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土遁の術?

 最悪だ。

 頭が痛い。

 私は重い頭を無理矢理持ち上げて、ベッドから起き上がった。

 昨夜はかなり遅くまで、アルとグレッグが来るのをヒラリーと一緒に待っていたが、二人が部屋の扉をノックすることはなかった。

 彼等の部屋へ押しかけることも出来ないので、朝になったら朝食の時に会えるかも知れないと思い、その時に洞窟に入らないよう注意をすることにして寝ることにした。

 しかし、流石にアルが死んでしまうかも知れないと考えたら、不安で眠れなかった。

 明け方近くにウトウトとしたらしい。目が覚めた時には、すでに外は明るくなっていた。

 小間使い用の部屋から居間に出た。

 ヒラリーの姿はなかった。

 まだ寝ているのだろう。

 私はヒラリーの顔洗いの水とタオルを持って、寝室のドアをノックした。

 ドアの向こうからモゴモゴと呟く声が聞こえたのでドアを開けて中に入った。

 ヒラリーは起きてベッドに座っていた。

 彼女の顔色は悪かった。私と同じく眠れなかったらしい。

「お互いに眠れなかったみたいね」

 私の顔を見るなり言われてしまった。そんなに酷い顔をしているのだろうか。

 大きな欠伸をしながら、ヒラリーはベッドから出て来た。

 私はベッド脇のテーブルに洗面器を置いた。ヒラリーは顔を洗ってタオルで拭いた。

 私はクローゼットからヒラリーの洋服を選んで渡す。ヒラリーの髪を整えてから居間に行く。

「昨日は殿下もグレッグ様も来なかったわね」

 ヒラリーの声は、朝だというのに疲れて聞こえた。

「朝食の時には会えるでしょうか?」

 私は少し期待を込めて尋ねた。

「微妙かも知れないわね」

 昨夜は朝食の時に会えると思うと言っていたと思うのだが、ヒラリーはどうしてそう思えなくなったのだろう。

 首を傾げた私を見て、「『じじい‘ず』が来てから、殿下やグレッグ様とゆっくり話せる時間が取れなくなったと思わない?」

 確かに。昨日もたまたま私たちの所に手伝いに来てくれたから会えたけれど、別荘に帰ったら別行動だった。

 コンコンコンとノックの音が聞こえた。私がドアを開けるとメイドが立っていたので、中に招き入れる。

「おはようございます。お食事の用意が出来ました」と、メイドは言った。

「部屋は何処?」

 メイドが手ぶらなのを見て、ヒラリーが尋ねた。

「昨日、朝食を取られた同じお部屋でございます」

 丁寧にメイドが答えた。

「分ったわ。ところで、グレッグ様は私と一緒にお食事が出来るのかしら?」

 ヒラリーの問にメイドは、「グレッグ様を含め、男性の方々はお出かけになられております」と答えた。

「出掛けた!何処へ!」

 それまで淡々と話していたヒラリーが急に大声を出したので、メイドは怯えたように一歩後ろに下がった。

「私は詳しくは存じません。皆様夜が明けないうちに出掛けられました」

 震える声でメイドが答えるのを聞いて、心臓がドキリと跳ねた。

 時計を見ると8時を回っている。夜明けは5時くらいだから、もう3時間以上経っていた。

「ありがとう。出来れば朝食はお部屋に運んで頂けるかしら」

 ヒラリーも皆が出掛けたと聞いて驚いたようだ。少し感情を押し殺した声でメイドにそう告げた。

「では、お部屋の方にお持ち致します」

 最後までメイドの言葉を聞くことなく、早々にメイドを追い出した。

 メイドがいなくなると、ヒラリーが私に言った。

「イルカ、今からでは遅いかも知れないけれど、グレッグ様と殿下を追いかけてちょうだい。場所はあの滝の洞窟だと思うから、とにかく二人を捕まえて洞窟に入らないように伝えなさい」

 ヒラリーに言われるまでもなく、私もそうするつもりだった。

「イルカ、それから、アンドレ様達にぜったい見つかったらダメよ。あの方達に知られるとどうしてアルが洞窟に入ったらいけないのか説明しないといけなくなるわ。あくまでも隠密に動くのよ。その服でもいいけれど出来れば見つかってもイルカと分らないように、忍者の衣装を着ていくといいわ」

 あの鋭いアンドレ様達に見つからないように、殿下とグレッグ様と会うことができるのかしら?少々不安に思いながらも、急いで忍者衣装を持って部屋を飛び出した。

 目立たないように使用人用の扉から外に出る。

 昨日とは違って、湖の辺りに人影はなかった。本当に全員で洞窟まで行っているようだ。

 私はボート小屋に入り、忍者の衣装に着替えた。

 そして辺りを覗いながら外に出た。

 昨日と同じルートを通ると、林に入るまで別荘から丸見えになることに気付いた。仕方がないので逆ルートを通ることにした。

 しかし、逆ルートを通る場合も問題があった。建物のテラスが湖の上まで出ていた。そのテラスの上にサンドラとアイリスが立っている。二人はみんなが行っている湖の向こう側を見ているようだ。

