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忍者の道具

 空はまだ暗く、月が山の端に架かる頃、私は湖の畔を歩いていた。

 一晩中猫の鳴き声が聞こえて眠れなかったからだ。

 昨夜のメイドの話から考えて、何処かで子猫が鳴いているような気がして、夜も明けぬうちに部屋を出て来たのだ。

 ミィー、ミィー

 私の鋭い聴覚が、か細い猫の鳴き声を捕らえる。

 何処から?

 どうやら湖の方から聞こえてくる。

 周囲400メートルくらいの湖の何処から聞こえるのだろう。

 耳を最大限に澄ませて声のありかを探していたら、後ろで微かな足音が聞こえた。

 振り向くとアルが近づいてきていた。グレッグはいない。一人のようだ。

 殿下こんな時間に出歩かないで下さいと文句を言いたくなる。

「何をしている?」

 アルが私の横に来て囁いた。

「アルには聞こえる?」

「何が?」

「猫の鳴き声」

「猫?昨日のメイドが言っていた猫のこと?」

「その猫かどうかは分らないけれど、一晩中泣き声が聞こえていた」

「今も?」

「今も、でもだんだん小さくなっている。湖から聞こえるけれど、場所がよく解らない」

「昨日、湖の中に台が有ると話したよね。もしかしたらそこかも知れない」

「水面ギリギリに見える台のこと?でも、彼処には何も見えない」

 私も台の事は考えた。でも、私の見る限り台の上には何も見えない。

「とりあえず行って確かめよう」

「ボートを出すの?」

「いや、飛べば良いだろう」

 ギョッとするようなことをアルが言った。

「飛ぶ?」

「イルカは風魔法が使えただろう。だから飛べるだろう」

 いや、ちょっとまって下さいよ。風魔法が使えても身体を浮かすだけの魔力は有りませんよ。

 私が一瞬躊躇したのを見たアルは「飛べないの?」と聞いた。

「飛んだことはありません」

「風魔法は使えるんだろう」

「使えますが、その辺の木の葉や小さな石を飛ばす程度のものです」

 アルの様な魔力が無いのに、風魔法で飛べるわけない。

「そうか、俺もイルカを抱えて飛べるほどの力はないな」

「その台までの距離と広さはどのくらいありますか?」

「距離は30メートルくらいかな。広さは直径1メートルの円形だよ」

 30メートル先。跳躍では無理だ。私が跳躍力があるとしてもせいぜい10メートル先くらいだ。

 水の上が歩けると良いのだけど・・・水の上・・・

 確か昔読んだ本の中に、忍者が水の上を歩く道具があったような・・・

「何を考えている?」

 下を向いて考え込んでいる私をアルが覗き込んだ。

「上手くいくかどうかは分りませんが、湖の上を歩く道具を作ってみます。もし失敗して落ちても泳ぎますので心配しないで下さい」

「湖を歩く道具?それはすごい」

 アルが感心したように言った。

「やったことはないので、上手くいくかどうかは分りません」

「それは魔法?」

「いえ、忍術です」

「忍術?忍術って何?」

「魔法が使えない人が使う魔法の様なものです」

「ふーん、見てみたいな」

 私は湖を渡るための板を探すためボート小屋に行った。丁度いい板きれを見つけた。長さも多分良いだろう。小屋の中で縄も見つけた。

 私は板きれと縄を持ってアルのところに戻った。

 私が持ってきた板と縄を見てアルは不思議な顔をした。

「それで湖が渡れるの?」

「まあ、作ってみないと分りません」

 私は板きれで小さな筏の様な物を二つ作り、それに足を固定するように縄を結びつけた。

「それで湖が渡れるの?」

 再びアルが言った。

 あきらかに上手くいくわけが無いと思っているように聞こえるのは、私の聞き間違いでは無いらしい。私だって渡れるかどうか分らないのだから・・・

 私は意を決して水の上に一歩踏み出した。

 普通に考えたら、こんな小さな筏状のものが身体を支えてくれるとは思えない。しかし、何とかして湖を渡りたいと思うから、前世で見た忍者が水を渡る道具を、うろ覚えながらも作ってみたのだ。作ったら、水の上を歩けるか試してみないと分らないではないか。

 私は水の魔法が使えるから、水の魔法で足下の波を動かせるかも知れない。バランスさえ上手く保てば水の上を歩けると思ったのだ。

 幸いなことに私は水の上に浮いて立つことが出来た。そして湖の表面に小さな波を立てたら前に進んだ。サーファーが波に乗るようにとはいかないが、沈まないようにバランスを取っていたら、波が私を目的地まで運んでくれた。

