忘れていた事
別荘に戻ったのは夕方近かった。
魔女の痕跡と不思議な装置が見つかったと聞いて、『じじい‘ず』は喜んで、取り巻き貴族を集めて会合を開いているという。
アルとグレッグは、事の次第を報告するようにと早々に彼等に呼ばれた。
直接関係のないサンドラや第1王子・聖女もどきも『じじい‘ず』の会合に参加しているらしい。
何故かヒラリーと私は完全に蚊帳の外になっていた。
第一発見者であるヒラリーと私は関係者ではないらしい。
私的にはやっかい事に振り回されたくないのでそれで良いのだけれど、ヒラリーはのけ者にされたことに腹を立てていた。
部屋に戻るなりヒラリーが言った。
「ムカつくとお腹が空いてきたわ。イルカ、厨房に行って、何でもいいから見繕って部屋まで持ってきて」
そういえばそろそろ夕餉の時間だ。『じじい‘ず』の元に集まった人達は食事をしながら今後の計画を練っているのではないだろうか。現地調査のため残っている魔法省の人達が戻って来たら、情報を共有して新たに計画をたてるのだろう。
ヒラリーと私以外はみんな広間に集まるのだろう。
完全に私たちは忘れ去られている。自分たちの食事は自分たちで調達するしかないようだ。
「分りました。厨房を覗いてきます」
私はヒラリーを残して厨房に行った。
厨房内は案の定慌ただしかった。急に増えた客人のための料理を出すのにてんやわんやで、とても個人的なことを頼める雰囲気ではなかった。
私は忙しくしている料理長と思われる人に近づいて、食材を少しもらってもいいかと尋ねた。料理長はジロリと横目で私を見て、「少しなら持っていきな」と顎で食材が置いている台を示した。
台の上にはパンとサラダと肉が乗っていた。肉は調理済みだったので、そこに居た料理人に客に出さない肉の端っこの部分をもらえないかと頼んだ。その料理人は肉を数切れきってくれたので、パンの間にサラダと肉を挟んでサンドイッチを作った。それに紅茶のセットをワゴンに乗せて部屋に戻った。
ヒラリーはテーブルに頬杖をついて待っていた。
「ヒラリー様、厨房は忙しそうだったので、サンドイッチを作ってきました」
ワゴンからテーブルにサンドイッチとカップを並べる。
「そう、私たちのディナーはサンドイッチになったのね。まあ、いいわ。急に予定外の客人が集まったから厨房も大変なんでしょう。イルカ食べましょう」
二人でサンドイッチと紅茶のささやかなディナーを食べた。
お腹も落ち着いてゆっくりした頃、私は気になっていた事をヒラリーに尋ねた。
「ヒラリー様、気になることがあります。よろしければ教えて頂きたいのですが」
ヒラリーが紅茶を飲みながらチラリと私を見た。
「何が気になったの?」
食事をしたせいか、ヒラリーの機嫌は悪くないようだ。
「洞窟であの不思議な装置を見た時『ワープスポット』と呟いていましたが、ワープスポットって何ですか?」
ヒラリーは驚いた様にカップを置いて私の顔を覗き込んだ。
「前から思っていたけれど、あんな小さな呟きが聞こえたなんて、あんたの耳は地獄耳ね」
「地獄耳ではないですが、耳はいいです」と私は曖昧に答えた。
「いつだったか、イルカはRPGのキャラじゃないかと言ったことがあったでしょう。RPGの世界では、ああいった場所はだいたいセーブポイントでそこに装置が有ったりすると、その装置は転送装置だったりするのよね。洞窟の中にあったら、そこから洞窟に入り口に転送されたりするのよ。先に進む前にセーブしたりもするわね。だからあの場所がそうかなぁと思ったのよ」
「転送装置ですか」
「はっきりとは分らないけれど、私の知ってるゲームでは、ああいう装置が出た時はたいていそうだったから」
私はヒラリーのカップにおかわりの紅茶を入れた。
「そうなのですね。何となく分った気がします。それから、もう一つ聞いてもいいですか?」
「まだ有るの?」
ヒラリーは嫌そうな顔をしたが、私は話しを続けた。
「すみません、アンドレ様の事です」
