魔女の痕跡
アルと別れ部屋に戻った私をヒラリーが待っていた。
「イルカ、遅かったわね」
ヒラリーは私がなかなか戻ってこなかった事を怒っている様だ。
「すみません。情報を集めていたので遅くなりました」
「それで、聞き出したの?」
「はい、グレッグ様とサンドラ様のご関係は親戚だそうです」
「親戚?」
その時ノックが聞こえて、メイドが顔を出した。
「ディナーの準備が整いましたのでご案内いたします」
ヒラリーは何か言いかけたが、「後でいいわ」と言って、メイドに案内されて食堂に向かった。
食堂の扉の前に着いたとき、サンドラとアイリスが少し離れた別の扉から入るところだった。こっちを横目でチラッと見て、フッと笑ったような気がした。
どうして別の扉からと疑問を感じたが、中に入ってなるほどと思った。長いテーブルの端と端に座ると言うことらしい。
ディナー用のカトラリーがセッティングされているのは、サンドラとアイリスの扉に近いテーブルに4人分。そして、私たちの扉に近いところに二人分の用意がされていた。
ヒラリーと私は、彼女等とは遠い長いテーブルの端席と言うことらしい。その間は十数人分のスペースが空いていた。
部屋に入って一目でそれを確認すると、ヒラリーは眉間に皺を寄せてクルリと踵を返した。そして、そこに控えていた食堂付きの使用人に、
「私とイルカの料理は私の部屋に運んでちょうだい」と言い捨てて食堂を出て行った。もちろん私はその後に続いた。
食堂を出たところで、さっきサンドラ達が入った扉を、アルとグレッグが入って行くのが見えた。
ヒラリーは気付いたようだけれど、声もかけずに部屋に戻った。
部屋に戻るなりヒラリーの癇癪が落ちた。
「なによ、あれ!いかにも邪魔ですと言わんばかりじゃない!」
確かにあれは酷い。侯爵家の令嬢に対して、いくら別荘の持ち主の親戚とは言え、客人に取って良い態度ではない。まして、ヒラリーはグレッグの正式な婚約者なのだ。あの場に執事はいなかったようだが、知っていたのだろうか。
別荘の使用人がヒラリーの部屋の応接室にテーブルの用意を始めた。
ちなみにヒラリーの部屋は寝室と応接室がある。私の部屋には応接室から直接いける様になっている。
食卓を調える作業を見ていると、椅子が4脚?テーブルにカトラリーとお皿が4枚?並べられていた。
「二人分多くないですか?」
せわしなく支度をしている一人に尋ねると、
「フェアルート殿下とグレッグ様もこちらでご一緒にと仰いましたので、そのように準備させて頂いております」との答えが返ってきた。
「殿下とグレッグ様がいらっしゃるの!」
グレッグが来ると聞いて、ヒラリーの機嫌が少し直ったようだ。
「流石にあれは酷いと思ったからね」と私の後ろからアルの声がした。
いつの間に来たのだろう。気配を感じなかった。
「ヒラリーごめんよ。サンドラが悪戯をしたらしい」
グレッグが申し訳なさそうに言う。
「悪戯ですって!」
ヒラリーの眉が上がって、何か言いかけた。それを遮るようにアルが言う。
「俺たちは昔から悪戯を仕掛けるのが好きなんだ。でも、今日の悪戯は頂けない」
「そうだよ。初めて会ったヒラリーを悪戯に巻き込むなんて信じられないよ」
グレッグはヒラリーに謝っている。
あれは悪戯として許されるものではない気がする。
「俺がしっかり言ったから、今後はこんなことは起らないと思う」
「明日の朝食からは、僕たちだけ4人で取るようにしたから心配ないよ」
アルとグレッグの謝罪にヒラリーの機嫌も良くなった様だった。
そうこうしているうちに、セットされたテーブルにディナーが並べられた。
「さあ、俺は腹が減った。みんなも早く席に着けよ」
アルは近くの椅子に座った。グレッグも横の椅子にヒラリーを誘う。私の為に空いているのはアルの隣だった。
みんなが席について食事が始まる。一時はどうなることかと思ったけれど、アルとグレッグの話で楽しい食卓になった。
もちろん、ヒラリーの機嫌は上々だ。
食事が終り、隅に追いやられた応接用のソファーに座り、使用人達がテーブルを片付けている様子を横目で見ながらアルが言う。
「明日は湖で遊ぼう」
この話が聞こえたのだろう,片付けをしていたメイドの一人が声を上げた。
「湖で!」
アルとグレッグが声を上げたメイドを見た。
だいたい使用人は何を聞いてもそれに反応してはいけないはず。それなのに思わず声を上げたメイド。
視線が一斉に一人のメイドに注がれた。
メイドは自分が粗相をしたことに気付いたのだろう。青い顔をして固まった。近くにいたメイド達も固まっている。
「湖に何か有るのか?」
「・・・」
みんな片付ける作業を止めて黙っている。
