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八十五話 最初で最後のお茶会

 マリューネが帝国領に辿り着くか否かのタイミングで聖女フィオリが馬車に乗って訪れた。


「これはこれは、聖女フィオリ様、このような王国の外れにある領にどのようなご用でしょうか?」


 しっかりとしたドレスに着替えて、フィオリを迎えるが、フィオリはいかにも怒ってますという顔を変えようとしない。


「あなた、王城から何か持ち帰ったでしょう!」


 アユムの資料か、鏡かどちらだろう。

 アユムの方だと面倒だが、鏡なら場合によっては返すしかない。

 しかし、あれを返すのは惜しい。

 どうにか買い取れないだろうかと、お金の計算をする。


「さて、聖女様が何を言っているのか私には理解しかねますね」


 そうすっ呆けると首や体に鎖が絡みつく感触がした。


「あくまでとぼける気ですね……! 吸血鬼の貴方にはこの契約があるんですからね! あたしは母様みたいに優しくないんだから、さっさとはいてください!」


 従属の契約。

 確かに強力である。

 人の身でこれを破れるものはいないだろう。

 ただ、私と彼女では前提が違う。

 私が本気になれば、このような鎖は一蹴することが出来る。

 今は出来ないのだけど。

 

「聖女様、これは一体なんでしょうか」

「貴方、あたしをからかってるでしょ!」

「あら、分かってた?」

「分かってます! 貴方の性格は母様からよく聞いていますから!」


 屋敷の入り口で大きな声を上げている小さい子。

 その様子を見ようと階上から盗み見ている人物もいる。

 そういうのが好きなのは一人しかいないから分かりやすいけど。


「こんなところで話してるのも、目立つから庭の方に移動しない? 美味しい紅茶を用意してあるわよ」


 そう言って、聖女を庭の方に連れ出した。


 ▼


 アルフレッドが紅茶と焼き菓子の用意をしている間もフィオリは子供らしい怒り方をしていたが、そこに作業を終えて帰ってきたジェシカとかち合う事になった。


「な、勇者様がどうして……!」


 フィオリは目を見開いて驚いていた。

 それもそうだろう。

 普段ここにいるジェシカは勇者の装備はしていない。

 今もまだアンナが持っているのもあるが、あんな恰好で農作業が出来るわけがない。

 今も土が付いた動きやすい軽装で薄く汗をかいている健康的な姿を晒している。


「言っていなかったか?」


 ジェシカの方はそんなことを気にしないで汗を拭って、勝手に席に着いた。

 アンナを呼び寄せて、アルフレッドに紅茶のカップをもう一個追加するように伝えて行かせた。


「私はここに世話になっている。事情があってな」

「どのような事情が……? 勇者様には魔王を討伐する使命があるはずですが……」


 ジェシカは答えない。

 それもそうだ。

 己の不明を晒すことだから、おいそれと言えることではない。


「私が言ってあげてもいいわよ?」

「自分で言う」


 聖女も神様からの授かりもの(ギフト)を持っていると言っていたが、やはり純正の物に比べて効力が落ちるのかもしれない。

 いや、私が正確に測れていないだけかもしれない。

 そもそも神様からの授かりもの(ギフト)とは神の異能の一つ。

 そして、持ち主の有り様によって成長するものである。

 成長は現に、マサキとユリナが起こしている。

 彼女たちの異能はどんどん効果の範囲を広げていっているが、本人たちの頑張りと、ここでの生活で癒えた傷によっていい方向に向かっていっていると思われる。

 