 別荘の裏を回っていると遠回りになる。

 幸い二人は湖の方を見ている。

 私は気付かれないようにテラスに飛び移り、そして、二人の後ろを超スピードでテラスの向こう側に飛んだ。

 別荘の横を流れる小川を飛び越え、林の中に入るまで、誰にも見つからないようにと、気が抜けなかった。

 林に入って少し落ち着いた。

 落ち着いたから気付いたのか、それまで、気付かなかったけれど、湖の向こうから異様な気配が漂っていた。

 木の上から気配がする方向に目をやると、目的地である滝の上空に黒い雲が渦を巻いていた。

 私は嫌な予感がして、目的地へ急いだ。

 林の木から木へと飛んで行く。

 あと10メートルほどで滝に着く思った時、ゴロゴロとすごい音がした。

 岩が崩れ始めたのだろうか。

 私は慌てて滝が見渡せる木の上に登った。

 黒い雲の中からゴロゴロという音と、閃光が光った。目を凝らして見ていると、雲の中央に人影が現れた。

 滝の下から叫ぶ声が聞こえた。

「魔女だ!魔女が現れたぞ!」

 どうやらあの人影は魔女のようだ。

 叫び声で、洞窟の中に入っていた者達が滝の外に出て来たようだ。大勢の驚く声が聞こえた。

 この騒ぎに乗じてアルに近づけるかも知れないと思った。

 その木からもっと近くの木に移ろうとしていた時、魔女の声が聞こえた。

『お前達、その洞窟に近づくな!』

 魔女は怒っているようだ。

『そこに有る物は、お前達には必要のない物だ!』

 魔女はそう叫ぶと、黒い雲から閃光が滝に向かって落ちた。

 地面が揺れた。揺れただけで、まだ岩の崩落は起きていない。

 揺れはしばらく続いた。揺れの間に洞窟の中にいた人達が出て来たようだ。逃げ惑う声が響く。

 魔女は再び閃光を落とした。今度はガラガラと岩が崩れる音がした。

 上空には魔女がいるので、人々は川の中に逃げている。

 あの人々の中にアルとグレッグはいるだろうか。私は木の上から目を凝らして、逃げ惑う人々の中に二人を探した。

 グレッグと同じ赤みがかった金髪の少年が滝の洞窟に向かって何か叫んでいる。今にもガラガラと崩れ落ちる洞窟の入り口に入ろうとしているのを、人々が引き止めていた。

 私はその声を聞こうと耳に神経を集中した。

 声はグレッグの声だった。

「殿下、殿下、フェアルート殿下」と洞窟に向かって叫んでいた。

 私は間に合わなかった。すでにアルは洞窟の中に閉じ込められてしまった。

 私は全身の力が抜けたような気がした。ずるずると木から滑り降りた。

 急に喪失感が襲ってきた。

 魔女が逃げ惑う者達に、勝ち誇ったように言っている声が聞こえた。

「お前達があれを使うのは千年早いわ!」

 崖の崩落はまだ続いていたが、見上げると黒い雲は消えていた。魔女は黒い雲と一緒に姿を消したようだった。

 崖崩れの影響で、私の立っている地面にも亀裂が出来ていた。

 早くここから立ち去らないと、私も巻き込まれるかも知れないと思った。

 でも、動けなかった。

 その時、地面の亀裂の隙間から何か聞こえた様な気がした。

 耳を澄ませて亀裂に集中する。

「・・・」

 言葉は聞き取れない。地中に誰かいるようだ。

 もしかしたらアルかも知れない。私はそう思って亀裂に耳を当てた。

「・・・!」

 再び聞こえた。

 やはり何を叫んで言っているかわからない。でも誰かが地面の下で叫んでいるのは間違いなかった。

 私は地面の亀裂に手を入れて、思いっきり『開け』と念じた。

 亀裂が少し広がった気がした。

 今度ははっきり声が聞こえた。

「誰かいるか!」

 アルの声だった。

「アル!聞こえる!」

 私は亀裂に向かって叫んだ。

「イルカ!」

 驚いた声が帰ってきた。

「そうだよ、イルカだよ。今助けに行くから」

 アルが生きている。助けに行かなくちゃ。そう思ったら急に力が出て来た。

 私は亀裂を広げてトンネルを掘るにはどうすればいいか考えた。

 アルのいるところまでトンネルを掘ればいい。でも、トンネルを掘っただけでは、この揺れの中でどのくらい持つか分らない。

 その時、この世界に来る前に本で読んだシールド工法が頭に浮かんだ。

 トンネルを掘る時に、土が落ちてこないよう側面をシールドで固めて穴を掘り進めるという工法だったと思う。

 シールドと言えば、前学期に魔法でシールドを張る方法を学んだ。

