剣士死す
雨が彼女の綺麗な緑色の髪を濡らし、流れる血と一緒に地面を赤く染める。
彼女の背中にできた傷が、もう彼女が長くないことを教えている。
僕は地面に倒れている彼女を抱き起こした。
「何か、何か言い残すことはあるか?」
僕の問いかけに彼女は消え入りそうな声で答えた。
「この・・・袋の中に金貨が入っております。怨みを・・・怨みを晴らしてください」
彼女は血に染まった袋を僕に手渡した。
「この依頼、引き受けさせていただきます」
僕がそう言うと彼女は、少し微笑み静かに息を引き取った。
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僕の名前は山田刀。50歳独身。剣に人生を捧げてきた。人生を捧げてきただけあり、剣士として日本では誰よりも強く、いろいろな大会で優勝したし、滝や海、岩や山なども真っ二つに切ってきた。
しかし今の時代どんなに最強でも剣だけでは食べて行けず、会社に勤めながら剣道を弟子達に教えていた。
会社などでは色々あるが、剣士としては充実な日々を送っていたある日、弟子の小学生の男の子にこんな質問をされた。
「先生は強くなって何をしたいのですか?」
僕は答えることが出来なかった。
自分の中で生きてきた日々に不満はなかったが、満足もしていなかった事に気づいた。
剣士として大会で優勝したいのか?
違う。
弟子たちに剣道を教えたいのか?
違う。
僕は・・・50年間鍛えてきた剣士としての力を使いたいんだ。
彼女を作ることもなく家族もいない。ただひたすら剣の道を極めてきたこの剣の力を人や動物の為に使いたいんだ。
50年間が無駄ではなかった事を証明したいんだ。
50歳になり初めてその事に気づいた。
でもどうやって力を使えばいいのだろう。
50を過ぎている僕が、今更警察に入れないだろうし、ヒーローになって悪者懲らしめたら逆に自分が捕まってしまうし・・・。
そんな事を考えて歩いていると居眠り運転のトラックが、僕に向かって走ってきた。
「これは避け切れないな」
僕は木刀を抜きトラックに向かって振り下ろした。
トラックにはヒビが入ったが、完全に切断するには至らず僕を跳ね飛ばした。
「真剣なら・・・真剣なら切れた」
僕はそう呟き息を引き取った。
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目が覚めると真っ白な空間にいた。壁も何もない。ただ真っ白な空間。
「なんで僕はここにいるんだ」
トラックに轢かれたはずだから、病院か事故の現場などにいるのが普通だ。
それなのにどこか違う場所にいるらしい。
体を見ても傷もなく服も破けていない。
「そうか、僕は死んだのか」
日本にはないであろう場所、傷のない体を見て死を理解した。
「そうじゃ、お主は死んだのじゃ」
声がする方を見るとそこには黒いロープを着て、手には杖を持った神々しいオーラを放つ白髪の老人がいた。
「あの、どなた様ですか?」
「わしは神じゃ」
神々しいオーラは見間違いじゃなかったらしい。
「お主は、トラックに轢かれて即死じゃった」
「そうですか・・・」
いざ死んだと聞かされると色んな事を心配してしまう。
愛する妻や子供達、田舎にいる両親・・・。
うん、誰もいなかった。両親は既に他界しているし、僕は独身だった・・・。
弟子達も僕がいなくても大丈夫だし、ペットも飼ってないし・・・。会社も僕の代わりはいくらでもいる。
あれ、僕が死んでも誰も困らない。なんでだろう涙が出てきた。
いや一つだけ困る。僕は自分の剣の力を試したかったんだ。剣をやってきた事は意味がある事だと証明したかったんだ。
「そうじゃのぉ。お主は天国いきかのぉ」
なんか知らないうちに天国に行かされそうになっている。
「神様、どうか生き返らしては頂けないでしょうか?僕は自分の力を試したいのです」
僕は30年以上にわたり会社で培ってきた土下座をした。会社でミスをした時、どれだけこの方法で乗り切った事か・・・。
今回は生き返らしていただくのだから、それはもう誠心誠意で土下座をした。自分でも今までで生きてきた中で一番の土下座が出来たのではないだろうか・・・。
「そうさのぉ、この世界では無理だが異世界に行かせてあげる事はできるかのぉ」
どうやら長年培ってきた土下座は効果があったみたいだ。始めてあの会社に入って良かったと思った。
「僕は自分の力を試したいのです。異世界に行かせてください。お願い致します」
僕には妻も家族もいない。異世界に行かない理由はない。
「わかったのじゃ。でもお主の力では勇者にはなれんが・・・。いや鍛えればなれるか・・・」
どうやら神様は勇者になりたいのだと間違えている。
僕は勇者になりたかったわけではない。自分の力が試したいだけだ。あの50年間の剣の修業の意味はあったんだと・・・。
このままでは勇者にされ、無駄死にさせられてしまう。
「神様、僕は勇者になりたいわけではないです。自分の力が試したいだけです。なので強くも弱くもせず、この力のまま転生させて下さい」
僕は自分の力で人々を救いたいが、無駄死にはしたくはないし、自分の力を試したいので勝手に強くも弱くもされたくない。
「そうか、そういっていたのぉ。わかったじゃあ、王国警備隊なんてどうじゃ?」
「王国警備隊ってなんですか?」
「王国の安全を守る。日本では警察と呼ばれていた仕事じゃ」
もともと警察は死ぬ前の時から候補に挙げていたし、ぜひなりたい。
「王国警備隊で宜しくお願いします」
「わかったのじゃ。でも王国騎士団になるには、貴族にならないと難しいから貴族にするのじゃ。あと言葉だけは理解し話せるようにしとくのじゃ。それではサラバじゃ」
神様がそう言うと急に視界が眩し光で照らされ、目も明けられなくなった。
「ちょっと待ってください。貴族なんかされたら、後継ぎ争いや戦争で死にます。止めてくれーーー」
僕の声は神様に届くことはなかった。