七十六話 中原アユムという人の終わり
「ドレスを着た子……どこかのお姫様だった?」
そう話しかけてきた女性は白いローブのようなものを身に纏っていた。
「だ、誰ですか……? それにここ、は……?」
白いテーブルに白い椅子。
その上にティーセット。
背景は夜空というよりも、もっと宙に近い場所。
星のきらめきが見えそうな、綺麗な場所だ。
そして、目の前にいる人は金髪で現実で見たことがないほど長い髪をしている。
眉や眉尻が下がり気味だから、優しく見える。
瞳の色はこの夜空のように様々な色合いを見せる。
少し見る角度を変えると、別のきらめきがその瞳に映しだされる。
「ここは、そうね。私の空間。別の世界への橋渡しをする空間」
「は……え?」
意味が全く理解できない。
けど、こんな見た目からして外国人なのに、言葉を理解出来るので困惑は一際大きくなる。
「私が魔王を討伐するために伝えておいた、異世界からの英雄を呼び出す魔法をようやく使えるようになったみたいね」
その人は私の方を愛おしそうに目を細めて眺めている。
そんな風にこの場所ことや、目の前の人に気を取られていて忘れていた。
「いや、私、帰らないと! コンクール、大事なコンクールがあるの!」
「それは無理だ。もう君の魂も体もこの世界に引っ張られてる」
「何で! 私、私にとっては大事な、夢のための、大事な舞台なのに……!」
「それは謝ろう。この世界の神としてね」
意味が分からない。
何を言ってるんだ。
そんなことを私は話に来たわけじゃない。
貴方に謝って欲しいわけじゃない。
私はただ、戻してほしいだけだ。
あの瞬間。
あの場所に。
「君にこの世界の英知を授けよう。誰よりもこの世界を知り、読み解くことが出来る力だ。大丈夫、君の力は私からの贈り物だ。この世界に誰にも対抗できるものはいない」
そう言って、笑みを浮かべる女はなんだか満足そうだ。
ふざけるな、ふざけるな。
意味不明なことを並べ立てるな。
そんなものは必要ない。
私を元に戻せ!
「私を――――」
そうして、私は不思議な浮遊感を得、視界が白く染まった。
▼
最初に目をしたのは、知らない天井。
そして、聞こえるのは人々の歓声。
倒れた体を起こして、周りを見れば歴史映画や歴史の教科書で見るような姿をしている兵隊の姿。
私の知らないところに、いや、知っている。
全然知らないところなのに、知識が流れ込んでくる。
これが神様からの授かりもの。
あの女、女神の力の一端だというのか。
そして、私は知った。
あの女の言っていた魔法、あれは再現されていない事を。
私をこちらに送ったものは今目の前にある、失敗作である神造兵装ということを。
▼
過去の追走から引き上げられる。
昔のことばかり思い出してしまう。
私ももう寿命が短いらしい。
この世界に着て四百年だったか、五百年だったか、どれぐらいか定かではないが、大体それぐらいになる。
もうどれだけピアノを叩いていないのか分からない。
この世界にピアノがあったのなら、こんな事をしないで、ピアニストとして各地を放浪してもいいし、この世界初のプロのピアニストになっても良かった。
けど、もうそんな未来はない。
私にもう先など存在しない。
後悔ばかり残る人生だった。
母のことを思えば、本当に辛くなる。
どれだけ時間軸がずれているのか分からないけど、母よりも随分長く生きてしまった。
けど、もう終わりだ。
長かった旅もここで終わりを迎える。
娘のフィオリには悪いと心底思っている。
私の全てを押し付けてしまうから。
それにあの子の人生も無茶苦茶にするから。
これからの人生も、全てが終わった後の人生も。
心が痛まないわけではない。
だけど、それ以上に抑えることが出来ない。
この世界への憎しみが。
この世界が憎くて憎くて仕方ない。
そして、一番憎いのはこの国だ。
今すぐにでも滅んでしまえばいいと思ってるが、そうはいかない。
私にある神様からの授かりものは所詮、知恵と肉体の超回復だけ。
戦闘は全くダメ。
だから、長年ずっとこの国に仕えて信用を得てきた。
……
…………
……あぁ、いけない。
また眠くなってきてしまった。
最近は起きている時間の方が短いかもしれない。
また私は夢の中に落ちていく。
▼
「アユム様、その理論があれば、あちらの世界の物をこちらに持ってこれるという事ですね!」
「……ええ」
興奮気味に話す男に嫌気がさして顔を背ける。
私は私をこの世界に呼んだ神造兵装を動かすために、この世界の住民に協力していた。
それも、自分が戻るの目的を黙ったまま。
