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聖女と近衛騎士

 一人で昼食を食べていると、隣に気配を感じた。顔を上げると、知らない女子が昼食のトレイを持って立っていた。

「こんにちは」

 挨拶されたので、私もこんにちはと返した。

「あなた騎士科の1年生でしょう」と話しかけてくる。

 そうだと頷くと、

「私はシェイド伯爵家のエドナよ。騎士科の2年生よ」

 そう言って隣に座った。

 ジェイド伯爵家のエドナ?騎士科の2年生なら先輩よね。

 その時、前方から視線を感じた。見るとヒラリーがじっと私の方を見ていた。ヒラリーの隣に座っている女子が、私の方を見ながら何か説明していた。ヒラリーその説明を聞いて頷くと、私に向かって親指と人差し指で○を作った。どうやらオーケーという事らしい。何がオーケーなのか?エドナ先輩と話しても良いと言うことなのかな?と勝手に解釈することにした。1年生で彼女を知っていると言うことは、隣の上級生はもしかして有名人なのかも知れない。それならば粗相することは避けた方が良いと判断した。

「私はルカ。みんなイルカと呼ぶわ」

 騎士科の2年生。それも伯爵家の人が先に挨拶をしてくるなんて、私に用でもあるのだろうか?

 思った事が顔に出ていたのだろう。

「どうして話しかけてきたのかって顔をしているね」とエドナは笑った。「学生は平等と言っても、寮でも貴族と平民は階が違うから差別してないようで差別がある。貴方と仲のよいローレイル侯爵家のヒラリー様にも、取り巻きが付いているときはうかつに近寄れないだろう?」

「私が離れて座っているのは、ヒラリー様のせいではありません」

「そうだね、周りの取り巻きが受け入れてくれないとか?」

 この人は何を言いたいのだろう?

 思わず睨んでしまった私を見て、「アハハハハ」エドナは急に笑い始めた。

 周りのテーブルの人達が変な顔をして見ている。

「ごめん。私はただ貴方が騎士科で入学したと聞いて会いに来ただけよ」

 エドナはひとしきり笑って、トレイの昼食を食べ始めた。

「エドナ様も騎士科なのでしょう?私が騎士を目指してもおかしく無いのでは?」

 私自身は騎士になるつもりはサラサラなかったが、魔法が使えないので騎士科になっただけなのだけど・・・それをエドナに言うつもりは無かった。

「エドナで良いわ。女子の騎士科は昨年新設されたのよ。今のところ、この学校の騎士科の女子は貴方と私の二人。だから仲良くしようと思って」

「なるほど、騎士科の女子は先輩と私だけなのですね」

「そうよ、貴方が騎士になりたい動機は知らないけれど、私は兄たちが騎士科にだからよ」

「お兄様達が騎士になりたいのは分りますが、エドナが騎士になるのと何か関係があるのですか?」

「私は小さい頃から兄たちと一緒に遊んでいたの。兄たちが剣の練習をしているのを見て、私もやってみたいと思ったのよね。初めは単なる気まぐれで剣を習いたいと言っていると思われたらしい。でも私は剣の才能があったらしく、同年代の少年より上手になったの。二番目の兄よりずっと剣の成績は上だった。でも、学校に行く年齢が近づいてくると、剣では入学出来ないと言われたのよ。この学校の入学する為には、女子は少しでも魔法が使えなければ、試験に合格しても入学出来ないと聞いたのよ。兄二人がこの学校に通学していたから、通えないと聞いてとてもショックを受けたわ。兄たちとは違う学校に進むように親から言われたわ。ところが去年、突然女子の騎士科が出来たのよ。とても嬉しかった。でも去年は急遽出来た騎士科のため、女子は私一人だった。だから、今年貴方が入って来たと聞いて嬉しいわ」

 話しながら食べるエドナに貴族特有の気取った雰囲気はまったくなかった。

「どうして突然女子の騎士科が出来たのですか?」

「さあ、良くは知らないけれど、女子だけの近衛騎士を養成すると聞いたわ」

「女子だけの近衛騎士ですか?」

「聖女専用の騎士を育てたいみたいよ」

「聖女専用ですか?」

「五年ほど前に、神殿に次の聖女が現れると神託が下ったらしいの。それで聖女専用に女性の騎士を養成する話しになったと聞いているわ」

 聖女専用の騎士?

