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八十四話 脱出

 やった。

 やった、やった!

 あの魔族の屋敷から脱出することが出来る。

 嬉しくて、嬉しくてたまらない。

 よく分からない契約をすることになったが、ここから出られるなら安いもの。

 ウキウキした浮かれた気持ちを何とか鞄と一緒に抑え込む。

 まだ出発までは時間がある。

 だから、その間は表情に気を付けないといけない。

 いや、表情だけじゃない。

 気持ちの方まで落ち込んだような感じにしておかないといけない。

 あの魔族は私の気持ちを読んで、取りやめになるかもしれない。

 それだけはダメだ。

 そんなことになったら、私の精神が持たない。

 もう一緒にいるだけで辛いっていうのに、これ以上耐えろというのはおかしい。

 それに約束したアユム様は亡くなってしまうし、その娘が私のことを知っている可能性は少ない。

 だから、ここから逃げ出す必要がある。

 私のことはすぐに屋敷の人間に知れ渡ったらしく、マサキという子が涙目で近寄ってきた。


「マリューネさん、行っちゃうんですか?!」

「え、ええ」


 少し眉尻を下げた悲しそうな顔を作る。

 私はこの子が苦手だ。

 あまりにもいい子が過ぎる。

 人のことで一喜一憂したり、何でも手伝ったり、とにかく私とは合わない。

 あと反応が大きいのも苦手だ。


「帰ってくるんですよね?」


 私の手を握って、泣きそうな顔をしてこちらを見つめてきた。

 目を逸らしたくなるが、それで何かを察せられても嫌だから、困ったような顔をする。


「分からないわ。いつまでかも聞いていないし……けど、危なくなったらレティシア様がすぐに帰ってきても良いって言ってくれてたので……」


 その危ないがどの程度の危ないになるのかは私では不明。

 一応、今は雇い主があの魔族であるはずだから、引き上げさせてくれると思っている。


「真咲、あんまりしてるの迷惑だから」


 ユリナというマサキと一緒にいる子もこの子も苦手だ。

 瞳の奥にあるのが、あの魔族と一緒の物を感じて、なんだか逃げたくなる。

 その暗い瞳の奥は私の心まで見透かしてきているようで嫌になる。


「マリューネさん、気を付けていってきてください」

「え、ええ、ありがとう」


 そう言って、他にも少しだけ話して二人は去っていった。

 それから残された日々は荷物の整理をしながら、仕事をするだけだった。

 私の気持ちとしてはとても晴れ晴れしたものだったが。

 これから解放されると思えば、誰でもそうなろう。

 そして、出発の日が来た。

 その日の私はいつもの給仕に使う服ではなく、ここに来た時に着てきた控えめな色合いのドレスにしていた。

 アルフレッド様やアンナ様からは何日か分のお弁当が渡され、さらに日持ちする食べ物を詰め込んだ箱まで持たせられた。

 そして、もう馬車に乗り込もうという段になってあの魔族が近づいてきた。


「マリューネ、私からあなたに送りものよ」


 そう言って、魔族であり雇い主であるレティシア様が私の手を取る。

 私の手に赤い宝石の付いたブレスレットを取り付けた。


「これは……?」

「お守りよ。それを付けてれば、あなたが危なくなった時に助けて上げれる。だから、片時も離さず身に着けておきなさいね」


 最初に手を取られたときは一瞬で寒気が体を駆け巡ったが、今はそんなことはない。

 ただ、それでも苦手意識は消えないけど。


「はい、レティシア様の言いつけを守り、片時も離しません」


 ブレスレットの宝石を握り締めながら言った。

 宝石も大きくはないが、綺麗でいつまでも眺めていられるのがポイントが高い。

 これが安物だったら、外してしまったかもしれないけど。


「行ってらっしゃい、マリューネ。先に行っているレスモンドによろしくね」


 レティシア様が誰のことを言っているか分からなかったが、はいと答えておいた。

 馬車に乗り込めば、馬が嘶き、車輪が回る音が聞こえる。

 馬車の窓からの景色が少しずつ動き出す。


「レティシア様、またいつかお会いしましょう!」

「ええ、あなたが帰ってくるのをいつまでも待ってるわ」


 私は他の人たちも手を振り、見えなくなると身を引いて、窓を閉める。

 これから長い長い旅だ。

 帝国、話にしか聞いたことがない国。

 隣であるはずなのに、接点がない。

 それもこれも昔あった戦争のせいもある。

 家庭教師から習ったのだが、それはそれは悲惨な戦いだったらしい。

 始まりはどちらに合ったのか分からない。

 それほど長い間、戦い続けてお互いに戦争が出来ないほどまで疲弊しきるまで大地を血で濡らしたそうだ。

 それで行われたのは休戦の流れ。

 休戦協定が結ばれたことで、戦争は一時終結を迎えてお互いに復興していき、今がある。

 しかし、その中で国の交流はほとんどなく、それぞれの国で独自に文化が進化していったという風に教えられてきた。

 その教えが正しいのか、私はその時代に生きてきた人間でないから知らない。

 それに関係あるようには思えない。

 ただ、話にしか聞いたことがない帝国に行ける。

 あの魔族がおいそれと手が出せないところに行けると思うだけで私の胸は高鳴っていた。


 ▼


 馬車に揺られて十数日。

 お尻も痛くなれば、話し相手もいない一人の空間。

 少し憂いだ表情を崩さないのは、私の本心を隠すための物であるが、通じているかどうかは不明。

 ただし、止めるわけにはいかない。

 私を運ぶ人たちはきっとあの魔族に繋がりがあるはず。

 だから、下手を踏むわけにはいかない。

 前みたいにはしてはいけないんだから。

 