 アルは浮遊魔法を使って私の後から付いてきた。

「本当に水の上に立てたね。歩くのは難しそうだけど、イルカは水魔法が使えるから、魔法と忍術とのコラボで水の上を移動できたね」とアルが感心した。

 忍者がどんな者かも知らないのにと私は笑いたくなった。

 湖の中にある台に付いた。

 ミィー、ミィー

 微かに猫の声が聞こえた。

「聞こえるね」

 アルにも聞こえたらしい。

 でも、円形の台の上はひたひたと押し寄せる水だけで、猫の姿は無かった。

「魔女は本当に居たみたいだね。ここに魔法の痕跡が残っている」

 アルが痕跡を見つけたらしい。

「この台の隅に黒い靄が見えるだろう」

 アルが指さす場所に確かにモヤモヤするものが見えた。

 また猫の鳴き声が聞こえた。

 声の様子からするとかなり弱っているようだ。

「少し待って、この靄を浄化するから」

 アルは浄化魔法が使えるようだ。手をかざすと黒い靄が消えた。そして、その靄があったところに再び手をかざすと黒い子猫が現れた。

 アルが子猫を抱き上げ、私に渡した。子猫は濡れていなかった。

 子猫は助けられたと分ったのだろう。私の指をチュチュと吸っていたが、人肌に触れて安心したのか眠ってしまった。

 子猫を見ながらアルが言った。

「この台の下には空洞があるんだ。子猫はそこに入り込んだみたいだ」

「移動魔法ですか?」

「いや、この台が魔道具なんだ。この下に子供がくらい入れる空洞があって、台の上に乗ると自動的にその中に入ってしまうんだ。魔女もそれを知っていたから子猫を投げたのだろう」

「そんなに優しい魔女だったら、湖に子猫を投げないと思います」

「それもそうだな」

「しかし、子供が入れる空洞って、間違って入ってしまったらどうするのですか?」

「入ってしまっても、魔力が有ると出たいと思うだけで、出られる仕組みになっているらしい。でも、危ないから子供だけでは遊んではいけないと言われている」

「この台の支柱は湖の底にしっかり立っているのですか?」

「いや、この台は縦1メートル、直径1メートルの円柱で湖に浮いている。でも、どんなに動かそうと思っても、ここから動かないんだ」

「そんな不思議な魔道具がどうしてここにあるのでしょうか?」

「それは分らない。俺の爺様の子供の頃にはもう有ったと聞いている」

「そうなのですか」

 朝焼けが山の際を染め始めた。

「夜が明ける。早く戻った方がいいな」

 アルは私を岸に促した。私は来たときと同じように湖の波を動かして岸まで行った。

 即席で作った足用の筏を分解して、元の木切れと縄にしてボート小屋に戻した。

 ボート小屋を出たところでアルと別れた。

 私は部屋に近い北側の扉から中に入った。音を立てずに階段のところに着いたところで、階段の奥にある使用人専用の扉から出て来るメイドと会った。メイドは昨夜魔女の話をしていたマリだった。マリは私がだいている子猫を見て驚いて立ち止まった。

「散歩してたらボート小屋の横で子猫を拾ったのだけど、昨夜貴方が話していた子猫はこの子?」

 私は子猫を偶然見つけたように言った。

「はい、そうです。良かった無事だったのですね。ありがとうございます」

 マリは私の手から子猫を受け取ると大事そうに抱えた。

「メイドの部屋は1階?」

「はい、すぐこの扉の奥です。ありがとうございます。この子を部屋に連れていきます」

「お腹が空いてるみたいだから、ミルクをあげてね」

 私の言葉に頷きながら何度もお辞儀をして扉を開けて中に入って行った。

 部屋に戻ると疲れがどっと出て来た。しかし、もう朝だ。寝直しは出来ない。ヒラリーが起きるまで、応接室のソファーで少しうたた寝をしよう。


「イルカ、イルカ」

 ヒラリーの声がする。

 どうやら少し目を瞑って休むだけのつもりが少しでは無かったようだ。目を開けると、部屋の中は明るくなっていた。

「まったく、何寝ぼけているのよ。朝食の準備が出来たそうよ」

 部屋の中のテーブルはセッティングされていない様なので、どうやら違う部屋に用意されているらしい。

「イルカ、行くわよ」

 メイドが扉を開けると、ヒラリーは私を待たずに出て行った。

 私は慌ててヒラリーの後を追った。


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