ヒラリーの目が私の目を捕らえた。
「黒髪のアンドレ様のこと?気になるの?でも私は黒髪と言うこと以外は知らないわ」
「気にならないのですが、ヒラリー様は黒髪だからアンドレ様に興味があると言われていたのに、実際にアンドレ様と会われたとき、警戒していましたよね。その方が気になったのです」
ヒラリーがカチャリとカップを置いた。そして私の顔の前までズイッと身を乗り出した。
「イルカ、あの男は気を付けなさい」
「何故ですか?」
「以前、この世界が『花咲ける学園の恋』ってゲームの世界だと話したでしょう」
私は頷く。
「アンドレ様もそうだけど、今日会ったあの魔法科の上級生三人は、ゲームの最後、国外追放になる時に、魔法省の役人として私の前に初めて現れたの。だからこんな早い段階で現れるのがおかしいの。だから警戒した方がいいと思ったのよ。だいたいゲームの進行もおかしいのよね」
「ヒラリー様がグレッグ様と婚約したからではないのでしょうか?」
「たしかに私がグレッグ様と婚約してるのもゲームとは変わっているけど」
そこまで話して、ヒラリーは少し考え込んだ。
「ちょっと待って。私が知っている限り、ゲームの中に今日の様なイベントはなかった・・・でも、似たような話は聞いた様な気がする」
ヒラリーはゲームの記憶を探るように考えていた。
「そうだ!思い出した!ゲームはまだ始まっていないんだわ」
「まだ始まっていないのですか?」
「そうよ、私は学校が始まったからゲームが始まったと思っていたけれど、ちがう!ゲームは私たちが5年生になった新学期から始まったのよ!」
「5年生からですか?」
「そうよ、私たちが14歳から15歳になる5年生の新学期から始まっていた・・・聖女が覚醒する少し前から始まったの。ちょっとまって・・・大変、イルカ、私とても大事な事を思い出したわ!」
ヒラリーは目を見開いて、口に手を当てた。
その様子に私は何故か嫌な予感がした。
「大事な事ですか?」
「そうよ、ゲームが始まったとき、第2王子はもういなかったのよ!」
「えっ!第2王子がいなかったって?」
アルがいないって!どういうこと?
「15歳になる3年前、事故で死んでるのよ」
「うそっ!」
私は全身から力が抜けたような感じがした。
「15歳の3年前と言ったら12歳。今の私たちですよね。何の事故で死んだのか覚えてますか?」
「まって、思い出すから・・・」
ヒラリーはしばらく考えていた。
「ゲームの中でグレッグ様が聖女に話していたのよ。ゲームのグレッグ様は何処か影があって寂しそうなの。それを心配した聖女がいろいろ問いかけて、グレッグ様がそれに答えるのよ。その時の話しの中に第2王子が事故で死んだと出て来たの。グレッグ様は第2王子を助けられなかったことをとても後悔していた。そして、それがグレッグの憂いになっていたのね」
「グレッグ様は第2王子が亡くなる時一緒にいたのですか?」
「一緒にいたというより、第2王子がグレッグ様を庇って死んだと言っていた」
「その事故はいつ頃で、どんな事故だったか分りますか?」
「まって、あれは・・・3年生の後期の授業が始まる前に事故に遭って亡くなったと・・・」
「では、今ですね!」
私の声が大きかったのか、ヒラリーはビクッとした。
「そうよ。今だわ」
「どんな事故か分りますか?」
「まって、思い出すから。グレッグ様は何と言っていたっけ・・・」
ヒラリーは頭を抱えて思い出そうとしていた。
「洞窟・・・そうよ、洞窟の探検に出掛けて上から岩が落ちてきて。が崩落したと言っていた」
「まさか、あの洞窟!」
ヒラリーと私は顔を見合わせた。
「そうかも知れない・・・」
ヒラリーの顔は青ざめていた。たぶん、私の顔も同じだろう。
なんとも言えない不安が押し寄せてくる。背中がゾクゾクするような不快感に襲われた。
「何としても第2王子を助けましょう。殿下とグレッグ様にあの洞窟には近づかないようお願いしましょう」
私は自分に言い聞かせるように言った。




