八十二話 入浴
「あの……私達も一緒にいいんですか……?」
「私たちは身分も、ただの……」
「あら、それをいまさら言うのかしら?」
そう言って私が連れてきたのは、ソーニャとサリーで、その後ろにリニアが付いてきている。
リニアにはサリーのことは話してある。
そのせいで話しかけにくいのも理解しているが、せっかくだからと連れてきた。
こういう場でしか話せないこともあるだろう、と。
「私のところに住んでるリニアも、マサキもユリナも貴方たちと同じ身分もないただの平民よ?」
マサキとユリナはもう少し身分というのを理解してもらいたいところはある。
私に対しては許されている部分はあるが、他の人たちと相対した時に、あの態度ではすぐに取り押さえられてしまうだろう。
「それは……」
「ほら、あまり気にしないの。私のこういうわがままは今に始まったことじゃないでしょ?」
微笑みを向ければ、二人とも目を逸らす。
「リニア」
「え、ええ、行きましょう、二人とも」
まだ交流のない三人。
けど、母親同士きっと絆を深められるだろうと信じている。
子を持たない私には分からない、繋がり。
人の繋がりは摩訶不思議。
人であったのならば、理解できたかもしれない。
けど、私は魔族だ。
この千年、魔族の価値観で生きてきた私にそれをおいそれと簡単に捨てることなど不可能だ。
私にはきっと生涯理解することが出来ないだろう。
「ゆーりーなー! 離してって!」
「離すわけないでしょ、馬鹿」
何かに拘束されて動けないマサキとユリナが二人でまた愉快なことをしていた。
「あ、レティ! それにソーニャさんとサリーさん! リニアさんも! ねぇ、ちょっと助けてよ!」
マサキがこっちに訴えてくるが、サリーたちは困った顔をして見合わせた後に、私の方を向いた。
「いいわよ、先に行って入ってなさい」
三人を行かせて、ユリナたちの下に向かう。
「あなたたち、一体何をしているのかしら?」
マサキは見えないものに捕まれているのか、組み伏せられる形で倒れ込んでいた。
押さえつけているものが見えないから、どう押さえつけられているか分からないけど、この格好で倒れてるのは少し間抜けね。
「マサキが逃げようとするから、押さえ付けてるの」
「マサキ、一番楽しみにしていたのに、どうして逃げる必要があるのかしら?」
私が聞いてもマサキは答えない。
ただ、顔を逸らしてそっぽを向くだけだ。
「体を見せたくないだけよ」
答えないマサキに代わって、ユリナが答えた。
「ちょ、勝手に言わないでって! それに別にそんな……」
「自分のことより人のことのあんたがそんなこと以外あるわけないでしょ」
「どうして見せたくないのかしら?」
温泉にはアンナやジェシカも呼んでいる。
リニアもマサキの体のことは知っている。
知らない人が少数ではないだろうか。
「……それは」
「レティシア、あんたに見せていない部分にもあのサディスト共が楽しんだ後が残ってるから。そうでしょ?」
「……」
マサキは無言だが、それはこれが肯定である証にしかならない。
「……それはそんなに酷いものなの?」
「知らない男が見たら、百年の恋も冷めるぐらいには、かな」
「アタシだって」
「あら、あなたの体はとても素敵よ、マサキ」
傷つけられているが、ユリナを見た時に彼女にそのような大きな傷は見受けられない。
「それはあなたが大事な友を守るため戦った立派な証よ? 自信を持ちなさい。大の大人だって、そこまでして心折れない人の方が少ないわよ?」
「だけど」
「あんたの体を汚いとか、醜いなんて言う奴は私がぶっ飛ばす。あんたがそんなこと言われる筋合いはどこにもないんだから」
ユリナが言うと、すすり泣く声が聞こえ、マサキの体が小さく揺れていた。
「二人でアタシのことよく言い過ぎだよぉ」
「そんな事ないわよ、ねぇ?」
「あんたは報われるべきなのよ。そんなことでケチが付いていいはずない」
マサキは自分が思っているよりも自己犠牲の精神が強い。
