謀
あれから24時間。
あれからのあれからは、私が歩く殺人兵器と認定されてからだ。
まったく、親切心でしたことが、あんなに恐い魔法だとは・・・もうヒラリーの前と言うより、誰にも新しい魔法を披露するのは止めようと固く心に誓った私だった。
ふぁ~
ヒラリーが大きな欠伸をした。
退屈なのは分る。
私もいい加減退屈だ。
昨日、探索隊が帰ってきてから、忙しいだろうと部屋から出ずに、アルとグレッグが訪ねて来るのを待っていた。それなのに、アルとグレッグの噂どころか、外出禁止令が出て、夕食も朝食も部屋で食べるようにと通達が回ってきた。
だから、私たちは昨日から一歩も部屋から出ていない。ヒラリーの堪忍袋の緒がいつ切れるのか心配になってきた。
「ねぇ、イルカ。ちょっと様子を見に行かない?」
扉に耳を当てて外の様子を探っていたヒラリーが、おいでおいでをして私を呼んだ。
私の耳はとても優秀である。だから、廊下の音は扉に耳を当てなくても聞こえている。朝の食事の後は誰も通っていないと断言できた。
「部屋から出てはいけないなんて、いったい誰が決めたのかしら」
扉の前でヒラリーは口を尖らせた。アヒル口なら可愛いのだろうが、頬を膨らませて唇全体を尖らせている。
「それにしても、もう昼時です。もう少ししたらマリが来ると思うので、マリに聞いてみてはどうですか?」
外出禁止令が出ているのに、わざわざ出掛けて注意されるのはお断りしたい。
「そうだ、イルカ。あんた忍者なんだから、屋根裏に上って偵察してきてよ」
誰が忍者ですって!
ようやく扉の側から離れたヒラリーを私はジト目で睨んだ。
「ほら、早く偵察してきてよ。簡単でしょう」
何が簡単なんですか。自分では動こうとしないで・・・と言い返しそうになったとき、廊下の向こうからパタパタと走ってくる足音が聞こえた。
マリが来たのだろう。マリ、廊下を走ってはいけませんと、思わず言いそうになった。
予期した通り、ドアをノックしてマリが入って来た。
「失礼致します。昼食もお部屋で取って頂くようにと知らせに参りました」
「えーっ!まだ外に出てはいけないの!」
辛抱の限界が来たようにヒラリーが叫んだので、マリはビクッと怯えたように後ろに下がった。
「申しわけございません。大旦那様からの命令ですので、あのサンドラ様にも同じように伝えております」
「大旦那さまぁー。もしかして・・・」
わざとらしくヒラリーが驚いた。
「はい、公爵様と伯爵様です」
部屋から出られないのは、やはりあの『じじい‘ず』の差し金らしい。
「サンドラも私たちと同じ状態なの?」
マリは上目遣いでヒラリーを見て、コクコクと頷いた。
「ふーん、あのサンドラも同じなんだ。そしたらあんたに文句言っても仕方ないわね。いいわ、早く食事を持ってきてちょうだい」
ヒラリーはサンドラも同じ状態と聞いて少し溜飲が下がったようだ。そして、仕方ないとため息をつくと、マリを部屋から追い出した。
マリが昼食を持ってくる間、ヒラリーは私に言った。
「やはり、イルカに頼らないといけないわね」
何を?と聞かなくても分った。忍者になれと言っているのだ。
私の不服そうな顔に気付いたのだろう、「今度は、屋根裏に潜れとは言わないわよ」と機嫌良く言った。
こういうときのヒラリーは何か企んでいる時だ。
「サンドラの部屋に行って、彼女がどうしているか見てきてちょうだい」
案の定、サンドラの動向を探ってこいと言った。
「私にサンドラ様に会いに行けと言っているのですか?」
呆れる私に、ヒラリーは涼しげな顔で答えた。
「そうよ。サンドラの部屋に行って情報を集めてくるのよ」
「私はサンドラ様の部屋を知りませんが・・・」
何とか回避しようと思ったが、あー言えば、こー言うでなかなか諦めてくれない。
「部屋なんて、マリに聞けばいいじゃない」
ヒラリーの頭の中には『行くのよ』という言葉以外ないようだった。
昼食の後、マリにサンドラの部屋を教えてもらった私は、ヒラリーに追い出されるように部屋を出た。
廊下には誰もいなかった。
サンドラの部屋を目指して歩いている途中に中央階段があった。その中央階段には『keep out』の文字が入ったテープが貼られていた。
何でこんな所にこんなものが・・・と思って立ち止まって見ていると、「あら、あなた。こんな所で何をしていらっしゃるの」と声をかけられた。
声の主は、今から訪ねようとしていたサンドラだった。
「サンドラ様、すみませんあまりにも退屈だったので散歩しておりました」