 私は少し前に聞いたアルの話しを思い出していた。もしかして、王様は応援に駆けつけた騎士に聖女を取られたのだろうか。それで今度は騎士に取られないよう、女性の騎士を付けることにしたのだろうか。

 そんな事を考えていると、エドナが私をじっと見ているのに気付いた。私がなに?とみかえすと、「イルカはこの後予定があるの?」と聞かれた。

「特に決めていません。ただ、明日は朝から剣の授業があるので、練習場を見に行こうと思っています」

「それだったら私が案内してあげる」

 とエドナは急に立ち上がった。そして、私も来るようにとクイッと顎で促した。

 私はヒラリーに出掛けると伝えるため、ヒラリーを見た。

 ヒラリーはずっと私を見ていたようだ。私を見ると、分ったと軽く手を振った。

 出口の側にあるトレイ置き場にトレイを置いて、食堂から出た。

 エドナが大きく伸びをする。

「私って集団生活に向いていないみたい」と呟いた。

「ねえ、イルカもそう思わない?」

「私はエドナ様の事は存じ上げないので分りません」

「私じゃなくて、あなたの事よ」

「私ですか?私は長いものには巻かれろ主義ですので、あまり不自由は感じていませんが」

「あら、そうなの?意外ね」

「意外ですか?」

「ああ、貴方は貴族じゃないからなのね」

 集団生活に貴族が関係しているのだろうか?

 私が首を傾げると「今に分るわ」とはぐらかされた。

 私はエドナの後に付いて校舎に向かう。今朝入学式があった広間のある横を通り抜けて、南の校舎の端まで歩いて行くと、円形の建物が見えてきた。

「あの建物が練習場よ」

 建物に近づくと思ったより大きく広いのがわかる。

「練習場には4カ所から入れるよ。今向かっている中庭に一つ。4・5・6年生の校舎から繋がっている入り口。そして、表からと校舎の反対側よ」

 私たちは中庭の扉から建物の中に入った。

 扉の中に入ると、左右に円を描くように回廊が延びていた。

「練習場のドアは、入り口のドアと同じように4カ所あるよ。この回廊を右手に行くと、男子専用のロッカーとシャワー室がある。左に行くと女子専用のロッカーとシャワー室がある。まずロッカーから見ていこうか」

 エドナがそういったとき、練習場の中から声が聞こえてきた。

「今日まで休みのはずだけど、誰か練習でもしているのかしら?」

 エドナが首を傾げた。

 中からは声だけでなく、剣を打ち合う音も聞こえてきた。

 私たちは近づいて、こっそり中を覗いてみる事にした。

 ドアを小さく開けただけなのに、思いの他、大きな声が聞こえた。

「そんなだから女に抜かれるのだ!」

 女に抜かれる?何を言っているのだろう?

