八話 噂の輪郭
街に入ってから散々ガレオンに振り回された。
大工や職人に話を聞きに行く間だけでも、露天での買い食いに始まり、知らない店に入って勝手に買い物したり、大変だった。
お金自体はレティシアお嬢様にもらっているからいいけど、あまり無駄遣いをしたくないのだけど、ガレオンに言っても聞かないのは長い付き合いで知っているから、ガレオンがとりあえず目的地に付いてくることだけに注意した。
そのせいで思ったよりも話を聞く時間に割けなかったが、それでも必要な情報は得て、時間通りに馬車まで戻ることが出来た。
「遅い」
私たちが馬車に入ってくると、半目でこちらをじっとり見てきているマリアが出迎えてくれた。
「時間通りだ」
「私たちはもう来ていた」
「まぁ、お二人さん今はいいではないですか」
アルフレッドが珍しく間に入る。
基本的に二人のことは放置しているのに。
もしかして、帰りが遅くなるのが嫌だったとか?
「アルフレッドが言うなら、仕方ない」
「お前、どこから目線だよ……」
二人がというか、マリアが止まったことで話が進められると思ったのか、アルフレッドの視線がこちらを向く。
「して、そちらはどうだったのですかな?」
「ええ、こちらが聞いた話だと――」
お互い聞いた話はほぼ同じだった。
私たちの屋敷の依頼が先に彼らにいっていた。
依頼者はアユムであるが、一応国からの依頼として。
そこでこの領の建設に係わる人たちは駆り出された。
納期に対しては遅れもなく順調に進んでいたが、工程が半分ほど行ったところでポートリフィア領の領主カーディル・リール・ダードが訪れてきた。
彼は、リディーリアからの街道を補修して欲しいと来たのだが、これを断る。
それもそうだ。
先に国からの仕事を片付けないといけないからだ。
しかし、カーディルは諦めない。
何度も何度も訪れた。
しかし、ある時彼は高級そうな紙を使用した一通の書面を持って現れた。
そこには先に街道の補修をやる旨が記されていたため、私たちの屋敷の作業は一旦保留となり、現在に至る、と。
「その書類が本物うかどうか怪しいんじゃねーの」
話を聞いたガレオンの言う通りだ。
そもそもそんな書面があったのなら、最初に持ってくるべきであり、何故、何度も来た時になって、持ってきたのかというところである。
あとこんな嫌がらせ程度のことで、そんな偽物を用意するのかというところもあるのだが。
「ですが、今確認する術はありませんな」
「その領主の屋敷に行って、掏ってきたらいいんじゃね」
「ガレオンにしては賢い。だけど、私の方が先に思いついていた」
「二人とも、そんなことやったらダメでしょう」
出来る出来ないの話なら出来る。
見つからないようにやるのもまた可能であるが、書類がないことに気が付いた相手をどうするのか。
とりあえず、ないことに気が付けば私たちの村の者たちを疑うだろう。
必要なのは私たちだからそれは当然と言える。
レティシア様ならもちろん対処は出来ると思うのだが、どんな難癖をつけてくるのか分かったものではない。
だったら、手を出すべきではない。
「マリア、自分の主に迷惑をかけるようなことをしてはいけない」
「……?」
そんなの当然じゃないと言わんばかりに首を傾げられた。
なんだろう、すっごく悔しい気持ちになった。
「とりあえずは、レティシアお嬢様に報告し、判断を委ねましょう。異論は?」
全員が頷いて、方針は固まる。
アルフレッドがいると、一番年長者だけあって、みんなまとまりやすくていい。
そして、アルフレッドが御者台に行けば、少ししてゆっくりと動き出す。
町を抜け、街道に出たところで、
「付けられてる」
マリアがそう呟いた。
そうして、御者台の後ろの窓を開ける。
「どうする、アルフレッド」
「レティシアお嬢様にいいお土産が出来そうですな。数は?」
「四人だと思っていたけど、その後ろにさらに四人いる」
考える素振りも見せない。
「一番偉そうの者以外は要りません。あとはお好きに」
それを聞いたガレオンは獰猛な笑みを浮かべた。
「マリア、ガレオン行けますかな?」
「いつでも」
マリアが答えて、御者台の窓が閉じた。
「狩りの時間の始まりだ」
ガレオンの笑みが深くなった。