九十六話 勇者の剣
転がる女性の騎士たちの手から銃だけ奪おうかと思ってると、氷の壁が崩れる音が聞こえてそちらに銃口を向ける。
崩れた壁から現れたのはボロ布を纏い抜き身の剣を持った男。
お嬢様が言っていた帝国に捕らえられている異世界転移者なのだろうか。
それにしても顔立ちがマサキたちニホンジンとは違っている。
もしかして、様々な人種がいたりするのだろうか。
いや、それよりもガレオンの氷の壁を破ってきたことの方が問題である。
並の砲撃や攻撃では壊れたりしない。
それを破って現れたということは普通の攻撃手段ではない、はず。
こちらに向かって歩いてくる男に警告する。
「それ以上歩いてくるのであれば、撃ちます。今すぐ止まりなさい」
銃口を向けての警告だったが、相手は一切取り合う気もないみたいにこちらに向かって歩いてくる。
そもそも、目も焦点が合ってないように見えるし、こちらの話が聞こえていたかも怪しく感じる。
「もう一度言います。止まりなさい。今すぐ止まらないなら、撃ちます」
安全装置は外されて、引き金に手をかける。
相手は聞かない。
一歩踏み出したところで、銃口が火を噴く。
頭を狙えばいいかもしれないが、とりあえず面積が大きい体を狙った。
銃は扱えるが、あまり得意ではない。
健や他の武器に対して、まだまだ新しい物であるため、練度不足が否めない。
それでもこの距離で体。
頭よりもよほど当てやすい。
だから、外すことはあり得ない。
そう思っていると、男の前で銃弾が切られた。
剣を動かしたのかと思っていると、最初のように引きずるようにして持ってるのは変わらない。
薬莢を排出して、新たな弾を装填して狙いをつける。
撃ち、さらに同じを素早く繰り返して撃つ。
時間差で二発。
それも全て剣を動かさないで切り落とされた。
それだけの動きを見れば、誰でも分かるだろう。
あの男の神様からの授かりものは斬撃。
しかし、間合いが分からないのが厄介だ。
ひきつけて切られているのか、そこが最長の間合いのなのか。
判断材料が少ない。
幸いここにはたくさんの銃も県も落ちている。
相手の動き自体は緩慢で、急接近できるほどの筋力も特殊な装備を身に着けているわけでもない。
それならば、やりようはある。
仲間たちにも銃を渡す。
そして、七人で横一列に並び、銃を構える。
「撃て」
一斉に引き金が引かれて、銃弾が男に吸い込まれていく。
それぞれ軸もずらしてある。
一回では薙ぎ払えない。
甲高い金属音が空間に響く。
七発の銃弾は全て切り落とされてしまった。
限界がどれだけあるのか、分からないが脅威ではある。
銃弾を見てから防いでいるのか、それとも何か自動でそれを行う機能があるのか不明。
分からない事ばかりで嫌になる。
私の力もそうなのだが、マサキたちの神様からの授かりものという神の力はやはり理不尽めいた力を持っている。
さて、嫌になってばかりではどうしようもない。
敵の男は歩いてきてこそいないが、まだ戦う意志がある。
そして、どうやってこちらと戦おうと思っているのだと思う、こちらのように。
もう一度、銃を構える。
今度は一斉にではなくて、時間差で銃弾を撃ち込む。
私が持つ銃の弾は切れたが、他の者たちの銃にはまだ弾が残っている。
さらに追加で六発。
最初の七発は防がれるだろうと思った。
予想通り、金属音がして銃弾は切られていた。
しかし、次の六発が来る前に敵が引いた。
装填から発射まではブレはあるが五秒ほど、発射から到達で計約十秒程度。
六発の銃弾は切られてしまったが、全く成果がないわけでもない。
能力の明確な隙を私に教えてくれた。
七回切った後、次の能力の発動まで十秒以内であればこちらの攻撃を通すことが出来るということ。
隠れて一撃加えた場合であっても相手に姿を見られて切り裂かれる危険性がある。
