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八十話 新たなる収入源の確保

 王城に有った鏡二個をもらって、領内に戻ってきて十日と数日。

 アユムが亡くなったことを王城からの通知で知ることになった。

 その死は盛大に弔われることになったらしい。

 私はその場に呼ばれることなく、領内にいるように言われていたからだ。

 私たちを知るものが一人、いなくなってしまうのは悲しい。

 それが敵であったとしてもだ。

 だから、私達フィリーツ領の人間はそれぞれの時間を有効に使う事にした。

 アンナたちが帝国内で捕まえてきた男に関しては、従属の契約を結び、様々なきつい制約を言い渡した後に、マリューネが持っていた通信装置を渡して帝国に開放した。

 あの男にはまだ使い道がある。

 そのために熱心に様々な『教育』を施した。

 あと少なくないお金に、レザードに頼んで遠回りだけど、商品の輸送のお願いもしておいた。

 彼にはもっと頑張ってもらいたい。

 他にも頑張ってもらっている子はいる。

 ユリナだ。

 今は私の先生をしている。

 始まりは私がお金の計算をしていたのを見ていたユリナがふとこう呟いた。


「それって終わったらどうするの?」

「保管して、後で見返したりするわね」


 ふーんと興味なさげに私が作った書類をユリナが拾って見つめるが、すぐに顔をしかめる。


「見難くない?」

「そうかしら?」

「これレティシアが作った書類だから、レティシアには分かると思うけど、私には全然分かんない」


 そうかしらと書類を見返す。

 

「ユリナにはどこが見難いの?」

「どこがっていうか、パッと見て、損益がどうなってるのか私には全然分からない」


 そうなのだろうか。

 一つ一つ説明してあげたら、ユリナは納得してくれたが、


「それあとから見た人が絶対分かんない奴じゃん」


 確かにと、指摘を受け入れてしまった。


「じゃあ、こうしたらいいんじゃない?」


 そう言って売り上げと仕入れ、他にも様々な項目を話し合いながら、分類していった。

 それで、表を作成して、計算を行う。

 その姿に驚きを隠せない。

 私なりにお金の管理はしようと思い、それなりに見やすい様に書類の形式を自分で作っていた。

 けど、ユリナの作成した表は私のよりも圧倒的に一目見て項目が分かりやすい。


「これはあなたたちの世界の知識?」

「かも、ね。レティシアが知らないだけでここでも使ってるかもしれないけど」


 使っている可能性はある。

 私の知識には偏りがあり、こういう学問については足りていないというのは痛感しているところだ。


「簿記っていうやつなんだけど、役に立つなんてね」


 ユリナが自嘲のような笑みを浮かべる。


「昔、っていうのは変ね」

「そんなことはないわよ」

「ありがと。本当は学校で習うものじゃなかったんだよね、簿記って」


 ユリナの言葉に分からないものが多い。

 けど、彼女の独白に近い言葉を遮ることはしない。


「レティシアには分かんないと思うけどさ、私たちの世界だとさ、普通科とか、商業科とか色々な科があって、そこで習うものが変わってくるんだよね」


 ここにも学校はあるが、貴族が社会を学ぶためだけのものだ。

 普通の子が知識を深めるために通うためのものは私たちの世界にはない。


「私は普通科に通ってて、成績も自慢じゃないけど上から数えた方が早かったんだ。それで学校が終わってから暇してた時に先生に就職に有利だから、やってみないかって勧められた」