私たちに見つめられて、その場を何とかしようと思ったのだろう。一人のメイドが声を上げたメイドを庇うように前に立つと、恐る恐る話し出した。
「申しわけございません。最近湖で変わった事がありまして、この者はそれを気にしていたのです。だから、お坊ちゃま達が湖で遊ぶと聞いて驚いたのでございます」
「変わった事?」
アルの目が光った。それを睨まれていると感じたのだろう。メイドの目が泳いだ。
「あの、メイド長に内緒にして頂けますか?」
「どうして?」
「マリは今朝もその話しをして、メイド長に叱られたばかりなのです」
マリと呼ばれたメイドは、話しをしているメイドの後ろで震えていた。
「マリ、君から話して貰えるかな」
アルはゆっくりとマリに話しかけた。
マリはおずおずとメイドの影から出て来た。年の頃は私たちより少し上だろう。メイドキャップから除く茶色の髪が微かに震えている。
「実は私はメイド長に内緒で子猫を飼っていたのです。動物を飼ってはいけないことは存知でおります。でも、先日買い物の帰りに、道の脇で鳴いてる子猫を見つけたのです。とても小さな子猫でミーミー鳴いていました。毛色が真っ黒だったので、そのまま通り過ぎようとしたのですが、どうしてもそのままにしておくことが出来ずに連れ帰りました。次の休みに実家に連れて帰れば良いだろうと考えたのです」
「黒い猫・・・」
ヒラリーが呟いた。
「黒い猫は不吉だと言われています。でも、子猫には黒も白も関係ないと思ったのです」
「そうだね。それで、その子猫がどうしたの?」
アルが先を促す。
「昨夜、子猫が夜中にうるさく鳴いたのです。私はみんなに気付かれると困ると子猫をボート小屋に隠そうと思い外に連れて出ることにしました。そしたら、子猫が私の手から飛び出して走り出したのです。急いで子猫の後を追ったら・・・」
マリはブルッと身体を震わせた。
「追ったらどうしたの?」
「黒いマントの女の人が湖の畔に立っていました。私は慌ててボート小屋の陰に隠れました。夜中に子猫を追って部屋から出たことを誰にも知られたくなかったのです。子猫はその女の人に向かってフーッとうなり声を上げました。その声に気付いた女の人が振り返ったのです。赤い目が見えました。魔女だと思いました。赤い目が光ったと思ったら、子猫は湖の方に飛ばされてしまったのです。私は恐くて恐くて震えながらその光景を見ていました。そしてそのまま気を失ってしまったようなのです。目が覚めたら朝になっていました。それで、朝の集合に遅れてしまったのです」
「マリが朝の集合に遅れたのは初めてです。それでメイド長が遅れた理由を尋ねたのです」
マリを庇っていたメイドが言った。
「私は見たままを話しました。そうしたら、メイド長はそんな馬鹿馬鹿しい話しは信じられないと言ったのです。でも、あれは絶対に魔女だと思います。魔女は湖に何かしていたのです。だから湖には近づかない方が良いとメイド長に言いました」
「それでも、メイド長は夢を見たのだと聞き入れてくれなかったのです」
「子猫の事も注意されて、決まりが守れないようだったらクビにすると言われました」
マリは怯えていた。
「君をクビにはさせないから安心して。その魔女はどんな感じだったの?」
アルがマリに問いかける。
「昨夜は月明かりがあって割と明るかったと記憶しています。彼女は長い髪で長いロープを纏っていました。色は黒っぽかったと思います。振り返ったとき顔が見えたのですが、月とは逆光になっていて、目だけが赤く光っているのが見えたのです」
「その後君は気を失ってしまったんだね」
マリはコクリと頷いた。
「分った。さっきのことはメイド長には内緒にしておくから、君たちはここを片付けて戻ってもいいよ。みんなもメイド長には内緒だからね。約束を破った者は俺が罰するからそのつもりでいて」
アルはそう話しを締めくくった。メイド達はテーブルを片付けて出て行った。
「さっきの話しは本当かしら?」
ヒラリーは訝しがった。
「本当だと思うよ」とアルが言った。
「どうしてそう思われますの。殿下」
「湖に魔女のいた痕跡があったから。と言ったら分るかな」
グレッグとヒラリーは驚いた顔をした。
「魔女の痕跡ですか?」
「グレッグは気付かなかった様だけど、別荘に馬車が入った時に妙な感覚に襲われたんだ。もし、魔女がいるとしたら、まだそう遠くに行ってない気がする」
「それで、ボート遊びなのですね。ダメだと言っても、調べるのでしょう」とグレッグが納得した様にため息をついた。
帰り際、部屋から出る際に、アルはニヤリと笑って、
「明日はボート遊びをするからね」と手を振って出て行った。