銃であっては装填から発射までの時間で男の次の装填が済んでいることも判明してしまっている。
こちらも距離を取りつつ、新たな銃と剣を拾う。
しかし、こちらが距離を取れば相手は好機だと思って、こちらに向かってきた。
落ちてる銃で狙いをつけず、とりあえず一発撃ちこんだ後に、すぐに狙いをつけるようにもう一度打ち込むが歩みは止まらない。
こちらの武器が効かないと相手には手の内がばれてしまっている。
仲間に銃を投げるように渡して、自分は剣を構える。
これ以上相手を近づかさせるわけにはいかない。
こちらには私が倒した騎士たちがいる。
彼女たちは私が逃げれないように足や手を折っているのだから。
それにレティシア様が欲しいと言った騎士団をこれ以上傷つかせるわけにもいかない。
「やりますよ」
そう言って、向かってくる男に立ち向かう。
剣を構えて相手に向かって距離を詰める。
相手は構えない。
その手にある剣が飾りであるように。
「構えて」
もうあと一歩で剣の間合いだ。
勇者の武具の力、それに魔族の筋力を最大限使った高い跳躍。
体を捻って側宙。
「撃て」
一斉に発射される銃弾。
こちらも手に持った剣を投げる用意をする。
甲高い金属音を数える。
一、二、三……
七と同時に剣を投げると、始めて男が剣を使って防いだ。
しかも、投げた剣は真っ二つに着られる。
最後の最後に見誤った。
不味い。
しかし、相手もまだ構えたままの仲間を見て、後退しようとしている。
ならば行けるかもしれない。
いや、もう行くしかない。
地面に着地する。
もう数秒もない。
「来い、グラン・リ・エタ」
私の影から細身の剣が出現する。
私に与えられた勇者の剣。
グラン・リ・エタ。
鞘から抜けば、光溢れる。
光の剣、そして、魔王を滅ぼした聖剣である。
この剣の握りが私に一番合う。
そういう作りをしているせいかもしれないが。
あとどれだけ猶予があるか分からない。
けど、私は背後から突っ込む。
相手がこちらを認識する。
もう私たちは剣の間合いだ。
来るなら来い。
しかし、相手からの反撃は来ない。
私たちは交差して、剣の間合いから離れた。
「終わりです」
相手の首から血が噴き出して、崩れ落ちた。
強敵ではない。
ただ、相性が悪かった。
私一人では勝利を掴めなかった相手だ。
「ありがとう、みんな」
仲間に呼びかけると、彼女たちはいっそう輝いた後に霧散していった。
勇者の武具ももう必要ない。
大きな戦いも終わった。
ヘルムやガントレットを外して、影の中に落としていく。
甲冑も外して、中に来ていた特別製の鎖帷子だけになるとずいぶん楽な格好になる。
どうしようかと思っていると、壁が崩れてガレオンたちの姿が見えた。
「おう、そっちにも出てきたか?」
ガレオンの気楽そうな声。
何が出てきたのか、といえば、多分異世界転移者なのだろう。
「ええ、殺しましたよ」
「ま、弱っちかったからな」
「そうですね」
自我があるのか分からない相手だった。
あれで分析力もしっかりあれば、結果も違ったかもしれない。
勇者の武具だって、あの斬撃で壊される可能性もあった。
だから、あまりグラン・リ・エタを使いたくはなかったのだが、使わされてしまった。
「それでみんなは?」
「こっちも終わったから、お嬢のところに行くつもりだが」
「彼女たちはどうしましょうか」
転がっている騎士団を指す。
それを見たガレオンたちだが、ガレオンとマリアは早々に見なかったようにそっぽを向いた。
「アンナ、とりあえず手当だけでもしていない。私たちでこれからの方針を伺ってきます」
「分かった」
一方的に蹂躙したこちらが手当てを施す。
変な話であるが、しないわけにもいかない。
「では、みんな頼みます」
そう言って、三人を送り出した。
謝辞
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