八十七話 開戦
屋敷に集まってから二十日。
風の季節も折り返しに近づいた頃、マサキが私に不安そうな顔で告げた。
「精霊さんたちがここに集まってきてる。人もいっぱいこっちに来てるっぽいんだけど……」
不安そうに告げられた言葉を信じる価値はある。
彼女の異能が本物である証明は私が出来るのだから。
彼女の言葉を聞いて、四人の従者たちと国境に設置された石積みの塀の上に立つ。
着いた頃にはもう日も落ちかけているが、私の目には何も問題はない。
遠くには野営をしているのかいくつもの火が見える。
「明日には進行してきそうですな」
「ええ、そうね。早起きになりそうだわ」
「領民を避難させましょう」
「サリーにソーニャ、マサキたちにお願いしてあるわ」
屋敷の地下一階と二階を解放して、そこに繋がる扉は塞いでおかないといけない。
「お嬢様、ここまで真っ直ぐ来ますでしょうか」
「来てくれたら御の字ね。さて、帰るわよ」
「一発かましていかないのかよ」
「一発じゃすまなくなるのも分からないの、この筋肉頭」
「どうせやり合うんだから別にいいだろ?」
「まだ領民の避難も済んでいないでしょ……別動隊がいて、領に入られて乱戦なんてなった場合、私たちでは対処不可能です」
「ええ、それに領民を人質に取られてしまう可能性もありますからな」
魔族である私たちにとって、人間は守る必要はない。
だから、人質に取られても、人質毎殺してしまっても何ら問題はない。
むしろ、魔族であるなら人間が人間を盾にしてる状況を見て、二人まとめて殺せて幸運だと思うだろう。
そうやって気軽に考えられたらいいが、私はそういうわけにはいかない。
一応、助けることを考えないといけない。
極力助ける努力はする。
じゃないと、領民から見捨てられてしまう。
「明日はここ数百年で一番忙しい日になりそうね」
遠く見える焚火を眺めて、私たちは闇にとけて消えた。
▼
翌日。
同じように石積みの塀の上に立っていた。
夜も明けて、陽の光が差し込んできている。
そこには黒色や銀色の鎧に身に着けた者たちがこちらに進行してくる様子が容易に見て取れる。
「アンナはどーしたんだ?」
「あの子は久しぶりにちゃんとした勇者の装備で来るそうよ」
そう話していると、白色の傷一つない甲冑に身を包んだ者が足音も立てないで塀の上に着地した。
「遅くなりました」
甲冑には女神や天使を細かく掘られていて芸術品としても価値がありそう。下半身は白色の金属のスカートになっている。
後はその身を包みそうなほどの日の光を受けて発光しているように見えるマント。
ここに剣と人類を象徴する旗を持てば、女神の使い、または人類の正義の体現者と風情になるだろう。
「久しぶりに見たわね」
「私もこの子たちをまた頼る日が来るとは思ってませんでした」
そう言って、取り出した武器はジェシカのレーデヴァインだった。
「剣は使わないのね」
「そうですね。それにこの子の力も見ておきたいので」
アンナは様々な武器を、達人の域で使いこなせる。
それは彼女の鍛錬の結果であり、一日や二日で手に入れたものではない。
長い年月、魔族になってからも続けてきたことが実を結んだことから、出来たことだ。
遠くからでも私たちの姿が目に入ったのか、帝国軍の動きが止まった。
そのためにこんな目立つところに立っていたので、無視されていたら、それはそれで悲しい。
大きく息を吸う。
そして、精霊の力を使って、帝国の兵士たちに呼びかけることにした。
「帝国軍の皆様、ようこそおいでくださいました。聖リザレイション王国フィリーツ領領主レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレットが皆様を歓迎いたしましょう! ご予定は何でしょうか? 観光でございましょうか?」
そこまで言い切ると、破裂音が聞こえた。
すぐにマリアが傘を私の前にさして、銃弾は傘に沿ってあらぬ方向に飛んで行った。
「なるほど。皆様のご用向き、理解いたしました。ならば、私達も精一杯抵抗させていただきます! どうぞ、私たちフィリーツ領一同から歓待の心でございます! どうかお受け取りください」
そう言って一礼している間に破裂音が何回も響くが、マリアによって無効化される。
マリアが私の前に立ち、傘をさしたまま、帝国軍の方に向ける。
至近で爆発音が響くと、帝国軍人たちの方で、土と人だったものが舞っていた。
「逃げられたら面倒ね」
「どーゆー方針で行くんだよ、お嬢」
「皆殺しよ、誰一人残しちゃダメ」
そう言って、帝国軍の布陣を眺める。
右翼に展開されている一軍団に目が留まる。
銀色を基調に、一人一人様々な装飾が施されている綺麗な鎧を身に着けている。
顔までは見えないが、他よりも細身に見えた。
あれがもしかしたら、レザードが言っていた女性だけの騎士団かしら。
鎧が違うということは、それなりの地位にいる者だろうか。
そこまで思考して、だったらと結論を出す。
「あの右翼に展開している鎧の違うものたちは殺さないように無力化してくれない?」
「何か考えがあってでしょうか?」
「ええ、そうよ」
アンナがマリアの隣に立つ。
「誰が行きますか?」
アンナがそう聞いても、誰も答えない。
それも分かっていたのだろう。
「私が行きます」
「ありがとう、アンナ」
「助かりますな」
戦場になりつつあるのに、いつもの調子で変わらない。
けど、従者たちはどこか高揚しているようにも見える。
「本音は?」
「私では手加減したところで万が一がありますから」
「殺した方が楽」
「手加減するのも面倒だ」
アンナ以外手加減が苦手なのはやはり変わらない。
私は微笑んで、一歩下がる。
「それじゃあ、ここは任せてもいいかしら?」
「あーお嬢、本気でやってもいいのか?」
「そんな相手がいるのなら、ね」
私たちが本気で戦える相手は限られている。
「良い命令だ。こっちは好きにやらせてもらうぜ」
「レティシアお嬢様、どうぞお気をつけて」
ガレオンが笑い、アルフレッドが腰を曲げて礼をする。
私はその場を後にした。
▼
「レティシアお嬢様はあの一団以外、皆殺しと言いましたね」
アルフレッドが確認のように俺たちに言う。
「あぁ、言ってたな」
「ガレオン、方々に散らないように閉じ込めることは可能ですか?」
「あぁ、出来ない事はないな」
「では、決まりです」
そう言って、アルフレッドが塀の縁に立つ。
「この軍団を氷で閉じ込め、右翼の一団を分断。あとは一時も早い殲滅を。終わり次第領に戻り、レティシアお嬢様の援護を行いましょう。さて、皆さま意見がおありで?」
誰も何も言わずに塀の縁に立ち、一歩踏み出して、塀から落下する。
そして、着地と同時に氷が立ち上がる。
相手側からどよめきが上がるのがここまで聞こえる。
アンナの姿は氷の壁の向こうに行ってしまって見えない。
「久しぶりの実戦ですな」
「あぁ」
楽しくなってきた。
まさかこの時代にこんな殺しが出来るとは思ってなかった。
血が疼いてしょうがない。
「楽しませてもらうぜ」
三人の中で最初に踏み出した。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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