九十三話 銃撃
「ん? なんだ?」
隣にいた筋肉頭が顔を上げた。
「どうしました」
「なんか破られた。入ってくるぞ」
何がとちゃんと報告してほしい。
お嬢様はいつもそういうもの大切にしているお方なのに。
何が破られたのか。
この氷の壁だろう。
さて、人の力で軽々と破られるものなのか。
この筋肉頭、こんな見てくれであるが炎や氷に関しては魔王が倒される前の魔界でも右に出る者がいないほどの使い手だった。お嬢様が直接声をかけにいくほどの使い手だ。
魔王の幹部になっていてもおかしくはない。
ならなかったのはお嬢様の従者になったからだが。
「数はどうでしょう」
「さぁな、俺には分からん」
仕方ないので遠目に見えるように目のレンズを変える。
人影が四つ。
歩いている。
一つは別れた。
横に広がる氷の壁に行ったようだ。
なら、あれが氷の壁を壊した者だろう。
三人はこちら側に来ている。
「一人はアンナの方に行ってる。筋肉頭の壁を壊したのもあれだろう。こっちには三人来ている」
「さて、どうしましょうかな」
「決まってんだろ。一人一つだろ」
これならそう言うだろうと思っていた。
実際に共闘というのであれば、それはそれで煩わしい部分もある。
「ええ、いいでしょう」
「そのまままっすぐ歩けば相手に当たる。このまま正面の者を相手すればいいんだな?」
「あぁ、先に倒しても他の奴のを奪うのは無しだぜ?」
誰もそんなことをするわけないだろう。
あ、これならするかもしれないと該当しそうな人物が思い浮かんだ。
「さて、それじゃあ、お先に。お嬢様をあまりお待たせしたくありませんので」
「そうですな」
そう言って早足で向かえば、相手の姿が鮮明になる。
全身を覆い隠そうとするサイズのボロ布を纏っているのはあの日連れてきたユリナたちの姿にどことなく似ている。
手足すらしっかりと確認できない。
ただ、髪は綺麗に剃られて、頭は縫った後が見える。
しっかりと歩いているのに、目の焦点が合っているのかあっていなのかよく分からない震え方をしていて、薄気味悪さを感じた。
性別は判断が付きにくい。
ボロ布の上半身、胸に当たる部分が若干膨らみがあるように見えることから、多分女性だろうとは思う。
しかし、異世界人なのだろうか。
瞳の色や肌、顔立ちなんかはこちらの女性と大差ないように見える。
銃を構える。
何はともあれ、さっさと始末をしてしまおう。
照準を合わせようとしたところで相手と目があった。
震えていた目の焦点が確かにこちらを向いたのだ。
怖さはない。
しかし、対処するのであればさっさとつけるべきだ。
引き金を引く。
破裂音は二つ。
私の方が若干遅い。
至近距離で爆発が起きて、傘で防ぐ。
私が負けた?
何かがおかしい。
この相手はどこか普通ではない。
情報はあって損はしないと常々お嬢様が言っていた。
だから、私もスカートの裾はないのでその場で頭を下げた。
「突然発砲お詫びいたします。私、レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレットに仕えておりますマリア・スカーレットと申します。お嬢様にご用向きのようですが、お名前伺ってもよろしいでしょうか?」
作った笑みを顔に張り付かせて、相手の方を見る。
長年の研究の成果であり、人間に好まれる完璧な笑顔を作り出すことが出来たと自負している。
しかし、相手は礼儀が、いえ、人間と言っていいのかすら怪しい。
躾がなってないようでこちらに銃を向けてきた。
帝国で使われている、軍用の小銃。
あれでは私の傘を抜くことは叶わないと知りながら向けてきているのか。
考える知能すらないとはなんとも哀れな生き物なのだろうかと嘆き悲しんでいると、発砲音が続けて起きる。
傘を構えてゆっくり待つが、正面から軽い振動がない。
どういうことだと思っていると、両足のふくらはぎから振動が来た。
なぜだ。
どうして、そこに当たるのか。
マサキの精霊みたいな力を使ったのかと考えるがその可能性は低い。
あれはあの目があればこその力だ。