「役に立ってるわね」

「本当に。学校で勉強してた時は無駄だって、使わないだろうなって思ってたんだけど、こんなところで役に立つなんてね」


 私の手伝いをしてくれるのも珍しいけど、自分のことを話してくれるのはもっと珍しい。

 マサキは放っておいても自分から聞いてもいないのに話すのに対して、ユリナは全く話さない。

 マサキは「良く話すよ?」というが、それはマサキ限定の話だ。


「今日は饒舌ね」

「そうかもね」


 ユリナの瞳が揺れる。

 そこにいつもの暗い陰はない。


「アユムが死んだことを嘆いているのかしら?」

「それはない。ない、けど、羨ましいとは思ってる」

「どこが?」

「死んだことが。死んでこの世界から解放されたことが羨ましいと思った」


 ユリナの視線が鏡の方に向く。


「気になるの?」

「違う。ここに向こうを思い出すものが置いてあるから、見ちゃうの」


 それがどういう気持ちなのか私には分からない。

 私が住んでいた魔界というのはそれはもうどうしようもないところだったからだ。


「懐かしいと思った。それで、ちょっとだけ戻りたいなって。帰りたいなって思った。無理なの理解してるのに」


 二ホンという国がいい場所だったのだろう。

 郷愁にかられるというのは悪いことじゃない。


「ねぇ、ユリナ、そのボキっていう学問、私に教えてくれないかしら?」


 こうして、ユリナは私の先生になった。

 勉強したのが随分前で実際に使ったこともなかったため、ユリナは行き詰りや思い出せないことがあると力技で無理矢理数字を合わせようとしたりする傾向にあるのが玉に瑕なのだが。

 それはさておき、ユリナに教えてもらったボキというのを使って、過去の書類も改めて整理することにしたし、とやることが増えた。

 過去の物、今の物、そして、未来でやる必要のある事。

 領主として、フィリーツ領を上手く統治しないといけないと気合が入る。


 ▼


 ユリナと書類を作成して、食堂に向かえばいつもの面子が揃っていた。

 モーリッツにジェシカにマサキ。

 脇に備えるのはアルフレッドにガレオン、マリューネだ。


「レティ、あの山って生きてる系?」

「死んではいないわね」

「じゃあさ、じゃあさ、もう水浴びだけなんてやめてさ、お風呂作っちゃわない?」


 そう言えばマサキが一番それで文句を言っていたっけ。

 見られるのが嫌なのだろう。

 その体の傷や、何をされたのかは大体が想像が付くので理解は示してあげるし、同情はしてあげる。

 しかし、作ると言っても何も計画もないのに言われたところで許可は出せない。


「ダ」

「お風呂っていうか、温泉! あの山が死んでないなら、きっと火山で温められたいい感じの温泉が掘り当てれるからさ!」


 オンセン。

 耳慣れない単語だ。


「それは何かしら?」

「あー……あー暖かいお水を張ったところに入ることって感じかな」

「じゃあ、ここで温めたお水を持って、枠でも作って入れたらいいんじゃない?」

「レティ、それじゃあ、ただの温かい水浴びで、体を温めてるだけじゃん。それにそれはただのお風呂だよ」


 人差し指だけを立てて、左右に指を振る。

 振るのに合わせて、「チッチッチ」と声までつけてきた。


「温泉っていうのは、暖かい水の中に、なんか体にいい成分が入ってるんだよね。だからすっごい気持ちいいんだよね」


 俄かには信じがたい。

 マサキの知識はきっと向こうにいた時の物で、そのオンセンというのは向こうにもあったものだろう。

 ジェシカとモーリッツはどういうことか話してるのが聞こえ、マリューネは早く終わってくれないかなという目をしている。

 ユリナは完全に呆れていて、口を挟もうとしない。


「絶対に入ったら、みんな気に入るって。それにだよ、レティ、温泉が掘れたら、この世界初の温泉でしょ? すっごい観光名所になると思うんだよね」

「それでいいことがあるのかしら?」


 私がそう聞けば、答えたのはマサキではなくてユリナだった。


「すっごい観光になるかは知らないけど、お金になる。一人誰でもいい入れてしまえば、きっとそれが呼び水になって、人が来るはず。あとは外から来た人に対して、徴収するようにしたらいい」


 悪くない話だ。

 いや、座っているだけでお金になるのであればいい話にも聞こえてくる。


「それでマサキは私に何を望みかしら?」

「マリアさん、貸してもらってもいいかな?」


 どうしてマリアなのか私には見当もつかなかったが、許可を出した。

謝辞


いつも読んでいただきありがとうございます。

いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます

これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします

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