ライバル現る
屋敷の中に一歩踏み入れた途端また刺すような視線を感じた。
ロビー前の階段の上からのようだ。
視線を上げると少女が二人立って私たちを見下ろしていた。
ピンクゴールドの髪にエメラルドグリーンの目。姉妹だろうか?よく似ている。違うところは目の形。背の高い姉と思われる方が鋭い視線でヒラリーを見ている少女の目は少しつり上がっている。腰に手を当てて私たちを見下ろしている姿は、ヒラリーがよく例え話で聞かせてくれる悪役令嬢そのものの様な気がした。もう一人の少女の目尻は少し垂れ目気味で、全体的に儚げな感じがする。間違っても悪役令嬢には見えない。
鋭い視線の少女が少し刺のある口調でグレッグに言う。
「あら殿下に、グレッグ遅かったのですね」
まるでこの別荘の女主人のような事を言う。確かこの別荘は公爵の所有だったと思うけれど。
少女の目がヒラリーと私を睨めつける。この女は誰だと言わんばかりだ。
横を見るとヒラリーも負けてはいないようだ。グレッグを呼び捨てにする女を見て同じ目をして見返していた。
二人の間に火花が散ってるようだ。おー、恐い。
妹と思われる少女は横でオロオロしている。
「やあ、サンドラにアイリス。君たちも来ていたの?」
この雰囲気を感じていないのだろうか、グレッグがいつもの易しい口調で二人を見た。
「ええ、昨日こちらに着きましたの」
サンドラ、多分サンドラと思う少女はグレッグに微笑みながら階段を降りてきた。もちろん妹も姉の後から降りてきた。
サンドラはちゃっかりグレッグの横に立つと、
「グレッグ、こちらの方は?」と顎をツンと上げて、ヒラリーを横目でジロリと見た。
「ああ、サンドラは初めてだよね。こちらは僕の婚約者のローレイル侯爵家のヒラリーだよ」
ヒラリーがグレッグの婚約者と聞いてサンドラは一瞬眉をひそめた。
「そして、フェアルート殿下の側近のルカ」
グレッグは私のことをヒラリーの小間使いではなくアルの側近として紹介してくれた。
「ヒラリー、この二人は僕の親戚のクロワット伯爵家のサンドラとアイリス。サンドラは僕たちと同じ王立学校の5年生。アイリスはアルトの婚約者だよ」
「まあ、貴方がグレッグの婚約者のヒラリーさんですのね。いつもグレッグからお話は聞いておりますわ」
サンドラがヒラリーを値踏みするような目で睨む。
「あら、2クラスも上ですと寮棟が同じになることはございませんものね。グレッグ様の親戚の方が上級生にいらしたなんて、全然存じませんでしたわ。初めましてお・ね・え・さ・ま」
ヒラリーも負けてはいない。わざとお姉様と年上を強調している。さしずめ、ばばあは引っ込んでいろと言ったところだろうか。
グレッグは二人の様子に気付いていないようだ。横でニコニコしている。
「さあ、挨拶も終わったし、立ち話も何だから、部屋に荷物を運んでもらうことにして、着替えた後で居間に集まることにしよう」
この天然なところが、ヒラリーやあの公爵令嬢、サンドラと言った個性の強い存在に惑わされない秘訣なのだろう。私も天然に生まれたかった。
別荘のメイドが部屋に案内してくれた。
ヒラリーと私の部屋は別荘二階の北側の二間続きの部屋だった。
部屋に入るなりヒラリーの我慢の限界がきれた。
「なに!あの女!何様のつもり!」
ヒラリーの剣幕に案内のメイドが驚く。
ああ、メイドさん。ヒラリーの癇癪は初めてですよね。気に入らないことがあると時々こうなるので慣れて下さい。しかし、ヒラリーの怒りたい気持ちは分る。初対面なのにあんな態度を取られたら私でも頭にくる。
「イルカ!あの女の素性を調べてきて!」
え?まだ荷物もほどいていないのに調べに行けと?