下手に詮索されたくないので、先に謝っておく。
「散歩・・・それにしては、あの女は一緒じゃないのね」
サンドラは両腕を胸の前で組んで、私をジロリと見た。
「ヒラリー様はお昼寝をされています」
貴方を監視に来ましたなんて言えないから、当たり障りのないことを言って誤魔化した。
「ふーん、そうなの。丁度良かったわ。貴方と話したいと思っていたのよ」
サンドラは、私の嘘を疑うことなく信じたようだった。
「私とですか?」
なんだろう。嫌な予感しかしない。
「あなた、あんな女の小間使いなんか辞めて、私の小間使いにならない?」
「私がサンドラ様のですか?」
冗談でしょう!?ヒラリーの小間使いも辞めたいのに、サンドラなんてもっと嫌だ。
「そうよ」
本気のようだ。ここはきちんと断らなくては・・・
「申しわけございません。私はローレイル侯爵家の使用人です。それに、フェアルート殿下の側近でもありますので、サンドラ様のお話はお断り致します」
サンドラは疑り深そうな目で私を見ていたが、
「そういえば、あなたフェアルートの側近だったわね」と、思い出したように言った。
「はい」
「あの子、身内でも警戒して、誰も側に寄らせないのに、良く側近になれたわね」
「私はローレイル騎士団の団員ですので、剣の腕は誰にも負けないと自負しております。その腕を見込んで側近にして頂きました」
「そういえば、貴方の剣の腕は私のクラスでも評判だわ」
「ありがとうございます」
一応褒めてもらったので、お礼を言った。
「あ、誰か来るわ」
サンドラが急に声を潜めた。
『Keep out』が張られた階段の下から話し声が聞こえてきた。
「あなた、ちょっとこっちへ来て」
サンドラは私の手を取って、近くの空き部屋に誘い込んだ。
扉を閉めて、しばらく外の様子を覗っていたが、声の主が階段を上がってこなかったのを確認すると、サンドラはホーッとため息をついた。そして再び私に向かって話しかけた。
「貴方、魔法が使えないのに魔法科なんですってね」
「たぶん、フェアルート殿下の護衛のため、魔法科の方が都合が良かったのだと思います。フェアルート殿下の側近はグレッグ様とアルト様がいますが、アルト様は騎士科に属していますので、私が魔法科になったのだと思います」
私のいい加減な説明を理解したのか分らないが、サンドラはそうねと頷いた。
「フェアルートの周りには危険人物が多いから」
「どういうことでしょう?」
「フェアルートは子供の頃から命を狙われているのよ。だから、学校に上がるまでは公爵家で過ごしていたの」
そうか、それでヒラリーのお見合いの時いたんだ。
「今回だって、一人だけ洞窟に閉じ込められたって聞いたわ。もしかしたら、誰かが岩を落としたのかも知れないわね」
あの崖崩れが・・・?
「魔女ではなくて?」
「聞いた話しでは、魔女が現れる前に崩れたらしいわ」
「そうなんですか」
信じられない話しだった。もし、この話しが本当だとしたら、アルは誰かの手で洞窟に閉じ込められたことになる。
私は深刻な顔をしていたのだろう。
「フェアルートの周りは、魔女よりやっかいな者達がいるのよ」
「貴重な情報ありがとうございます」
私は心からサンドラに言った。
「貴方は信じられると思ったから言ったのよ。彼の周りでは何が起るか分らないわ。フェアルートはそんな気がないみたいだけど、公爵家としては彼に国王になってもらいたいのよ」
サンドラの顔がいつになく真剣に見えた。
「国王は聖女と結婚しなければなれないんでしょう。フェアルート殿下はそんな気はないと思いますが・・・」
「そうなのよ。今はあの似非聖女を第1王子ジョイールが囲い込んでいるみたいだけど、聖女候補はまだいるわ」
「アンジェロ様ですか?」
「彼女もそうだけど、来年入学してくる女の子が光魔法を使うらしいわよ。フェアルートがその子を気に入るかも知れないじゃない。だからまだ分らないっていう事よ」
なるほど、聖女候補はまだいるんだ。
サンドラは言いたいことを言ってしまうと、少し扉を開けて廊下の様子を覗った。誰もいなかったのだろう。「じゃあね」と私を残して部屋から出て行った。
私もすぐに後を追って出たけれど、サンドラの姿は見えなかった。
部屋に帰ろうとした時、サンドラの声が聞こえた。
囁くように小さな声で誰かと話していた。
「ええ、打合せ通りに伝えたわよ」と聞こえた。
私はもう一度耳を澄ませてみたけれど、もう何も聞こえなかった。