「勇者の装備は奪われた」


 その一言でフィオリの口が開いたまま塞がらない。

 ジェシカもフィオリに理解してもらおうと、次の言葉を止めているが、その間、子供らしい顔で呆然としていた。

 そして、やっと言葉を紡ぐが、


「……え?」


 理解には程遠い物であった。

 もしくは理解することを諦めたといったものかもしれない。


「もう一度言おう。勇者の装備は奪われた」

「ど、どどど、どういうことですか!」


 フィオリが再起動したのか、椅子の上で立って、机から身を乗り出す。


「あれは、勇者にしか身に付けられないものですよ! 奪われるなんて、どうやって……!」


 勇者の武具は神から選ばれた人しか持つことが出来ない、と。

 それならば奪うことが出来ないだろう。

 そもそもずっと生まれていなかった勇者がようやっと生まれたのだ。

 参考になる資料も文献もなかったのだろう。

 アンナはそう言う事に、性格上協力的ではあったかもしれない。

 けど、アユムを知らないと言っていたので、あの研究魔のアユムがいなかったのであれば納得がいく。


「奪われた、というのは語弊があった。正確には、私は勇者の武具に見放された」

「え……?」


 倒れそうになるフィオリを慌てて、フィオリの従者たちが支える。

 勇者は人類の旗頭。

 その勇者が神からの武具に見放されたとあっては、人の意思を一つにすることは遠くなる。

 フィオリもどこかでそれを狙っていたのかもしれない。

 けど、今はすぐにジェシカを勇者の武具に認めさせるのは難しいだろう。


「も、もう二度と勇者の武具を握れない、という事でしょうか……?」

「いや、レーデヴァインは握れる。握れるが……」


 言葉に詰まるというよりも、言葉を探している。

 多分、私には分からない感覚の話であり、この世界で分かり合えるのはアンナしかいないだろう。


「私に合わない、か。以前と同じ動きをしようとしても、嫌がっている……かな」


 フィオリの顔を見て、思わず笑いそうになってしまった。

 ジェシカのことを何を言っているんだこの人という感じで、眉を細めている。

 私もアンナがいなかったら、そう言う顔をしていたかもしれない。

 勇者の武器。

 あれはただの武器ではない。

 ジェシカもただここで農作業をしていたわけでもないらしい。

 私から見たら、ようやく入り口に辿り着けたのかもしれないと思えた。


「ぶ、武器ですよね……?」

「そうだ。レーデヴァインは武器だ」

「なら、嫌がるとかって……ありえなくないですか?」

「嫌がるさ。私のような未熟な勇者に振るわれるなら、尚のこと」


 フィオリが首を傾げる。

 それはもう倒れてしまいそうなほど。

 全く理解できない事柄なせいだろう。

 小さな体を従者たちが倒れないかとソワソワとしているのを見て、笑みを浮かべた。


「紅茶と焼き菓子の準備が整いました」


 そう言って、アルフレッドが紅茶を注いで、それぞれの前にカップを置いていく。

 バターの香る焼き菓子は振舞う機会が多いし、ユリナとマサキがよく食べるのもあって、また一つ腕を上げたような気がする。

 匂いがいいのか、フィオリの目が先程よりも輝いているような気がする。

 各々の前に用意が整えば、アルフレッドが一礼をした。


「どうぞ、ご歓談の続きを」


 そう言って、下がり脇に控える。

 フィオリが焼き菓子を一つ手に取り、口を付ける。


「――――!」


 何とも言えない声を上げて、サクサクと小気味いい音を立てて、一つぺろりと食べてしまった。

 口角は上がり、頬を少し上気させて食べる姿は、年相応だ。

 知識の神様からの授かりもの(ギフト)に王城の英才教育によって、年齢とはかけ離れた姿を見せているが、こういうところは愛らしい子供だ。

 次々と食べていく様子はマサキを思い出す。

 あの子は本当に甘いものが好きだ。

 いい大人だが、フィオリに精神年齢負けるのではないかと思ってしまう。

 フィオリは次々と食べ勧めて、残りはもう二枚。


「私のも食べていいわよ」

「いいんで――――い、いえ、魔族からの施しなど」

「私は食が細いの。あなたが食べないのなら、捨てることになるわね」


 残したら、残したでマサキが食べそうな気がするが。

 私が皿をフィオリの方に動かせば、下を向いたまま呟く。


「そ、それならもらいましょう……貴重な食べ物です、捨てるなんてもったいないですから」