それに精神的にもかなり強い。
日頃から暴力を受けていたというわけでもない子が耐えれていたという点が、まず自分を評価してもいい点ではあるが、マサキはそうでもない。
それが普通だと。
私からしたらちょっと異常な精神力であると思う。
聖女であるフィオリよりもよほど聖女のような精神性にも思える。
「分かった。分かったよ。もう行くから、ゆりな離してよ」
「素直に最初からそう応じてればいいのよ」
「真咲を離せ」とユリナが言うと、マサキが見えない何かから解放されて一度倒れた。
そして、ユリナが引き上げるとそのまま温泉の方に連れて行こうとする。
「レティ! 早くいこうよ!」
さっきまであんなに渋っていた人物が誘ってくるとは。
分かったと笑顔で答える。
簡易で設置された脱衣所にはマリアとアンナが既にいた。
「お待ちしておりました、レティシア様」
「洋服の方、脱がさせてもらいます」
「ええ、二人ともお願いね」
先に来ていたユリナとマサキが私の服を脱がされる様子や、髪をまとめてあげられている様子を見ながらつぶやく声が聞こえてきた。
「レティって本当にお嬢様みたい」
「こうしてると貴族って感じ」
マリアとアンナは私の服や髪の扱いになれているために手早い。
ユリナとマサキが先に行ってしまうが、マサキは布で体を隠すようにして湯船の方に向かった。
裸である時に盗み見たが、なるほど隠したがるわけだ。
下半身、正確には女性器周辺、太ももから膝まで、臀部とそれぞれに酷い怪我の跡が残ってるのが見えた。
前にユリナが、二ホンでなら残らないように治療も出来たかもと呟いていたことがある。
けど、今この国ではそんなこと不可能だ。
例え、そういう知識のある神様からの授かりものを持った人が来たとして、兵器開発の方に回されてしまう。
歪んだ世界だ。
目の前の傷ついた女の子一人癒してあげることも出来ない。
「出来ました、お嬢様」
「ありがとう、マリアとアンナも行きましょ」
人前で裸になる。
恥じらう事もない。
私は自分の体に十二分の自信はあるからだ。
マリアとアンナも手早く脱ぎ、二人を伴って湯船に向かう。
カーテンのように遮られたものを捲ると、先に来ていた五人に加えてジェシカもそこに加わっていた。
そして、私が湯船に入ろうとするとマサキが、
「あ、レティ! 先に体、その桶で流してからね!」
止められたので素直に従う。
初めての私よりも、慣れている彼女たちに従うのが道理というものだ。
桶に湯舟の水を入れて、体にかける。
温かい。
それにこの匂いはただのお湯ってわけでもなさそうだ。
そして、湯船に入ると自然と吐息が漏れてしまった。
「おばあちゃんみたい」
「煩いわね」
私がマサキに言っていると、従者二人も入った。
「どう、レティ?」
「どうって?」
「良いのか、悪いのかっていろいろ意見」
目を輝かせて、私の方を見つめてくる。
「そうね、最初はただ水を温めたところに入るのなんて水の無駄だと思ってたけど、こうして入ってみると良いものね。ユリナが言っていたようにお金にはなりそうね」
「でしょでしょ!」
「ただ、そうね、どうやって収入につなげるかは簡単に思いつくのだけど、どうやってそれを守っていくのかが問題ね」
「そういうのは後々! 今は温泉楽しまないと!」
マサキの言う通りかもしれない。
今は難しいことを考えるのは無粋かもね。
そうして何も考えずに浸っているとマリアがお湯を口に含んで飲み込んだ。
「え、ちょ、マリアさん……?」
「何ですか?」
「ええ、もちろん」
「何を、してたんでしょうか……?」
「温泉とはどんなものか調べていたところですが?」
マサキがまだ間抜けな顔から戻ってきていない。
だけど、マリアにとっては関係のないことだ。
「普通の水とはずいぶん違います。興味深い」
「私にはマリアのようなことはできませんが、こういうのもいいのかもしれません」
「そうね、心を休められるというのはそれだけで価値があるわね」
