八十九話 従者の力の一端
「おっさん、どう攻める?」
「そうですね、制約も何もありませんし、ここは正面からというのはどうでしょうかな」
「あんたがそういうなら、いいかもな」
俺がにやりと笑うと、隣でマリアが服を脱ぎだした。
「お前は何をやってんだよ」
「お嬢様にもらった服を汚したくないので、あと、いち早く殲滅するための装備にする必要があるのぐらい分かるでしょ、筋肉頭」
服を影の中に沈ませると、その裸体がさらけ出される。
服の下には女性らしい腰つきであったり、膨らみがあったりするわけだが、そこに少しも色気がない。
関節は球体で構成されていて、可動域も人のそれではない。
影の中から二本の手と傘を四本取り出す。
新しく取り出した二本の手を肩に付けて、傘をそれぞれの手に持つ。
そして、その後に俺の二倍はある巨大な下半身が影から取り出される。
横幅もマリアの二倍はあり、腰の辺りには太い腕。
それに乗り込んで、しっかりと固定されると、マリアの意思のままその巨大な足が動き出す。
腕が影の中に入り、飛竜の頭を突き刺したナイフを取り出した。
「その足、バランス悪いよなぁ」
「何を言っているんですか、機能美も分からないとは」
向こうの敵もどうやら指揮の混乱も治まって、こちらに銃口を向け始めている様子。
「おっさんはそのままでやるのか?」
「ええ、それにこれが私の姿ですからな」
「ま、俺もこっちでやるか」
「私は犬の姿の方が愛嬌があって好きですが」
「犬じゃねーよ、狼だ」
多数の破裂音が聞こえる。
俺は氷を、マリアは傘を開き、アルフレッドのおっさんは必要な分だけ指で弾いていた。
「さて、皆さん、掃除の時間です。早く終わらせてお嬢様の下に向かいましょう」
最初に駆けだしたのはマリアだった。
巨大な体躯になっても、相変わらずの身軽さで一気に距離を詰める。
それに距離を詰める以前にも行われる射撃。
敵も銃を使っているはずなのに、マリアの方は銃というよりも砲撃のようで、着弾先が吹き飛び、どんどんと敵に切り込んでいこうとする。
そして、ナイフが届く距離になれば後はそれを振り回すだけ。
鉄はバターのように裂けて、首が飛び、赤い花を咲かせていく。
「あいつだけでも良さそうだな」
俺のつぶやきが聞こえたのかアルフレッドのおっさんが笑う。
「確かに過剰の戦力でございますが、ここが一番敵の数が多いとレティシアお嬢様が言っておりました。なので、一人では殲滅するのに時間がかかると踏んでの判断ではないでしょうかな」
「かもな」
「それでは、私も参りましょう」
そう言って、一足で距離を詰めてしまう。
あのおっさんは武器を持たない。
いや、武器が必要ない。
相手のヘルムを掴むと、そのまま鉄のヘルムが指の形に凹む力で掴んで、首を回す。
派手なことでない。
次は手刀をヘルムの上から叩き込む。
それだけでヘルムは凹み、隙間からは血が溢れていく。
それを見て、俺も動き出す。
二人が左右の敵を叩きに向かっているなら、俺はこのまま直進して、正面を潰せばいい。
距離を詰めようと走り出せば、銃弾の嵐が迎えてくれた。
「あぁ、そんでいいぜ。もっともっと必死になれ」
人と事を構えるなんて、いつ振りだろうか。
お嬢と行動するようになって人間と敵対することは減った。
まぁ、人間と魔族の距離が近かった頃は野盗がお嬢を荷物盗んで、壊滅させたりはしていたが。
国を相手取って戦うなんてことはなかったな。
派手に戦える。
それだけでも心躍る。
こう能力を派手に使う事はお嬢と初めて会って、戦ったとき以来だ。
目の前にいる敵に向かって拳を叩き込む。
敵は氷漬けになり、蹴ればそのまま砕けてしまった。
「よし、お前ら、必死に抵抗しろよ? そうすれば、万に一つはお前らに勝ち目あるかもしれねぇからな」
笑いながら言えば、
「この化け物が!」
「死ね!」
「王国の犬が!」
数多い罵倒が飛んできた。
どれもこれも弱い奴の言葉で笑えるが、一つ気に入らないものがあった。