「色々とまだ完成させないといけないことが多くあります。だけど、この世界に住む人間魔族の協力があれば、もっとこの世界を発展させることが出来るでしょう」
みんなにそうやって宣言しておいて、だ。
私もずいぶん成長してしまった。
この世界に来て、早十年近く、鏡もないこの世界だから自分がどんな顔になったのか分からない。だけど、水に映る自分を見るたびに母に似てきたのではないかと思う。
早く帰りたかった。
こんな世界にいたくない。
きっと突然いなくなってしまって心配しているはずだ。
早く、母の元に帰りたい。
そうやって、帰れることを夢見て、ずっと頑張ってきた。
異世界転移をする神造兵装は、この世界とはちぐはぐなぐらいハイテクな形をしている。
二本の柱とそれをくっつけるように柵が設置されている。そして、柱からさらに枝のように生えた細い柱。
その先端は策の中央に向かって、診察用の照明みたいなのが付けられている。
そして、その名は『星の旅人』。
洒落ているとは思うが、ふざけている。
これを作ったものを殴りたいと、毎日のように思っている。
神造兵装はそれぞれ名前を付けられている。
この世界の人たちが付けるようなネーミングではないから、私よりも前に来た地球の人が付けて行ったに違いないと私は推測しているし、私の神様からの授かりものも同じような結論を出してくれている。
「ええ、帰還できるように魔族の方から良質な魔石も頂きました。これで理論上は戻ってくることが可能です」
都合が良かった。
魔族との仲が良好で。
良質な魔石は魔族の住む魔界でしか採ることが出来なかったからだ。
決行する日に間に合って良かった。
「私の神造兵装は?」
「大丈夫です。知っているのは、私しかおりません」
協力はしてもらった。
どうしても一人では無理なことだったから、口止めだけして失敗は考えてない。
私の神様からの授かりものは間違えない。
これまで、散々使い倒して理解した。
この力は強力だ。
私がこの世界のために、この力を使えばこの世界はもっと発展させることが出来るのは確信している。
ただ、その分命を狙われるリスクが上がることも理解しているので、やりはしないが。
「アユム様、どうぞ快適な旅を」
私は『星の旅人』の中に入る。
帰還できるようにしたのは万が一の保険だ。
成功したのなら、どっかの川にでも捨てても良し、嫌な思い出だったと燃やしてしまえばいい。
「ええ、ではお願いします」
『星の旅人』が起動して、目の前が白く染まっていく。
そして、気が付けば私はまたあの空間にいる。
けど、今度はあの女性はいない。
私はただ引っ張られるように吹き飛んでいく。
どんどん引っ張られているが、次の瞬間体が思いっきり歪んで、別の角度で吹き飛ばされる。
目の前が明るくなっていく。
景色が見えてきた。
しかし、それは私が望んだ景色ではない。
高層ビルもない、綺麗に舗装された道路もない。
着飾った人たちが歩いていない。
火に包まれた場所だ。
多分、日本だ。
だけど、火に包まれている。
古い街並みに覚えはない。
それに火事で燃えているわけでもない。
火の手はそこら中から上がっている。今もまた爆炎が遠くから、上がっている。
ここは違う。
私がいた時代じゃない。
外に出る前に帰還用に用意していた魔石を起動させる。
逆再生だ。
どんどんまた引っ張られていく。
そして、今度はあの白いテーブルと椅子の空間に飛ばされた。
「あれ、あなた見たことあるわね」
「こっちは二度とあなたの顔を見たくなかった」
嫌われちゃった、と笑みを浮かべているが、恨みしかない。
それから勝手に女神は話していたが、聞き流していた。
この女とは話す価値もない。
そもそも、こいつが異世界転移なんてさせないでいてくれればいいのだ。
「二回目だけど、ルールだからね。君にまた新たな力を授けよう」
「核でも作れるようにしてくれるの?」
「いいや、今回のは超人的な回復だよ。切り傷はもちろん、骨折位ちょっと時間はかかるけど、普通の人からしたら、超人的な速度で治る回復力だよ」
微妙に要らないもんだ。
私は戦う事はない。
戦う必要なんてない。
死にたくないから。
当たり前だ。
そういう野蛮な行いは現地の人間にやらせればいい。
私が関わるべきではないことだ。
「さぁ、目覚めの時間だよ」
目の前に光が広がり、視界が晴れる。
またしても知らない天井だった。
石造りの天井。
『星の旅人』は移設されたのか。
自分の姿を見れば、ずいぶんと若返っていた。
なんでという問いには、神様からの授かりものが答えてくれる。
『星の旅人』が不完全な状態になっていて、召喚も安定しなくなった。
絶望した。
私はもう地球に戻れないのだと。
▼
目を開ける。
あれからどれだけ寝ていたのか。
