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恐い魔法

 テーブルに着いた私を見て、待ちかねたようにヒラリーが言った。

「イルカ、あんたを待っている間にスープがすっかり冷めてしまったわ。あんた火魔法が使えたでしょう。温めてくれない」

 なるほど、お腹が空いても食べずに私を待っていたのは、料理を温めてもらいたかったのが理由だったのか。今までヒラリーが私を待つことはなかったのに、今回に限って待ってくれているなんて珍しいと思った。さっき少しばかりヒラリーに感動したのを返してもらいたい。

「ヒラリー様、スープを温めてもらう為に私を待っていたのですか」

 私はヒラリーを非難する目を向けた。

「そんなわけないじゃない」

 ヒラリーは口を尖らせて否定をした。

 私の考え違いだったのだろうか、ヒラリーは本当に怒っている様に見える。

「第2王子やグレッグ様の事が心配で食べる気にならなかったのよ」

 そうだった、グレッグの事になるとヒラリーは周りが見えなくなる。では、待っていたのは本当だったのか。

「本当に第2王子が助かって良かったわ。ゲームのように影のあるグレッグ様も良かったけれど、私は今のグレッグ様がいいの。変わって欲しくないのよ」

「ゲームと言えば、第2王子を助けてしまいましたけれど大丈夫ですかね」

「あんた第2王子に死んで欲しかったの?」

「そんなことあるわけないじゃないですか!」

 思わず大きな声が出た。アルが死ぬなんて考えただけでも恐ろしい。

「大丈夫よ。私がグレッグ様と婚約したところから変わっているんですもの。第2王子のことだって何とかなるわよ。いくらゲームのシナリオがそうなっていても誰かが死ぬなんて御免だわ。フラグが立つ前に思い出して良かったわ」

「フラグですか?」

 洞窟が崩れてアルが閉じ込められるイベントは起っていた。フラグが立つとは何だろう?