そう言って、目を瞑り背中を湯船に預ける。
色々と考えないといけないこともある。
身が解され、心も解されていくことでいい考えが浮かぶかもしれない。
「魔族でもそんな表情するんだ」
目を開けると、そこにはジェシカがいた。
そのジェシカは湯船の縁に腰を下ろして、足だけ湯船の中に浸かっていた。
「あら、ジェシカも来ていたのね」
「白々しい」
そう言って、ジェシカは睨みつけているようだけど、いつもよりも表情が柔らかいような気がする。
「ジェシカって服着てると分からないけど、体凄い締ってるよね」
確かに鍛えられると思う。
服の上からは分からない部分であるが。
「これでもまだ足りない。まだ全然足りない」
ジェシカがアンナを横目で見つめながら、そう呟く。
アンナは細身だけど、しっかりと鍛え上げられた筋肉がその身にある。
腹筋だとか、腕の筋肉だとか、触らずとも硬さが分かるほど。
元々、人間で勇者として戦っていたのだから、力がなければ生き残れないということで当然でもあるが、アンナは魔族になってからもしっかりと鍛錬している。
今はその時間をジェシカを鍛える時間に当てているのだけど、ジェシカはそのことには言わないと気が付かないだろう。
私もアンナもそのことを告げるつもりは毛頭ないが。
「ジェシカもレティも毎日入りにおいでよ。疲れが取れるからさ」
「そうね、考えておくわ」
マサキにはそう返したが、これは少し癖になりそうだと自分の中に感じていた。
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私は今、アルフレッド殿とガレオン殿と温泉なるものに入っている。
ジェシカ嬢に案内されて、男女で別だということで、別れて入った先に二人はもう来ていた。
気を抜いている状態からでも感じる、気迫。
武人として感じ入るものがある。
二人を観察していると、離れた女性たちの温泉からはなんと言っているかまで分からないが、騒がしい声が聞こえてきた。
「何を騒いでるんだか」
「女三人寄れば姦しいといいますからなぁ、それが九人。賑やかでよろしいではないか」
「ジェシカ嬢も元気が戻られたようでありがたいことです」
二人とも多くはしゃべらない。
だから、私もついつい自分の世界に浸ってしまう。
「……酒が欲しいな」
「肴になるものはここには多いですからね」
「あぁ? おっさん、あんたいける口かよ」
「多少なりは」
「そーゆーことは最初に言えよな。じゃあ、今度やってみようぜ、いいよなぁ?」
「お付き合いしましょう」
髪の隙間から見える鋭い目つき。
凶暴な牙のような歯と見た目と性格の粗暴さはあるが、話してみるものだ。
魔族と言えどもともに酒は飲める。
ジェシカ嬢がこの領に留まってくれたから出来た縁であろう。
「アルフレッドのおっさん、あんた随分気に入ってるようだなぁ?」
「ええ、とても」
そう言って、アルフレッド殿は姿勢を崩して湯船に背を預けた。
「温かく気持ちのいい湯、程よく身を覚ましてくれる自然の風、荘厳な自然に星空の風景、全てが調和していて素晴らしい」
「そこまで言うなんて初めて聞いたぜ」
確かにアルフレッド殿の言う通りのことはある。
全てが調和していて、こんなにも心休まる時間がどれほどあろうか。
この世は争いばかりで余裕のない人の方が圧倒的に多い。
私だってその一人だ。
しかし、この温泉に入ってからはどうだろうか。
こんなにも穏やかで、ただ自然に身を任せている。
体が温かくなるのに合わせて、徐々に精神的にも溶けだしていきそうになっている。
「ええ、私もここまで気に入るものがあるとは自分でも思ってもなかったが、長生きはするもんですな」
アルフレッド殿が笑った。
「こんな貴重なことが体験できるなら、長生きしてみる物ですね」
男三人、並んで星空を眺めながらそう呟いた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします




