九十九話 純血の吸血鬼
マサキに送ってもらった影から這い出る。
ここまでやられたことはかつてなかったかもしれない。
足に力が入らないのと、手がまだ回復しきってないから肩で地面を掻く。
首が捩じ切れて、倒れている死体。
まだ冷え切っていないだろう、新鮮な死体。
牙を尖らせて、首筋に噛みつく。
牙は肉を抉る。
そして、邪魔な肉を削ぐ。
大きな傷口から血があふれ出せば、一気にそれを飲みこんでしまう。
あぁ、血の味だ。
私の愛した大好物。
枯れていた肉体に潤いが宿る。
けど、人一人の血の量なんてたかが知れていた。
もうその死体は乾ききってしまっていて、血の一滴も落ちて来やしない。
タリナイ
分かってる。
本能が訴えてくる。
私にもっと血を寄越せ、と。
手や腹部の怪我は治っている。
すぐに近くにいた死体に噛みつく。
味わって吸おうと思っていても、人の持つ血液の量では私にとっては一瞬で吸いきってしまう。
二人分吸えば、髪も依然と同じ長さにまで伸びた。
肌にも髪にも艶が出る。
モット
分かってる。
ここにはまだたくさんの綺麗な死体が転がっている。
私の食事には足りないけど、それでも腹の足し程度にはなるはずだ。
あの男はまだ村の中にいる。
足音は聞こえるが、私を探しているわけではない。
屋敷に向かって進んでいるようだ。
早く済ませてしまおう。
一人の死体に噛みつき、そのまま移動する。
そして、そのまま投げ捨てて次の死体に噛みつく。
力が溢れてくる。
魔石からの鼓動を全身で感じる。
美味しい。
たまにワインを飲んだとしても、全く酔いは来ないのだが、今は頭がくらくらするような酩酊感がある。
吸血衝動、それに飢餓感。
たった四人の血で満たされるはずがない。
血を吸いつくされて干からびた死体を投げて、次の死体に噛みつく。
そして、さらに死体を求めて屋敷に通じる街路に出たところで、消滅の力を使う男が足を止めて、こちらを見てきていた。
「あら、まだいたのね」
血を吸いつくした死体をその男に投げつければ、当たる前にどこかに消滅してしまった。
死体も残さないなんてかわいそうに。
投げたのは私だけど。
「それで私とダンスでも踊ってくれるのかしら?」
力が全身から溢れている。
相手は完全にこちらに向き直っていた。
自然と笑みが浮かぶ。
さっきの腑抜けた私と比べてもらっては困る。
「それじゃあ、再び私とダンスを踊りましょう」
姿勢を低くして前かがみの体勢で、一瞬で距離を詰める。
もう爪を伸ばせば殺せる距離だが、消滅の力が展開される。
髪が数本巻き込まれるが、爪を無理やり地面に立てて横に飛ぶ。
側頭部の魔物の目がしっかりと私をまだ捉えていた。
力が増した私の速さをまだ追えるらしい。
単純にすごい技術力だ。
王国にはない。
感心しながら、周りも確認する。
一度飛びのけば、さっきまでいた場所の地面が休憩に抉られる。
飛んだ先にいた死体に噛みつき、血を頂く。
体が歓喜で震える。
血で潤い、自然と口角が上がる。
乾いた死体に用はない。
「まだまだこれからでしょう? あなたも、私も」
翼を広げる。
羽ばたきは今までとは比べ物にならないほど力強く、大きな風を起こす。
男が目を細めて、顔を手で守ろうとするほど。
飛ぶための翼ではない。
この翼にそこまでの機能はない。
飛べたらと思うことはいくらでもあるが、空を駆けれたことはない。
この翼は移動の補助程度だが、空中での降下程度には役に立つし、いざとなれば姿を誤魔化せるので便利。あとはこうやって、羽ばたかせて風も起こせる。
草葉が舞ったところで、駆けだす。
正面の舞った草が消え始めたところで、大きく跳躍して、体を捻る。
相手の頭上を飛び越えていく。
さすがに見えないところには消滅の力を出せないようで邪魔はされない。
地面に着地すると同時に爪で跳ねようと顔を上げると、後頭部にもついている目と視線が交わる。
「あら、ごきげんよう」
思わず、手を振って挨拶してしまった。
まさか、そこにもついていると思わなくておかしな行動をとってしまった。
慌てて、後ろに逃げるが、ドレスの裾が消滅の力に巻き込まれて消えてしまう。
この相手、私ととことん相性が悪いわね。
ガレオンやマリアのような飛び道具は持ち合わせていないし、アンナのように武芸を修めているわけでもない。
私にあるのはこの吸血による暴力だけだ。
そうただの圧倒的な暴力である。
翼で風を起こして、草葉を舞わせ、そこから消滅の力を予測して避けていく。
避ける先に死体があれば、噛みつくのを忘れない。
血が私の力だ。
一滴たりとも無駄にしない。