 意地悪をしてあげようかと思ったが、アユムにはない可愛らしさに免じて何も言わずに差し出すことにした。


「それでフィオリは用があってここに来たのよね?」


 焼き菓子に夢中だったフィオリが顔を上げた。


「はい、もう私は外の世界に出ることがないので最後にここに来ました」

「どういう事かしら?」


 食べかけの焼き菓子を皿に置いて、背筋を伸ばした。


「あたしは次の風の季節、王城の地下に作っている聖櫃に入ります」

「もう一度聞くけど、どういう事かしら?」


 話が分からない。

 フィオリが被っているサークレットに触れた。


「このサークレット、これは神造兵装です。名前は、『一から無限を』と言います。その力は少量の魔力でも注ぎ込めれば、無限に近い魔力を生み出すことが出来るというものです。あたしには母様同様に人間でありながら、魔力があります。魔力がある、と感じれるぐらいで何もできない小さな力です」


 その認識は間違いだが、今はフィオリに講釈を垂れる事でもない。

 魔力というのはこの世界に生まれたものなら誰しも持っているものだ。

 その量が多いか少ないかは別として。

 全く持っていないとするならば、それはユリナやマサキといった異世界からの転移者たちだ。

 そして、アユムも例外ではないはずだ。


「聖櫃の役目は一つ、王城を護ること。二つ目に、聖櫃自体を護ることにあります」

「あなたのその神様からの授かりもの(ギフト)を護るためかしら?」

「ええ、そうです。外敵から、もちろん貴方のような吸血鬼からも護るためです」

「ずっと敵がいる、そんな状態はないのにずっと入っているつもりなのか?」


 ジェシカの疑問は尤もだ。

 いくら権威を示したいといっても無駄が過ぎる。


「いえ、王城内に潜り込んでいる敵も動きを活発にしています。まだ私のところまで到達はしていませんが、いつ到達してもおかしくない状況です。だから、誰も手出しできない聖櫃に入ることにしました」

「活発になっている、というのは不穏ね」

「帝国からでしょうが、休戦協定もあるのに……ここは国境近いですね」

「ええ、用心しておくわ」


 紅茶に口を付ける。

 

「それじゃあ、こうしてお茶をすることは二度となさそうね」

「はい」


 ジェシカは顔を上げない。

 口にしないだけ立派なものだ。

 フィオリは生贄だ。

 王国を生かすため、ずっとその身を捧げ続けなければいけない。

 死ぬ、その日まで。


「けど、母様よりこれが聖女の役目だと聞いていますので!」


 アンナがこれを聞いたらどう思うか。

 あの子は聖女とも縁のある子だから、怒るかもしれない。

 そもそも歪んだ伝承にも腹を立てているところがあるので、絶対に怒るだろう。


「それなら、今度は私の方から会いに行くわ。報告は必要でしょ?」

「そうですね。季節ごとに呼び出しましょう」


 そうして、残りの焼き菓子に手を付ければあっという間に平らげてしまい、紅茶に口を付けて椅子から降りる。


「焼き菓子、今まで食べた中では一番美味しかったです」

「勿体無いお言葉です」


 そう言って、アルフレッドは綺麗に腰を曲げて礼をした。


「それでは」

「ええ、またいつの日か」


 そう言ってドレスの端を摘まみ、礼をする。

 フィオリはこちらを一回も振り返らないで、庭を出て行ってしまった。


「聖櫃、か。気に入らん」

「そうね」


 そのシステム自体はいい。

 フィオリが本当のことを話してくれているという前提であるが。

 聖櫃もだが、最初にあの子を利用しようと思っていたが、あの年齢であの佇まいを見て、興味が湧いた。

 王城に報告というのは面倒なことでしかないが、フィオリに合えるのであれば喜んで召喚されよう。

 そして、いつか彼女を手に入れる。

 転送する神造兵装破壊のために。

 私もジェシカもアルフレッドたちが片づけを開始したならば、中に入っていようとしたところで


「忘れてた! 貴方王城から鏡持っていったでしょ! お金、ちゃんと払いなさい!」


 フィオリが走って戻ってきた。

 持って帰ると言われなかっただけいい結果だ。


「ええ、ちゃんと払うわ。どれだけの価値のある物かしら?」


 王城から買い取った、という事になり、鏡はこの屋敷の正式な備品になった。

謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします

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