私は誰?
ピチャッ・・・・・・ピチャッ・・・・・・
水が垂れる音が聞こえる・・・
水道の蛇口は閉めたはずだけど・・・
私はぼんやりと目を開けた・・・
真っ暗だ。
いくらボロアパートに住んでいるとは言え、停電でもない限り真っ暗になることはなかった。
なんかだか様子が変だ
変な匂いがする。
それに寝ている場所もヒヤリとしている。
どうやら固い石の上に寝ているようだ。
私は重く虚ろな頭を持ち上げた。
ここは何処だろう。
確かコンビニに買い物に出掛けたはずだ・・・
その時何かがぶつかってきて、その後の記憶が無い。
真っ暗な中で考える。
私の名前は今居るか・・・大丈夫、名前は覚えている。
この名前で何度虐められたか・・・
まあ、それも昔の話しだ。なんたって私はもう大人。アラサーの会社員。ブラック企業と言ってもおかしくない会社で事務をしている。
よし!記憶をなくしたと言うことは無いみたいだ。
ところで、本当にここは何処だろう。
真っ暗だ。
手探りで辺りを探っていると人の気配を感じた。
少し恐いが、声を出してみた。
「そこに、誰かいるの?」
自分の声に驚いた。私の声にしては幼すぎる気がした。
「・・・ルカ・・・」
女の声が私の名前を呼んだ。
「私はここよ」
私の返事に女の声が言った。
「・・・ルカ・・・きょう・・・かい・・・に・・・行けば・・・おかあ・・・さん・・・が・・・いる」
病気だろうか?苦しそうだ。言葉が切れ切れだった。
何だろう?教会にこの人のお母さんがいるのだろうか?
「教会に行けば良いのね」
「・・・そう・・・私が・・・ここから・・・出して・・・あげる・・・。でも・・・気を・・・付けて・・・目は・・・くろ・・・く・・・して・・・いる・・・の・・・よ」
目は黒くって、私の目は元々黒だし・・・
そんな事を考えていると、いつの間にか暗闇から月明かりに照らされた茂みの中に移動していた。
突然の出来事に意識がついていけない。
これは夢に違いない。
たぶん私は夢を見ているのだろう。そうでないと場面が急に変わるわけがない。
誰かが近づいてくる気配がした。
私は咄嗟に茂みの影に隠れた。
男が二人、話しながら近づいて来る。
「魔女狩りだって?」
「そうだ、伯爵様が、魔女を捕らえた」
「本当に魔女なのか?」
「間違いない。聖水を浴びせたらのたうち回ったらしい」
「本当か!」
「なんでも魔女は子連れだったらしいが、子どもの方は聖水を浴びても反応は無かったそうだ。でも、真っ黒な髪をしていたから一緒に連れてきたらしい」
「そうなのか。ではその子どもは髪が黒いからって、何処かから連れてきたんだろうな」
「ああ、そうかもしれない。子連れだったら魔女の正体を誤魔化せると思ったんだろう」
二人の男は私が隠れている茂みの横を通り過ぎて行った。
私はしばらく茂みに身を潜め辺りの様子を覗っていたが、誰も来ないことを確認して、少し開いていた扉の隙間から外に出た、
周りを見回すと、少し先に教会の塔が見えた。見つからないように暗闇を教会に向かって走った。
すぐそこに教会は見えるのになかなか着かない。
不思議に思って足下を見ると、私の足が小さくなっている。
慌てて手を見ると手も小さい。
私は子どもになっているようだ。
漫画やアニメじゃあるまいし、突然身体が小さくなるなんて・・・
やはり夢を見ているようだ。
それにしてはリアルな夢だな。
壁を触れば冷たい石の感覚が手に残る。
それに、この家並みは私の知っている町とは違う。
まるで中世ヨーロッパのテーマパークの町みたいだ。
なんでこんな夢を見ているのだろうと思いながら教会に着いた。
教会の扉をそっと押してみた。
キィーと音を立てて動いた。
扉が開いた・・・中を覗き込んでみる。
中には誰もいなかった。
微かな明かりのともった教会内にこっそり入って、祭壇の前まで行った。
一番前の椅子に座った。
どうしてこんな所にいるのだろう・・・
考えても分からない・・・なんたってこれは夢なんだから・・・そう思いながら、私はそのまま眠ってしまった。
目が覚めても夢は終わっていなかった。
私の周りに数人の女性が立っていた。
「神婦様、気が付いたようです」
神婦様と呼ばれた人が私の前に立った。
私も慌てて立ち上がったが、私の身長は神婦様の腰よりも低かった。
まだ小さいままだ。
それに、周りの人達の着ている洋服も教会だからだろうか、裾の長いスカートをはいている。私には馴染みのない姿だった。
神婦様が私の身長に合わせて膝をついて、目を見て話しかけた。
「お前、名前は?」
私の名前・・・そうだあの女の声は私をルカと呼んでいた。
「ルカ・・・」
「どこから来た?」
何処から?
夢をみる前の記憶しかない。そんな事を言ったらおかしな子だと言われそうだ。
「・・・分からない」と答えた。
周りの人達は顔を見合わせた。
「では、何故教会に来た」
何故って?女の人が教会に行けばお母さんに会えると・・・
「お母さんが教会にいると聞いたから・・・」
またみんなが顔を見合わせた。
「ルカ、本当に何も分からないの?」
私はどう答えたら良いか分からなくて下を向いてしまった。
名前は今居るかだと言ってもいいが、ここは私の知っている場所とは違う。
そういえば、会社の若い子が転生ものの小説が流行っていると言っていたが、これが転生というものだろうか?
まさかね。と思うがわからない以上黙っているにこしたことはない。
「神婦様、ホントに何も分からないみたいですね。どう致しましょう」
「両手を出してごらん」
神婦様がそう言ったので、両手を出したら水を手のひらに掛けられた。驚いて顔を上げると神婦様と目が合った。
「黒髪でも黒目だし、聖水にも反応しないから、魔女の子ではないみたいだね。しばらく教会付きの孤児院に入れておこう」
こうして、私は教会の孤児院に引き取られた。