 エドナと私は訓練場のドアを小さく開けたまま中を覗いた。

 少年四人が取り囲む真ん中に人が倒れていた。

「おい、立ち上がれ!まだ終わっていないぞ!」

 倒れている生徒を一人が小突いている。

「あいつら2年生よ」とエドナが囁く。

「倒れているのは1年生みたいね」

 私は倒れている人物に心当たりがあった。

「私と同じクラスの子爵家令息だわ」

 そうだ、名前は知らないけど出席番号6番の男子だ。

 私は気付くと身体が動いていた。

「あっ、イルカ!」

 エドナが呼び止めたときにはもう遅かった。バタンと大きな音を立てて、ドアを開け放っていた。そして、四人を睨みつけた。

「なんだおまえら!」

「同級生が虐められるのを黙って見過ごすなんてできないだけよ」

 私は脅しをかけるように低い声をだした。

「なんだとー!」

 少年達が私に向かって身構えた。その時エドナが私の前に立った。

「貴方たち、剣士の規則を忘れたの!」

 エドナの姿を見て、少年達はギョッとしたようにひるんだ。

「なんだ、エドナお前は関係ないだろう」

 エドナを知っているようだ。少年達の動きが止まった。

「いつでもかかってきなさいよ。剣で貴方たちに負ける気はしないわ」

 エドナはいつの間にか練習用の剣を持っていた。

「生意気な」

 一人の少年が剣を振り上げた時、パンパンパンと手を叩く音が響いた。

 私たちが入って来たのとは反対の方向から聞こえた。

「そこまでにして貰おうか」

 少し怒った様な、聞き覚えのある声が聞こえた。

 エドナの後ろから覗くと、アルとグレッグが立っていた。

「殿下!」

 エドナが驚いた様に跪いた。他の少年達と転がっていた子爵家令息も慌てて跪いている。

 エドナがボーッと立っていた私のスカートの裾を引っ張って跪けと目配せしてきたので、私も慌てて跪く。

「このようなところを見られてお恥ずかしいかぎりです」

 とエドナが挨拶をする。

「今のは恥ずかしいところだったのか?」

 アルの問いかけに誰も返事をしなかった。

「今から先生と待ち合わせているのだが、君たちも参加するか?」

 先生と待ち合わせと聞いて少年達は慌てた。

「僕たちはただ練習していただけで、先生の事は存じません。先生が来られるのなら、僕たちは失礼致します」

 リーダーと思われる少年はそう呟くと、そそくさと練習場から出て行った。

「私たちも練習場を見に来ただけですので、これで失礼致します」

 エドナは私と子爵令息の手を引いて練習場から連れ出した。

 練習場からかなり離れたところで、エドナは手を離した。

「あー驚いた」

 ホッとした様に大きく息を吐く様子を見ていると、本当に驚いた様だった。

「なにはともあれ、何事もなくてよかったわ。でも、イルカとあんたはあいつらに目を付けられたかも知れないから気を付けたほうがいい」

 私は大丈夫だけど、子爵家令息は大丈夫だろうか。

「彼等は貴族?」

 相手が貴族だろうが何だろうが、構わないのだけど、一応聞いてみる。

「そうよ。あのリーダーが侯爵の息子で他はその取り巻きよ。剣の成績は私の方が上だけどね」とエドナがニヤリと笑った。

「私は女子寮だから心配ないけれど、子爵家令息は大丈夫なの?」と子爵令息を見る。

「僕は子爵家令息じゃなくて、クロードと言う名前がある。僕の棟は彼等の棟とは違うから、会わないよう気を付けていれば大丈夫だと思う。食堂やお風呂場は人が多いからなにもしてこないと思う」

 女子に庇ってもらったのが恥ずかしいのか、赤い顔で無愛想にクロードが言った。

「棟が違うのに、何故いちゃもん付けられていたの?」

 エドナはクロードに問いかける。

「侯爵の息子が僕の父方の従兄弟になるんだ。それで呼び出されて・・・」

「災難だったわね」

「今日は助けてくれてありがとう。今度何かしてきたら父に相談するよ。そしたら絶対僕に手を出さないと思うから」

 クロードはそう言って寮に戻っていった。

 私はクロードを見送ったが、本当に大丈夫なのか心配だった。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。あそこの侯爵家は問題ありだから、多分子爵家から援助を受けているんじゃないかな。だから、親に言われたら困るのはあいつらなんだと思う」

 はて?私には分らないことをエドナは知っているようだ。

「さあ、私たちも戻りましょう」

 エドナに促され寮に戻る事にした。

 入り口のところでヒラリーが待っていたので、エドナと別れた。

「ヒラリー様の用事はもう終わられたのですか?」

「挨拶回りは終わったわよ」

 ヒラリーは何だかつまらなさそうだ。

「何かあったのですか?」

「あの人達と話しているより、イルカといる方が私は楽だと気付いたの」

 そりゃそうでしょうね。私といると気を遣わなくて良いし、我が儘し放題だから・・・と思ったが、「そうですか」と口角筋を引きつらせて笑顔を作った。

「で、あんたは騎士科の伯爵令嬢とどんな話しをしたの?」

「エドナ様とですか?剣の練習場を案内してもらっただけですけど・・・どうかされましたか?」

「あの人エドナと言うのね。私に許可なくイルカに話しかけるなんて良い度胸ね」

 良い度胸もなにも一応先輩ですよ!と言いたい。

「騎士科の先輩ですから、仲良くした方が今後の為にもなると思いまして・・・」

 エドナに対して変な闘争心を覗わせるヒラリー。機嫌が悪そうだ。

 エドナと一緒に回った練習場について、当たり障りのない話しをしてなんとか機嫌を直してもらった。

「イルカ、あんたの友達は私が良いと思う人じゃないと認めないからね」

 と最後に言われてヒラリーから解放された。

 部屋に戻ると、私は大きなため息をついた。

 これでは勝手に友達を作る事もできない。

 今日一日で、新しい友達を作るというささやかな望みすら持てないことを悟るには充分だった。

 私の未来に幸あれ!


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