RPGのキャラ
王都、ローレイル公爵邸。
ローレイル侯爵は執務室の少し開いた窓から聞こえてくる、楽しそうな少女達の声に耳を傾けた。
声の主は、進級前の休暇で屋敷に戻っているヒラリーとその小間使いのルカだ。
ヒラリーの少し甲高い声とルカの低めの声が重なる。ヒラリーの相手をしている少女が何と言っているかは分らない。彼女は子供らしからぬ低い落ち着いた話し方をするので聞こえにくいのだと侯爵は思った。
外はよく晴れている。窓辺の側にある木の間から差し込む木漏れ日が床に落ちていた。
朝からの仕事が一段落して、執事にお茶を頼んだ。
いつもなら、仕事の合間のお茶をゆっくり楽しむのが好きなのだが、今日は違っていた。
侯爵は軽く眉間を押さえた。
侯爵を悩ませているのは、昨日、王城で聞いたある出来事だった。
定例の会議が終わった後、国王陛下から話しがあるからと別室に呼ばれた。
陛下がローレイル侯爵を単独で呼ぶときは、たいてい国境周辺の紛争のことでローレイル騎士団に出向を命じることがあった。今回もそう言った話しだと思っていた。
しかし、呼ばれて入った部屋には、王立学校の学長と魔法科の長と担当教諭が待っていた。
その顔ぶれを見て、侯爵は意外な気がした。なぜなら、王立とは言え、陛下は学校の問題に口を出すことはなかったからだ。
ローレイル侯爵は緊張した面持ちで陛下に尋ねた。
「陛下、まさか王立学校に魔物でも出たのですか?」
「いや、そういうことではないんだ。魔物が出たという話では無いよ」」
侯爵の様子に国王は、思わず苦笑いを浮かべた。
騎士団の出向要請ではないことに侯爵はホッとした。
「まあ、かけたまえ。魔物の話では無いが、少し問題があってね」
侯爵は国王が示した席に着いた。
侯爵が座った正面には王立学園の学長が座っていた。
学長は一枚の紙を侯爵の前に置いた。
「実はこれを見て頂きたいのです」
それは、ルカの魔力測定の結果表だった。
侯爵はその結果を見て驚いた。
「全属性!まさか・・・」
「そのまさかなんだよ」と国王が言った。
国王のあとを続けて、学長は困ったという顔で侯爵を見た。
「魔力は10と無いにひとしいのですが、あの測定器を使って全属性が出たのは初めてなんです。学校始まって以来の出来事でどうしたものかと迷い、こうして侯爵様にも来て頂いたところなんです」
「この少女は、侯爵家の使用人と伺っております」
「ルカは確かに家の使用人だ。ヒラリーの世話係をしている。しかし、今までルカが魔法を使ったと聞いた事はないし、測定で全属性が出たとしても、魔力がこれだけ低ければ、魔法を使うことは出来ないのではないですか?」
侯爵がそう尋ねると、魔法を測定した担当の教師が答えた。
「それが、拳くらいの火球と水球、周りの物を吹き上げるくらいの風魔法が実際使えたのです」
「現実に、魔力は少ないが、火と水と風の三属性の魔法が使えると言うことらしい」と国王が言った。
「彼女の髪は黒ですけれど、魔女と言うことは無いんでしょうか?」
不安そうに魔法の担当教師は侯爵に尋ねた。
そんな質問をした教師を学長は窘めた。
「それはないと考えている。入学の際には全員に魔女の検査をしている。君もその検査に立ち会っているではないか」
「ルカが魔女と言うことは無いと思います」と侯爵も否定した。
「妻も彼女を引き受けるとき、黒髪が気になって、孤児院の院長に尋ねたそうです。彼女がいた教会の孤児院の院長は、彼女が聖水を嫌がることはなく、他の子と同じように使っていたと言っていたそうです。それに、私の家に来て,ルカが魔法を使ったと聞いた事がありません」
「では魔女ではないのですね」
魔法担当教師は明らかにホッとした。それを見て学長は教師を睨んだ。
国王は指でコツコツとテーブルを叩いている。
