を迷うことなく進んでいく。
アルの部屋に付いたら、今日の経緯を話して、北の塔に行く道を教えてもらうことにしよう。
しばらくアルの後を付いて歩く。急にアルが立ち止まったので、アルの部屋の出口に付いたのかと思ったら、今歩いてきたところ以外は壁に囲まれていた。
その壁が一部が動いて出口が開くのかと少しワクワクしながら待っていたが壁が動くことはなかった。
「行き止まり?」
「いや、ここであっている。部屋に誰かいたら困るから気配を探っている」
アルは周りの様子を覗っていたらしい。
「誰の気配も感じられない。良し行くぞ」
アルは浮遊魔法を使い、フワリと浮き上がった。
上を見ると暗い空洞が上に続いていた。
「ここを上るの?」
「上の出口のところに縄ばしごがあるから降ろしてあげるよ」
アルは魔法で上っていった。程なく私の前に縄ばしごが降りてきた。
アルが出口の扉を開けたのだろう、梯子を登っている途中に上部が明るくなった。
縄ばしごを登り出た先はアルの執務室の机の下だった。
「こんな所に地下通路の入り口があったなんて」
私が感心していると、「見つけた時は驚いたけれど、何かと役にたっているよ」とアルが言った。
「良く見つけたわね」
「初めはカーペットで気付かなかったんだけど、机の下に物を落としたときに、カーペットに歪みがあるのを見つけたんだ。ただよれているだけだと思って、直そうとカーペットを触っていたら、カーペットの先が少しめくれたんだ。不思議に思いカーペットをめくってみたら、この扉を発見した」
机の下に床下収納の扉の様な物が付いていた。
「お城の隠し通路は壁に出入り口があるかと思っていたら、意外なところにもあったんだね」
「そうだね。ところで、イルカはどうして城壁のところにいたんだ?」
アルの問に、私は昼間にサーシャリアに会った事から話すことにした。
「サーシャリア様が、地下イベントの話しをされたのです」
「地下イベント?」
「私も詳しく分らないのですが、お城の地下でイベントが発生するらしいです」
「それはいつ頃の話し?」
「その発生時期が、サーシャリア様とヒラリー様では時期が異なるらしいです」
「それで、サーシャリアはいつと言っているの?」
「サーシャリア様は今週か来週に開かれる、聖女のお披露目パーティの時だと言うのですが、ヒラリー様は、雪が降っていたので聖誕祭の時だと言うのです」
アルはその話しを聞いて少し考えていた。
「ヒラリーは聖誕祭のパーティの時だと言うんだね。そのイベントはどんな風に起きるの?」
「パーティの最中に聖女が誘拐されるところから始まるらしいです」
「聖女誘拐?」
「でも、ヒラリー様のゲームでは、聖女が北の塔に監禁されるらしいです」
「サーシャリアの方は?」
「サーシャリア様の方は詳しくはわかりませんが、地下に魔女が現れて、聖乙女隊と戦うらしいです」
「それで、イルカはヒラリーに言われて北の塔を探りに来たのかな」
するどい。アルはヒラリーの性格をよく解っている。思わず感心してしまった。
「その通りです。良くおわかりになりましたね」
「この時間にイルカがその格好で城の前にいたと言うことは、そういうことだろうと思っていたよ」
アルは短いため息をついた。
「俺もまだ地下通路の地図がどうなっているかよく解らない。だから、北の塔には上から行ってみよう」
「今から?」
「さっき城門のところで不審者の侵入の話しをしていただろう。今頃は兵士が不審者を捜すのにうようよしていると思うよ。だから、今夜は無理だと思う」
それは私も同感だ。
「明日の昼間にヒラリーと俺を訪ねてくるといい。正門の門番には伝えておくよ」
「お願いします」
「じゃあ、また地下通路を通って送っていくよ」
「ありがとう」
私はアルの後に付いて、さっき通ってきた地下通路に再び降りた。
アルは藪のところまで送ってくれた。
私はアルと別れて屋敷に戻った。
ヒラリーは寝ずに待っていた。
私は、通用門の出来事を話して、不審者が城の中に入ったため、警戒が強化されたので、城の中には入れなかったと言った。でも、その時に、アルと偶然出会ったので、明日の昼に王城に行く約束を取り付けたことを伝えた。
ヒラリーはそんな事があったのなら仕方ないわねと、不満な様子ではあったけれど納得してくれた。
ヒラリーから解放されて、今夜はゆっくり寝られそうだ。