 それからまた数日経ち、ようやくアルドラン帝国の帝都ディーリッドに辿り着いた。

 馬車がとある家の前で止まる。

 どうやらここが目的地らしい。

 私が下りると、御者の人が荷物を下ろしてくれて、中に運んでくれた。

 私はその様子を眺めていた。

 それに御者の人が入っていった建物を。

 古くて、周りの建物に比べたら一昔前のものに見える。

 思った以上に古い。

 子爵の娘の私がここに住むのか。

 帰りたくなってきた。

 けど、帰るための馬車はない。

 ドアを押すと軋んだ音が聞こえてきた。

 もうそれだけで嫌になる。

 あの魔族の屋敷の方が幾分マシに思えてくる。

 御者の人はもう運び終えたようで入り口ですれ違う。

 それほどまで呆然としていたのか。

 それもそうだ。

 こんな古くて崩れてしまいそうなところに住めというんだから、そうもなるだろう。

 私が入っていくと、一応お店の形にしてあるのかキッチンにカウンター、数台のテーブル席が用意されている。

 そして、それを拭いている男がいた。

 あれがあの魔族が言っていたレスモンドという男だろうか。


「初めまして」


 そう声をかけると、男が顔を上げる。

 痩せこけているし、目が少し淀んでいるように見える。

 髪はしっかりとしているし、髭もしっかりと剃り整えられているのを見て、安心した。

 浮浪者のように伸び放題している男だったらどうしようかと思っていたところだ。


「レスモンド様、要請に従い給仕の手伝いに参りました、マリューネ・フォン・モライアと言います、以後お見知りおきを」


 そう言って、ドレスのスカートを摘まみ礼をする。


「レスモンドだ。よろしく」


 貴族ではないと思っていたが、予想は当たっていたようだ。


「……お堅いのはなしでいい。どうせ俺は礼儀を知らん」

「あらそう? それならそうさせてもらうわ」


 人目がないのであれば、楽をさせてもらう。

 ずっと演技を続けていたせいで疲れていたのだ。


「……あの、人に説明を聞いているか?」

「何の?」

「……一から言おう」


 何かあったかと思い出すが、そのような話は聞いていない。


「街中だが、用事がないのであれば出歩かない方がいい」

「私が帝国の人ではないから?」

「そうじゃない。少し歩けばわかるが、みんな肌を焼いている。自然に焼けたものではないらしい。街灯や街のいたるところで精霊石というものを使っているが、そこから精霊が呪っているらしくて、帝国の人たちは肌が焼けている。ま、あまり長生きしないと思っていたが、そういう原因があるとは知らなかったよ」


 何サラっと大事な情報言ってるのよ。

 最悪だ。

 逃げられると思っていたのに、とんだ貧乏くじだ。


「ここは城から近いし、酒場として開くから帝国軍の下っ端が来るかもしれないが迎え入れる。そして、情報を仕入れて、あの人に渡す。あんた、使ったことがあると聞いてるが?」

「……ええ、分かるわ」


 嫌な記憶ばかり思い出す。

 ここはどうやら、そういう場所らしい。


「戦争が起きた場合や、流していることがばれたりした場合はここを捨てて、レザード商会に逃げ込め。そこからの逃走ルートは知らないが、あの人が回収してくれると言っていた」


 注意事項が多い。

 けど、下手なことは言わないようにかなり厳重に言葉の規制は契約の時にされている。

 そこは頼らせてもらおう。


「酔った客には注意しろ。そういう客がばかりになったら、先に上がっていていい」


 それはお言葉に甘えさせてもらおう。


「そういうの相手するときにはこの契約も許可してくれるからな」


 それが何を意味するか理解半分だが、私と違ってこの人はこの契約でどれだけのことが出来るのか結構試したのかもしれない。

 それなら後でその成果を聞くのもいい。


「いい場所とは言わんが、悪い場所でもない。お互いに気楽にいこうぜ」

「ええ、もちろん」


 彼が刺し建てを握り返す。

 そして、二階の居住スペースに連れて行ってもらい、自分の部屋を確認する。

 屋敷に比べて、誇りっぽいし、狭いし、汚い。

 最悪に見える。

 ベッドのシーツが綺麗なところは評価できる。

 ここまで汚かったら許せなかったと思う。


「俺は下で掃除をしている。あんたも着替えたら手伝ってくれ」

「はーい」


 そう言って、レスモンドが出て行ったドアを閉じて、ベッドに倒れ込む。

 やった。

 やった、やった!

 これで解放されたんだ、私!

 それが段々実感を伴って、込み上げてくる。

 そして、もう我慢も限界だった。


「やったー! あんな魔族の屋敷から解放されたんだ!」


 抑えきれない衝動。

 叫ばずにはいられなかった。

謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします

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