「ルカと言う少女は、フェアルートが学校に入れるように頼んで入学させた少女だ。何にも興味を示さないあれが初めて私に頼んできた。あれの興味を引いたのがどんな少女か、私も気になったので、入学試験を受けることを許可したのだ。驚いたことに彼女は学校始まって以来の全教科満点を取って自力で入学した。フェアルートの見る目は正しかったと言うことだ。それに、1・2年の剣術の実習も優れた身体能力で男子にひけを取らないと聞いた。フェアルートからも側近にしたいとの希望が出ている。今回の魔力測定がなければ騎士科への進級は間違いなかったのだ。しかし、魔力は少ないが数種類の魔法が実際に使えることが分った。騎士科にこのまま進めると、成長と共に魔力が増えるかもしれない。もし魔力が増えた場合、騎士科だと、魔力がどのくらい増えて、どの属性が使えるのかを調べることはあまりない。魔法科ならそれが出来る。そこで、学長と魔法科長から相談を受けたのだ」
侯爵はどう答えて良いのか分らなかった。確かに剣術に関しては、領地の騎士団長から、ルカは身体能力に優れていて、将来有望な剣士になると聞いていた。
しかし、魔法に付いては初耳である。
「私は何と言って良いのか分りません。騎士としての実力は認めていますので、魔法が使えるのならば、それを伸ばすことも考えられます」
侯爵の発言に、学長は少し声を潜めて
「今のところ、彼女は全属性に適した能力があると測定されました。魔力測定は12歳にならないと本格的に測れないと我々は思っていますが、もしかしたら、彼女はその前段階、まだどの属性も決まっていない乳幼児と同じ状態なのかもしれません。これから魔法を学んでいく段階で属性が確立するのではないかとも考えられます。現在、彼女は三属性使えることが分っています。しかし、この国では多属性の魔法が使えるのは王族のみです。ですから、平民のルカが多属性の魔法が使えることは秘密にしなければいけません」
「では、ルカをどうするというのですか?」
「侯爵殿、貴方に申し上げるのが遅くなりましたが、私たちが話し合った結果、ルカを要注意人物として、これから監視を付けて見張ることにしました」
学長はルカに監視を付けるつもりだ。
「彼女の使用者である君もこの秘密を共有して欲しい」
国王は深刻な顔をしていた。それはそうだろう、もし全属性の魔法が使え魔力が上がったら、それはとても恐い存在になる。レベルが低い今のうちに王国内に囲ってしまうか、抹殺するかはルカの成長を見てからなのだろう。
ルカは良い子だ。我が儘なヒラリーの相手をよくしてくれている。
侯爵は苦い物を飲み込む様に頷いた。
「ルカが多属性の魔法が使えることを知っているのは、あの魔力測定の時一緒だった、フェアルート殿下と側近の公爵子息グレッグと侯爵の御令嬢のヒラリー様、そして、この魔法担当教師だけです。記憶を操作しても良いのですが、フェアルート殿下はいずれルカを側近に加える方向で考えているようですので、この話を秘密にするようお願いするつもりです。それで、侯爵にはヒラリー嬢とルカがこの話を他言しないように口止めをお願いします。そういうことですから、ルカは新学年から魔法科預かりとします」
侯爵は反論する気は無かったが、何故か不快な気分になった。
今でこそ領地での生活が主になっているが、国王とは学生時代からの旧知の仲だ。国王の悩みや相談も良く聞いていた。この話を陛下が初めに聞いたときに呼んでもらえなかった事を残念に思った。
少女達の笑い声が聞こえる。
侯爵はヒラリーとルカにまだ伝えていないことを話そうと思った。
部屋の隅にいた侍女にヒラリーとルカを連れてくるように頼んだ。
すると侍女は、「今日はグレッグ様を招いてお茶会をすると伺っております。もうすぐグレッグ様がいらっしゃる時間ですが、どう致しますか?」と聞いた。
侯爵はグレッグも一緒に来てもらう様に頼むと、横に控えている執事に「ヒラリー達が来たら、皆席を外すように」と言った。
そんな話しがある事も知らない私は、ヒラリーと庭でお茶会の準備をしていた。
いつもはヒラリーが公爵邸に行くのだが、今日はグレッグを誘って侯爵邸で開く事にしていた。1・2年生の間、学校ではほとんど話しをする機会が無かったので、休みの時はあの公爵令嬢もいないので、初めてグレッグを誘ってみたのだった。お茶会の後は近くの公園にデートの予定になっている。
「しかし、あんたの魔法の能力、何、あれ?変わった子だと思っていたけど、魔法も変わっているのね。レベル10なんてお目に掛ったことないわ」
ヒラリーの言葉が聞こえたのか、侍女の一人がクスクス笑った。
