日本は日本人が住んではいけない国である。
日本死ね。
女の言葉は呪詛だわ。
アジャセコンプレックス。
出生という根源的な事象ではないが養育という延長線、同一ベクトルで捉えれば。
日本はママだったんだなぁ、と。
お乳を満足に与えてくれないママは死ねというふうに殺意を向けている。
男が読んでる場合を考えて、もう少しイメージしやすい話をすると、
君はショタボーイで、母親が交通事故にあったとする。
モノ言わぬ冷たい体になっていく母親に対して、
ショタくんが「ママ死なないで」と叫ぶ。
これは呪詛かというと呪詛ではあるんだが、祈りと捉えたほうがわかりやすいか。
ママ死んじゃう。し、死んじゃうよ。
僕を養ってくれて、愛してくれるはずのママが死んじゃう! どうしよう。
日本という国を"母体"という隠喩で捉えるのはそう、おかしなことではないだろう。
すると、8050問題のように、80才の老婆のようなイメージ。
50才のわたしは80才ママに助けてほしいんだけど。
残念。介護してほしいと思っていたら、むしろ介護しなきゃいけない側に回っていました。
的な状況。
独身世帯が5000万人とか、GDPがゴミくずとか、
ぜんぜんっ収入が上がらないとか、国民総ATM化とか、まあいろいろとあるわけですが。
かろうじて死んでないだけで、日本ママ(80)は、あと20年もすれば死ぬというイメージがあります。
君が日本人だとすれば、日本に依存してはいけなくなってる。
つまり、日本は日本人が住んではいけない国である。いじょ。証明終了。
いやべつになんも証明してないけどね。
勝手なイメージですので、そうならない可能性もあるし。
そうならないように努力すべきという主張もわかります。
それは、どうでもいいのですよ。
と、いうと怒られるかもしれません。
創作というレベルにおいては、実世界はまあどうでもいい。
これもイメージになってしまいますが、太宰治はやっぱり実世界とかどうでもよくて、内心のほうが重要だったように思える。
とはいえ、彼は彼の内心のリアルさを信じていたわけで、それは人間失格の烙印を押されるという"現実"での自己評価も深くかかわっていたように思う。
ので……。
なんというか、そういう世相というのは、小説にも影響を及ぼしているでしょう。
たぶん、この仮説はべつにここまで長く語らなくても、たぶんほとんどの人はそうだねプロテインだねって思うところだと思う。
世相は小説にも影響を及ぼす。
欲望とは他者の欲望なのですから、欲望、すなわち隠喩連鎖によって紡がれる小説という言葉たちは、
必ず人類総体の鏡像を成すからです。
意味わからん?
んー。じゃあ、まあこう考えよう。
なろう小説は現実逃避であるという言葉を聞いたことがないかな。
そこで、主人公は好き勝手にふるまう。
現実がうまくいかないから。
だから、小説の中では好きにふるまいたいという欲望を叶えているのだと。
作者はまあ、そこでは作者内の欲望を発露させている場合もあるし、そうでない場合もあるのだけど、
欲望の原因としてあるのは、ランキングに載りたいからだ。
要するに他者にそういう物語を承認されたいからだ。
ということは、つまり、作者の内心なんてあえていえばどうでもよくて、
読者総体、読者の多数の者がそういう物語を読みたいという欲望があるから、
つまり、まさに他者の欲望を原因として、物語を紡いでいるといえるわけだ。
まあさらに遡れば、なんでランキングに載りたいのってなって、例えば書籍化して稼ぎたいだったら、お金ってことになるけど、
お金は誰もかれもが欲望するから、つまりお金という観念があるからこそ、欲望の原因となるわけだ。
仮にお金という観念のない国にいけば、日本銀行券をいくら持っていても、物質的な紙としての価値にしかならないわけで。
どこかで言われたとおり、
『ケツをふく紙にもなりゃしねえ』
となるわけだ。
であれば。
世相は小説に影響を及ぼす。
そう仮定すると、実際には世相の観念を引き受けて書くわけだから、過去を書くことになりそうなんだけど、
そこは小説が隠喩連鎖によって紡がれることからすれば、隠喩の組み込み方次第では時間軸は自由に動かせるといえる。
ほんの少し未来を先取りしたほうが名作と呼ばれることが多いかな。
でもま……、それもどちらでもいい。
所詮は代理表象の操作。
呪詛遊びだから。
日本死ねという呪詛を、わたしは『日本人は日本に住んではいけない』と捉えなおしたわけだけど、
あまりにも抽象的すぎてたぶん、なにいってんだこいつってなってると思う。
なので、これをいまの具体的な小説のあらすじに引き直してみる。
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ここは遠い未来。
わたしは精巧な美少女ロボットになっていて、毎日工場で働いている。
周りにいる者も精巧な美少女ロボットだが、
人間との違いは頭上にある天使のわっかのようなものと
光学的に放射されている羽のようなものしか違いがない。
工場で働いている理由は特にないらしい。
本当は感情のないもっと原始的なロボットが働いてもいいのだけれども、
"人間"がそうしなさいと命じているのでロボットたちは働いている。
なんだかんだあって"人間"たちは、ロボットのように感情をなくし、
歌を無くしていた。
少女は、前世の記憶から歌を参照し……
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マクロスやんけ。
いやまあ、そんな感じよ。
日本人が絶滅するというのを人間のこころが死ぬみたいに捉えて、
人間のこころを復権する。
神話の多くは欠如を埋めること。
言い換えれば、なんらかを得ることでしょう。
何を失っているのか。
何をほしがっているのか。
日本死ねという呪詛の裏には、ママ死なないでという祈りがある。
祈りを表現したい。
まあ呪いを表現するのも文学ではあるが。
エンタメは祈りのほうが親和的だろうな。
主人公が美少女でロボットってところは、完全にわたしの倒錯的な趣味なわけですけどね。
上で述べたSFもどきは書いたら、少しはウケそうな気がするんだけど、小説で歌を表現するのはいろいろと問題があって難しいぽ……。最後はマザーコンピュータと対決する。これが本当のマザコン(爆)。←20年くらい前の流行り。
爆発オチってさいてー。