一応確認してみる。
「今すぐですか?」
「そうよ、今すぐに」
ヒラリーの指先が入って来たばかりの扉を差している。
はいはい、分りました。調べてくれば良いのですね。一度言い出したら絶対止めないのは分っているから、私は抵抗の気持ちを込めて、ゆっくりと部屋を出ることにした。
ヒラリーは私と一緒に部屋を出て行こうとしたメイドを呼び止めた。
「そこの貴方。私の荷物をクローゼットに入れてちょうだい」
拒否は許さないという口調だ。
ああ可愛そうに、他にも仕事が有るだろうに、私の代わりに荷物をかたづけろと言われてしまった。
部屋を出た私は、別荘の使用人に聞くのが早いと思い下に降りるために中央階段に向かった。
階段の手前でアルが一人で歩いて来るのに出会った。
「殿下、お一人でどうしたのですか?」
誰が聞いているか分らないのでそう尋ねる。
「イルカ。一人か?」
私は頷いた。
「丁度良かった」
何が良かったのだろう。
「私に用事ですか?」
「少し庭を散歩しないか?」
私の返事も確認せずに、アルはもう階段を降りている。私は慌てて後を追った。
庭に出るとザワザワと鳥肌が立つような感じがした。思わず二の腕を抱えてさすった。
私の様子を見てアルが言った。
「イルカも感じるか?」
「はい、この別荘の敷地に入った時にも感じました。でも、別荘の中に入るとそれほど感じなかったのですが・・・このように外に出てくると感じますね」
「この別荘は建物全体に結界が張っている」
アルは湖を見ながら呟く。
「湖からでしょうか?」
「分らない。この気配をグレッグは感じないと言った」
「そういえばヒラリー様も気付いていませんでした」
私たちは湖の側に立つ四阿まで歩いた。
アルが四阿に設えてある椅子に座ると、何処からか従者が数人お茶とお菓子を二人分持って現れた。まるで魔法の様だ。
私が驚きでポカンとしていると、それを当たり前と思っているアルは、お茶を入れ終わった従者にしばらく離れているようにと指示を出した。
アルの従者は、いつも単なる側近の私の分も用意してくれる。側近になる前もそうだった。アルが私の分も用意するように伝えているのだと思う。
「ところで、イルカは何で部屋を出ていたんだ」
「実は・・・」私はサンドラの素性を調べるようヒラリーに頼まれたので、使用人に聞いてみようと思っていたと正直に話した。
「なるほど。さっきのサンドラの態度ならヒラリーが怒っても仕方ないね」
「アル殿もサンドラ様を知っているのですか?」
「俺もグレッグと一緒に昔からこの別荘に来ていたからよく知っている。アイリスがアルトの婚約者ってさっきの紹介されただろう」
私は頷く。
「サンドラとアイリスは、グレッグの爺さんの弟の息子の子供なんだ。それで小さい頃からこの別荘に来る度に会っていた。ある時、グレッグの爺さんの弟が話しをしていて、娘をグレッグの婚約者にして欲しいと言われたらしい。それで、アイリスは昔からアルトと仲が良かったので、妹はアルとの婚約者にして、姉のサンドラをグレッグの婚約者にしようという話しがほぼ決まりかけた頃に、俺が公爵令嬢を婚約者にしたくなかったので、グレッグにお見合いを勧めた結果今に至るというわけだ」
「そのお見合い候補に、何故ヒラリーも入っていたのですか?」
「公爵令嬢だけでは、俺が仕組んだとすぐ分る気がして、二人ほど候補を付けようと思ったんだよ。本当は公爵令嬢で決めたかったんだけど、前にも言ったように、俺がお前に興味を持ってしまったからな」
「そうでしたね。それでサンドラ様はグレッグの婚約者になれなかったと言うことですか」
「そういうこと。だから、俺も恨まれているんだよ」
「アル殿が恨まれるのは仕方のないことですね」
二人で話しをしていると、別荘の方から噂のサンドラが近づいてきた。
「あら、殿下。二人して何の話しです?」
「ルカはここが初めてだから、別荘周辺の見取り図を見ながら説明していたところだよ」
いつの間にかテーブルの上に別荘周辺の図面が置いてあった。
「あらそうでしたの。殿下の事ですから、また何か悪巧みでもしているのかと思いましたわ」
ツンとすましてサンドラは別荘の方に戻って行った。
何をしに来たのだろう?グレッグに相手をされないから、アルと話そうと思ったのだろうか?アルと話しがしたかったのかな?と思っていると,アルが図面を見ながら聞いた。
「イルカはあの変な気配は何処から感じる?」
おっと、今度は本当に仕事の話しだ。
「湖全体から感じる気がします」
「俺もそう思うけれど、なんか決め手がないんだよな」
「そうですね、漠然とゾワゾワする気配が漂っている感じですね」
「今日はこの位にして、明日湖にボートを出してみよう。湖の中央に表面すれすれのところに白い台の様なものが見えるだろう」
「見えます。あれは何ですか?」
「昔の神殿跡と聞いている。子供は近づいてはいけないと言われていて、一度も近くに行ったことがない場所だ。変な気配はあそこから出ているような気がする」
確かに白い台の周辺は何となく黒い靄が掛っているように見える。あのモヤモヤしたものからこの気配は出ているのだろうか?
そんな事を考えていると、従者が夕食の支度が出来たので、別荘に戻るようにと呼びに来た。
アルは、「明日行こう」と図面を懐にしまうと、私の手を引いて別荘に戻った。