「そこの笑ってる貴方、貴方の魔力はどのくらい?」
侍女は急に話しを振られてビックッと震えた。
「私は200です」とおずおずと答える。
「そうよねー。だいたいその位よねー」
はいはい、確かに私は魔力レベル10ですよ。分っていますから、私で遊ばないで下さい。
「イルカ、もしかしたら、あんたRPGのキャラだったんじゃないかな」
ヒラリーから久しぶりに聞き慣れない言葉が出て来た。
「ヒラリー様、RPGって何ですか?」
「ロールプレイイングゲームよ」
そんな事も知らないのかという顔で私を見る。
私は聞いた事もみたこともない。
「ロールプレイイングゲーム?」
「あんたみたいにレベルの低い者が経験値を積んでレベルを上げていくゲームよ」
「経験値を積んでレベルを上げる?」
「そうよ、出て来た魔物を倒すことで経験値を積みレベルを上げていくのよ」
「あげてどうするのです?」
「魔物を倒して、ダンジョンのボスを倒していくのよ。そして最後にラスボスと戦うのよ」
「ダンジョン?ラスボス?」
「ダンジョンはレベルを上げるための鍛錬の場よ。いろいろなダンジョンを経験して、そこのボスを倒していくと、最後に現れるのがラスボスよ。最後の強敵って奴よ」
ヒラリーが説明してくれるけれど、うーむ、今ひとつよく解らない。
そこへ、従僕がグレッグの馬車がもう少しで到着すると教えに来た。
ヒラリーと私はグレッグを迎えに行く。
馬車が着いて、降りてくるグレッグに挨拶をしようと待ち構えていたら、アルが降りてきた。
「殿下もご一緒だったのですか?」とヒラリーが尋ねると、
「俺が一緒だと迷惑か?」と拗ねたようにアルが言った。
「いえ、そのようなことはございません。ホホホ」とアルの機嫌を損ねないようにヒラリーは笑った。
「殿下、ようこそお越し下さいました」
と私もにっこり笑って迎えた。
アルとグレッグをお茶会のテーブルの所まで案内をする。
テーブルの側まで行くと、侯爵付きの侍女が待っていた。
侯爵の侍女はアルを見て驚いた。侯爵はグレッグも一緒にと言われていたが、フェアルート殿下が一緒に来られるとは聞いていなかったので、ヒラリーに「侯爵様がヒラリーお嬢様とルカをお呼びです。グレッグ様もご一緒にとの事でしたが、殿下の事は伺っておりませんので、再度確認して参ります」と戻って行った。
「お父様が私とイルカを呼んでる?グレッグ様も一緒に?」
ヒラリーが変な顔をした。
私も同感だ。私たちは何か粗相をしただろうか?それにしては、グレッグも一緒に?一体何だろう?
お茶も入れずに待っていると、侯爵付きの侍女が戻ってきた。
「殿下もご一緒にとの事でした」
アルも一緒に?
ますます訳が分らなかった。
侯爵の執務室に行くと、侯爵は扉を開けて待っていた。
アルがいるので、侯爵の方から挨拶に出て来た。
「フェアルート殿下、お久しゅうございます」
「侯爵もお元気そうで何よりです。それより呼ばれた用件は何ですか?」
侯爵は執事に目線を送ると、執事は控えていた従者と侍女を連れて出て行った。
執事が扉を閉めたのを確認してヒラリーが聞いた。
「お父様、ご用って何ですの?」
「実は、先日の魔力測定の件で、学校側から通達があった」
「魔力測定の件か」とアルが訳知り顔で頷いた。
「ルカの魔力測定でレベルは低いけれど、全属性が出たと聞いた。それで騎士科に上級する予定を魔法科に変えると学校から言ってきた。それと、ルカの魔法に関しての結果は他言しないようにと釘を刺された。これは、フェアルート殿下もグレッグ君にもお願いするよ。誰にも言ってはいけない。秘密にするように」
侯爵はみんなの顔を見回して言った。
私はレベル10をみんなに知られたくないので、秘密にして貰えると助かる。侯爵の言うことに全面的に賛成だと思った。
「つまり、内緒と言うことですね。分りましたわ、お父様」
ヒラリーは父親の話を聞いて頷いた。
私もアルもグレッグも全員頷いた。
侯爵の部屋から解放されると、私たちは庭のテーブルでお茶会を楽しんだ。
3学年からは騎士科と魔法科の二クラスに別れるので、私が魔法科に行くことが決まったことで、また同じクラスで学べることをみんなで喜んだ。