正面からだと今の血の量では足りない。
まだまだ足りない。
やはり絡めてしかない。
マサキがいればまだ楽な戦い方が出来たかもしれないが、今は言ってられない。
狙うは頭上だ。
相手は自分の弱点がどこにあるのか理解しているか怪しいが、そこを狙うしか今の私に勝機はない。
普通に走ってさっきは頭上を取れたのだから、また頭上を取れるのかと思っていたが、どんどん敵の攻撃が激しくなる。
今はもう目の数の倍を同時に消そうとする動きが見えている。
こんな風に改造されているのに、神様からの授かりものは成長するものらしい。
初めて知ったことだ。
けど、無茶苦茶な場所に置かれる消滅の力も今の身体能力なら避け切ることが出来る。
これ以上成長されると、領民の家屋が住める状態ではなくなってしまう。
反撃の機会をうかがっているが、明確な隙は無い。
それならもう作るしかない。
前方、左右から時間差で来る消滅の力を隙間を通るようにして前に脱出する。
これだけでもまだ届かない。
馬二体以上は離れているのはさすがにまだ無理がある。
翼を地面を掴んで前宙しながら、さらに前へ出た。
地面を掴んでいた翼の一部が消滅したが気にしていられない。
前宙から着地の際に、地面に拳を叩きつけた。
私から相手の足元までの地面が大きく凹み、その衝撃で土埃が大量に舞う。
凹んだ地面を駆けあがりながら、ドレスを剝ぐ。
そして、上がり切ったと同時に相手の方に投げつけ、私は高く飛びあがる。
思考する力が少しでもあれば、私の負けだ。
砂埃と一緒にドレスが消えた。
相手の頭は動かない。
周りを探している。
勝った。
そう思った瞬間に上を向かれる。
消滅が来る。
咄嗟に腕を千切って、敵に投げつければ、血が目に入ったようで片目を抑える。
顔の半分が消えていく。
意識が途絶えたら死ぬ。
翼を羽ばたかせて、無理やり降下する。
「終わりよ」
爪が頭頂部を捉えた。
そのまま真下に振り切り、相手を両断する。
地面に着地したまま、呆然としてしまう。
脳の再生が終わり、ようやく立ち上がった。
両断された相手は何で死ぬのか分からないといった表情を浮かべて固まっていた。
目を伏せてあげて、周りを見た。
まだ私にはここでやることがある。
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ここに転がる死体からすべて吸いきった頃にアルフレッドとガレオンとアンナが私の下に来て、マリアが状況を簡単に説明してくれている。
「レティシアお嬢様がご健在で何よりです」
アルフレッドが説明を聞いている私に影から黒いドレスを出して、着せてくれる。
「屋敷に向かうわ。アンナはどこにいるの?」
血を飲んだ影響が徐々に出てきている。
力は比べ物にないほど感じるのだが、本能が理性を徐々に蝕んできている。
「レティシアお嬢様が欲しいといった騎士団の治療をお願いしております」
「アルフレッド、あなたが代わりにして、アンナをこっちに寄こしなさい。マリア、転移者たちはあなたたちの戦場に突然乱入してくるだけの知能はあったのかしら?」
「ないんじゃねーの」
「知性の欠片も感じませんでした」
「それなら、転移者たちを手引きした奴らがまだ外に入るはず。事情を知られたくないわけでもないけど、覗き見するような破廉恥な輩は不快だわ。始末をお願いしてもいいかしら?」
「はい、お嬢様」
マリアが頭を下げた。
「俺はどーすんだ?」
「私と一緒に屋敷に向かってもらうわ」
「あいよ」
血が欲しくてたまらない。
喉が渇いてたまらないのだ。
浴びるほど大量の血が飲みたい。
お腹いっぱいになるほど血が吸いたくてしょうがない。
「アルフレッド、アンナを頼むわ。あの子の力じゃないと私を抑えることが出来ないから」
「はい、至急向かわせるように伝えます」
「ありがとう、なら、後は頼むわ。行ってらっしゃい、二人とも」
二人とも頭を下げると、すぐに姿を消した。
「ガレオン、あなたにも役目があるわ」
「どんなだ?」
「勇者二人が私を拘束するまでの間、私を足止めしておいてほしいの」
「……そんなにか?」
「ええ、今すぐにここを駆けだして屋敷の前に来ている敵を蹂躙して、全ての血を飲みたいぐらいには」
「相当だな」
「ええ、私もみんなも限界近いわね」
ここにあるのは干からびた死体の山のみ。
用はない。
「行きましょうか、ガレオン」
「あぁ、いつでもいいぜ」
私とガレオンは屋敷に向かって駆けだした。
謝辞
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