お嬢様だってあんな芸当出来はしないのに、この目の前の獣がそんなこと出来るわけがない。
ならば、神様からの授かりもの。
帝国に囚われている異世界人だったとすれば。
そうだ。
明らかに物理法則を無視した着弾だ。
それに違いはないはず。
あとは効果の範囲だが、これを調べるために撃ち合いをしてもいいのだが、長々と付き合っても意味があるのかと考える。
目の前の相手の情報は得られる。
けど、碌に話せない獣になってしまったものからまともな情報を引き出せるかということ。
答えは無理だ。
それならば、お嬢様の元に戻った方が、領への被害も抑えられてお嬢様が喜ぶだろうから。
今度はしっかりと小銃を構えてこちらに狙いをつけてきた。
面倒な撃ち合いなんて御免だ。
ナイフを構えて、機動力に任せて前進した。
相手のボロ布が宙を舞う。
ボロ布の下、女性の膨らみがしっかりとある。
そして、肩から先、そして太ももから下は明らかに別物の手足が生えていた。
人の物……のように見えますが、違いますね。
加工して無理やり付けているのか、接合部に血が滲んでいる。
相手は後ろに跳んで逃げた。
本気でないとはいえ、私から距離を取るとはと驚いていると、また発砲音が続く。
傘で防がない。
そうすると、顔面に三発飛んできた。
全部落とした。
もっと発砲音が続いていたはず。
目で確認しようと頭を動かしていると、背中に五発の弾が当たった。
やはり、これは人の技ではない。
こちらが隙は作ってあげた。
しかし、目に頼った弾の探し方だったから死角はあったが、それでもそれを悟らせないように素早く頭を動かして警戒はしていた。
それでも相手はしっかりと背中に当ててきた。
私でもこんな芸当は無理だ。
撃った後の銃弾を動かすことなど、不可能だ。
近づこうとすると、相手は引く。
銃撃に持ち込もうとすると、不毛な撃ち合いになる。
さて、どうしようか。
いつかは殺せるのだが、お嬢様をお待たせするわけにはいかない。
少しだけ本気を出そう。
この体、足の方が重くて鈍重に見えそうだが、逆だ。
足がしっかりとしているので踏ん張りがきき、また動き出せば大きな歩幅に、普通の走りの速度を超える加速力を得られる。
さて、それでは走り出そうとしたところで、相手が導火線に火が付いた筒状の物を投げてくるのが見えた。
放物線を描いてゆっくりと飛んでくるそれを避けようと少しずれたが、空中で軌道を変えた。
放物線を描くのもやめて、私の背中側に飛んでいき、私が裂けようとした分も微調整してずれてきている。
これの神様からの授かりものが何か理解は出来てきたが、面倒なものを引いてしまった。
背中で爆発でもされたら、汚れてしまう。
無視して、駆け寄るが、背中から熱源の接近を感知。
爆発する寸前、傘を開く。
爆発の衝撃は大したことない。
受け続けてやる趣味もない。
相手がさらに筒状の爆弾を手に持つ。指の間にまで持って、さっきの八倍の爆弾を一斉に投げようとしたところで全ての傘で爆弾を狙う。
投げ出した直後、正確に狙いをつけて四つの傘が火を噴く。
四発同時に炸裂音がリズミカルに二回鳴った後に、送れて十六回の炸裂音が続く。
最初の発砲で導火線だけ撃ち抜き、その後の射撃で短くなった導火線に弾同士をぶつけて火花を起こして再度火をつけてあげた。
そうするとどうなるのか、相手の至近距離で爆発が起きる。
それと同時に駆けだす。
相手は魔物と思わしき腕でしっかりと防いでいるようだが、腕はすっかりと焼き焦げていた。
ナイフを構える。
腕の隙間から見えた相手の目と合ってしまった。
私の突然に目を丸くして対応しようと後ろに飛ぼうとしたが、既に遅い。
ナイフが届いて、相手の首が空を飛ぶ。
「ユリナやマサキのように成長していたら、負けていたかもしれないな。もうその可能性は消えたけど」
まだ他の者たちは戦っている。
ガレオンには氷の壁を解除してもらう必要があるので、そのまま待つことにした。
謝辞
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