「誰が犬だぁ!? あぁ?!」
言った奴を地面に叩きつけて、顔を上げようとしたが、顔だけ上がってきた。
首から下はまだ地面に埋まったまま。
力を込め過ぎた。
脆すぎる。
ちょっと力を込めただけなのに、こんなにもあっさりと胴体と首が生き別れするなんて。
舌打ちをして、そいつの頭を放り投げる。
「ほら、ビビッてねぇで来いよ。来なくていいが、お前ら全滅するだけだぜ?」
そう言って、周りを取り囲んでいる奴らを氷漬けにする。
恐怖で息を呑み、相手は離れて行こうとするが、離れるだけじゃあ意味がない。
離れようとする相手の目の前に移動する。
そもそもの身体能力が違い過ぎて、相手になるはずがない。
それでも何とかしようとするなら、死を恐れず前に出るしかないというのにそれすらも忘れてしまうとは人間って奴は随分と忘れやすい動物なのだなと思ってしまう。
「おせぇんだよ」
頭を掴んでそのまま燃やす。
人は直接燃やさなくても殺すことは出来るから手軽でいい。
魔物だと燃やすだけじゃ死なないからな。
「おら、どうしたぁ? お仲間が死んでるんだぜ? 助けに行ってやれよ、仇を取ってやらねぇのかよ」
そう言ってさらに火力を上げれば、火が付いた鎧を着た奴は藻掻き苦しんでのたうち回る。
そんなことしても鎧は脱げない。
パニックになっているなら猶更だ。
向かってくるやつがいるのかと期待していたが、そんなことはなかった。
「あー……ダメだ。全然のれねぇ……」
全くやる気が出なくなってきた。
目の前にいるやつらが全員腰が引けてるせいもある。
昔、それこそ魔族と人間が戦争やってた時は良かった。
こっちを魔族と見るや否や、死ぬのを分かってたのに、そこら辺にある斧や農作業で使う桑なんて持ち出して襲ってくる奴らもいた。
死ぬのを分かってるのに、だ。
大勢で囲んで死ぬのは分かってるのに、誰か一人でもこいつを殺せればいい。
それだけの迫力で来る奴らを相手するのは良かった。
これだけの集団でいるんだ。
自分一人でやる必要はない。
誰でもいいから人でも俺に剣を突き付けられる奴が出てくればいいと、玉砕覚悟で来るべきだ。
少しでも臆せば、それだけで勝ち目など地上の彼方先まで遠ざかっていく。
周りの二人を見てみろ。
あのお人形なんて、冷たい目をして淡々と処理している。
庭の掃除や草抜きをするように、正確に逃げる相手、殺し損ねた相手の身を銃火で焼き、あとはあの巨大なナイフでどんどん切り裂いていく。
正確無比の殲滅力だ。
ま、あのお人形は神に挑むために作られた特別製だからな。
アルフレッドのおっさんは、相変わらず優雅というか、派手さは全くない。
一人一人を少ない動作で確実に殺していってる。
頭を、首を、胴体を、両断したり、潰したり。
あのおっさんにとっては造作もないことだろう。
そもそも鉄では柔すぎる。
あの人に抜けない武具と言ったら、俺は勇者の武器しか想像が付かない。
それぐらいの力があるのは当たり前だからな。
あの人も古代よりいる最古の種族であり、末裔。
それが何でただの魔族に忠誠を誓っているのか不明ではあるが、本人が恩があると言っている以上何かそれなりのことがあったんだろう。
目の前の相手に視点を戻そう。
焼け死んだ仲間を見て、息を呑む相手は腰が引けている。
色々と考えていたが、止めた。
「もうお前らに用はないからさっさと消すか」
手を広げると、囲んでいる敵を巻き込んで火柱が噴き出す。
「こっちは暇な仕事だしな、さっさと終わらせてお嬢の方に行ってやるかな」
にやりと笑えば、火の勢い強める。
炎が敵を飲み込んでいき、迫る炎は敵にパニックを引き起こしていく。
一騎で千人分の戦力という言葉に偽りなしの活躍だが、それを後世に伝える者はこの焼けた野原には誰も残ることはないだろう。
最後の一人まで誰も手を緩めなかったからだ。
謝辞
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