 魔法で周りの土を固めてシールドを張るなんて出来るだろうか。いや、やらなくてはアルが死んでしまう。

 火事場のバカ力だろうか。声のする方向に隙間を広げて、私は人一人通れるだけの穴を開けて、トンネルを掘り始めた。

 山の揺れはまだ収っていない。

 幸い私のシールドで土を固めることが出来た。これは土の魔法が使えているのかも知れない。アンドレ様が言っていた土の魔法を私が無意識に使っていたのかも知れない。今は余計なことを考えずにトンネルを掘るのに集中しなくては。

 名付けて、イルカ流土遁の術。

 トンネルを掘りながら、匍匐前進で少しずつ進む。

 その間ずっとアルと声を掛け合った。

 どのくらい掘っただろうか、急に土を掻く手が空を切った。そしてその手を誰かが掴んだ。

「イルカ!」

 アルの声が間近で聞こえた。

 ボンヤリと薄明るい空間にアルの姿が見えた。

「アル!」

 喜ぶ私に、アルが告げた。

「この空間は、俺のシールドで岩の崩落を防いでいるがいつまで持つか分らない」

 アルもまたシールドを張って身を守っていた。

「土をシールドで掘り固めながら、匍匐前進で進んできたけれど、匍匐で後退は出来そうもないから、一度そこに出てもいい?」

 私はアルのシールドの中に入った。

「さあ、アル、先に行って」

 私は出て来たばかりの穴にアルを押し込んだ。

「狭いから気を付けて」

 アルが穴に移動した途端、アルのシールドが消えて岩が落ちてきた。それを私のシールドで受け止めて、急いでアルの後を追う。

 教わったばかりのシールドを永く持続するのはまだ難しいらしい。

 私が作ったトンネルも時間の問題だと思った。

 アルもそう思ったのだろう。狭いトンネルを急いで這って上っていく。

 トンネルの外に出てホッと一息ついた途端、トンネルのあった所はボロボロと崩れ始めた。

 私たちは揺れていない安全な木の上に飛び乗った。

「湖まで崩れ落ちないといいけれど」

 岩の崩壊を見ながら呟くと、「大丈夫だ」とアルが滝よりもずっと下の方を指さした。

 その指の先を見ると、巨大なシールドが見えた。岩や木が湖に落ちないように防いでいる。

「魔法省から派遣された人達がシールドを張っているのだろう。湖に岩や木がなだれ込まないようにしているんだ」

 見ていると、シールドで防ぎながら修復をしている。

「アルはどうやってみんなと合流する?」

 アルは泥だらけの忍者の衣装の私を見て、「ありがとう、イルカ、君のおかげで助かったよ。でもイルカは見つからない方がいいな。特にアンドレには気を付けろよ。グレッグが心配しているだろうから、俺はどさくさに紛れてあの中に戻るよ。洞窟から出られた理由は、山が崩れそうになったときに空間が出来てそこから脱出したことにする。ホントにありがとう」

 私と同じように泥だらけの顔で笑いながらそう言うと、アルはみんなの所を目指して降りていった。

 私は来たときと同じように、木から木へ飛び移りながら帰った。

 行くときは焦っていたから時間が長く感じたけれど、帰りは心が軽く、思ったよりも早く別荘前の小川に着いた。

 そこで、私は立ち止まった。

 別荘の前に人が大勢立っていた。みんな不安そうな顔で湖の方を見ていた。きっとあの魔女の雲が見えたのだろう。

 テラスにも数人出ている。この人数に気付かれずにボート小屋に近づくのは難しかった。

 ボート小屋に残した衣類は後で回収することにして、私は別荘の裏手に回り、誰にも見られないようにコッソリ中に入った。

 部屋に戻ると、ヒラリーが待っていた。

 どうやらヒラリーは外に出ずに、ずっと待っていたらしい。

 泥だらけの私を見てヒラリーが言った。

「イルカ、お疲れ様。どうやら上手くいったみたいね」

 私が驚いたのが分ったのだろう。

「どうして?って、顔をしてるわね」

 私はコクコクと頷く。

「だって、あんた泣いてないもの。どっちかと言うとやり遂げたと言う顔をしているわ。さあ、さっさと着替えて来なさいよ。あんたが帰ってくるまで食べないで待っていたのよ」

 テーブルの上を見ると、朝食が手つかずで残っていた。

 私は自分の部屋に戻り、顔に付いた泥を落として、小間使いの衣装に着替えて、ヒラリーの待つテーブルについた。


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