 私が首を傾げたのを見たヒラリーは、「この話はここまでよ。それより早くスープを温めてちょうだい」と言って、ヒラリーはスープの皿を私の前に置いた。

「さあ早く、火魔法で温めてちょうだい」

 私は前に置かれたスープの入った皿を見た。これを火魔法で温める?スープの上に炎を出して温めるのだろうか。どうすれば温められるか皿を見つめた。

 そうだ、スープは液体だから火で温めるより、水分に熱を加えた方が早いかもしれない。

「ヒラリー様、火魔法より水魔法の方が良くないですか」

 そう言うと、ヒラリーは変な顔をした。

「水魔法?」

「スープは液体ですからほとんど水分ですよね。火を使うよりその水分を温めた方が早いと思います」

「水分を温める?どうやって?」

「出来るか出来ないかやってみないと分りませんが、氷を作るのと反対のことをするのです」

「水魔法と氷魔法は違うでしょう」

「同じような物だと思います。水に冷気を与えて氷になるのならば、水に熱を加えたら沸騰するでしょう。理論的には可能だと思いますのでやってみますね。見ていて下さい」

 私はスープの入った皿に手をかざし、中の水分に熱を与えるように念じた。

 スープから湯気が上がった。

「すごい!イルカ、あんたって何でも出来るのね」

 ヒラリーが驚きながらも喜んだ。

「中の水分に熱を加えただけです。この方法で肉も温めましょう」

 温める料理は全て温めたので、美味しく食べる事ができた。

 お腹も満腹になりお茶を飲む頃になって、ようやく一息ついた気がした。

 廊下をバタバタと走る音が聞こえた。

「外が騒がしくなって来たわね」

 ヒラリーが言葉にするよりも早く、私の耳には色々な人々の声が聞こえていた。

 北向きの部屋は湖とは反対側に窓が付いているので、姿は見えないが捜索隊が帰ってきたようだった。

 アルとグレッグの声も聞こえてきた。どうやらアルはみんなと合流したようだ。

 人々の言葉の中に『魔女』という単語が飛び交っていた。

 ドアにノックの音がした。

 ドアを開けてメイドのマリが入って来た。

「遅くなって申し訳ございません。食器を下げに参りました」

「いいのよ。それよりみなさん戻ってこられたようね」

「はい、魔女が現れて大変だったそうです」

「魔女が現れたの!」

 ヒラリーが初めて聞いたように驚いてみせる。

 マリは先日のことがあったので、私たちは話しやすいと思っているのだろう。本当なら不確かな情報を客人に話すことはいけないと思うのだけれど、聞いた事を話してくれた。

「こちらからは黒い雲しか見えなかったのですが、雲の中に魔女が現れたそうです」

「そうなの、でもみなさんご無事で帰ってこられたんでしょう」

「私はお迎えに出ておりませんので聞いただけなんですけれど、崖崩れがあって大変だったらしいです」

「そうなの!あとでグレッグ様に詳しく教えて頂くことにするわ」

 ヒラリーはマリの話しを興味深く聞いていた。

 詳しい話しは私から聞いているけれど、初めて聞いたとマリに印象づけているようだった。

 食べ終わった食器をワゴンに乗せてマリが部屋を出て行った。


「イルカ、グレッグ様は何時頃ここにいらっしゃると思う?」

「魔女のことと現場の修復など打合せ事項が有ると思いますので、今から会議が開かれると思います。そうすると早くても明日の朝ではないでしょうか」

「そうよね」

 冷めた紅茶を飲みながらヒラリーはため息をついた。

 ヒラリーと同じで、私も早くアルから詳しいことを聞きたかった。そう思いながら、私も紅茶に口を付けた。紅茶はすっかり冷めていた。

「お茶を温めましょうか?」

 その一言がヒラリーの関心を引いたようだ。

「あんたの魔法って、電子レンジみたいね」

 何でここに電子レンジが出てくる。知っている家電だけど、知らないフリをして聞く。

「電子レンジ?」

「何でも温めてくれるものよ」

 ヒラリーが発明した物でもないのに、自慢げに答える。

「そうなのですか・・・」と、何故か苦笑いがでてしまう。

「水を温めることが出来るなんて、この世界では重宝されるわよ」

 ヒラリーは嬉しそうだ。

「は、はぁ・・・」と曖昧に頷いた。

「お風呂も水が入っていたら、いつでもお湯に変えられるでしょう。そうしたら慌てて入らなくても、入りたいときに入ることが出来るじゃない」

 想像しているのだろう、ヒラリーは夢を見るような顔をした。

 まあ、確かに冷めたお風呂に入らなくても良いかも・・・私もそれには賛成だなとボンヤリ考えていたら、突然ヒラリーは真面目な顔になった。

 そして、私の顔をまじまじと見て「でも、この能力は内緒にした方がいいわ」と言った。

「内緒ですか?」

 さっきまであんなに喜んでいたのに、どうして急にそんな事を言うのだろうと不思議に思った。

「あんたって剣も強いけれど、この電子レンジの能力があれは、剣がなくても人を殺せるのよ。魔女より危ないかも・・・」

「水を温めるのが、魔女より危ないのですか?」

「そうよ。人間は60%水で出来ているのよ。その水分を中から温められたらどうなると思う?死んでしまうでしょう」

「確かに・・・」

「便利な魔法だけど、あんたしか使えないのならそれで良いけれど、水魔法を使える人が皆この方法を覚えたらどうなると思う。魔法が使えるからと言って善人ばかりではないわ。悪用されたら困るでしょう。だからこの能力は私の他には知られないようにしなくてはいけないのよ。あんたより先に誰かが使ったら仕方ないけど、あんたが誰かに教えてはいけないと思うの。もし疑われそうになったら火魔法を使ったと誤魔化すのよ」

 ヒラリーの言うとおりだ。この魔法は使わない方がいい。

 さっきは何気なく使ったけれど、実際に肉の内部の水分を加熱して温めることができた。これを人間に使ったら、その人間は身体の内からの熱で死んでしまう。

 この魔法を水魔法の応用と簡単に考えてはいけなかった。

 私は意図せずに危険な魔法を使ってしまったのだった。


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