『星の旅人』が不完全な形になったのは、大陸が割れたから。
私が転移している間に、魔王は討伐されていた。そして、平和になれば人々の団結も緩まるもの。
大陸は帝国と王国に二分されて、人通りの戦争に発展する。
その間に魔界への入り口が全部閉じてしまっていて、魔石の確保が難しくなったこと。
私を絶望に堕とすためのあらゆる状況が整っていた。
ちょっと、転移を試みたところで、百年程度の誤差が出るなんて思ってもみなかった。
もう『星の旅人』で地球に帰還することは絶望的だ。
私の人生って何だったのか考える。
大事なチャンスは潰された。
もう大事なものは二度と見る事さえ叶わない。
全部この大陸が悪い。
私のすべてを台無しにしたこの大陸が。
だから、フィオリを生んだ。
あの子はきっと利用される。
あの忌々しい吸血鬼も何か利用すると考えるだろう。
フィオリには何も伝えてない。
何かを伝えてしまえば、自分が私の復讐の駒の一つだと感ずかれてしまう恐れがある。
……
何か大事なことを思い出しそうになったところでまた意識が飛んでしまっていた。
これがきっと最後かもしれない。
私の長かった旅路も。
▼
帰還してから大変だった。
まずは自分がここにいた証明だったのだが、これは着ていた服のおかげで助かった。
そこには、国王から授かった勲章も付けられていたのと、書物に私の名前と特徴が残されていたからだ。誰が残してくれのか分からないが助かった。
地位が保証されれば、次に隠した神造兵装の回収だった。
これが難しかった。
元の王国の位置は、現在帝国との境に当たる。
最低限の人員で、帝国を刺激しないように動く必要があった。
計画してから一年、隠し場所の到着まで一季節。
焦りはない。隠し場所に自信があったし、鍵の作りもこの世界ではまず複製できない形にしたし、正規な方法以外では、解除不可能にした。
知識の力の使い方としては正しいはず。
現在地球の技術はさすがに再現出来なかったが、それに近いものにはなった。
隠し場所は荒れ地になっていた。
あんなに美しかった王国の影も形もない、見るも無残な姿だ。
瓦礫の中から隠し場所を掘り当てるまで七日。
思ったよりも早く辿り着いた。
一年と二つの季節を用いて、回収することの出来た神造兵装。
これで準備は整った。
王国に戻った私は、軍事力強化に力を入れることにした。
他にも発展させるべきことはあるが無視する。
私には必要ない。
たったそれだけの理由で、だ。
陛下にも許可は取ってある。
私一人の暴走ではないとしっかりと後ろ盾もある。
魔石の確保の問題は、何とかなりそう。一応、質は良くないが魔物から取り出すことで何とか数だけは確保は出来る。
その確保された魔石を使い『時の旅人』を起動させて、地球から人を召喚する。
もれなくギフト持ちになっているはずだから、何とか説得して力になってもらえばいい。
言い訳も全てでっち上げてしまえばいいのだから。
記念すべき、第一召喚者となったのは、中学生ぐらいの男の子だった。
正確に言えば、二十歳の男性だったのだが、『時の旅人』の不調で逆行してしまった姿だったわけだが、最初は信じていなかった。後に判明してからは彼が正しいという認識になった。
出会った時の彼はテンションがとても高かった。
「その神様からの授かりものってやつ使って、冒険とかしてみてーな、異世界に来たんだし!」
なんて、気楽なことを言ってくれた。さらには王城を出て行こうとするために、引き留めるのも大変だった。
何も知らない奴がそんなことを言うのに腹が立つ。
夢を潰された奴もいるんだぞ。
こんなところに来たくて来た人間ばかりじゃない。
そして、こうも思うようになった。
その神様からの授かりものを使って戦いたいなら戦わせてやろう。冒険に行きたいのであれば、帝国の血に送ってやろう、と。
こちらの世界にも麻薬に近い効果を持った物がある。
まだ地球のような技術がないため、取り出す際に他の物が混じってしまうので質が良くないけど。
それでもそれを様々なものに混ぜて口にさせると、見事に依存してくれた。
そこからは楽だ。
薬をチラつかせて、神様からの授かりものに合った仕事に従事させればいい。
そうして、『時の旅人』を起動させては、地球の人を呼び出してみたが、悉くが日本人だった。
どうしてニホンジンばかり送られてくるのかと、調査を進めると、国が固定されていた。国は固定されている割に年代はランダム。それに、それらの設定の変更も行えない。国が湧かれたせいで、こんな事になったのだと悪態を吐いた。
それと同時に今まで守ってきた純血を捧げて、陛下に寵愛を授かることにした。
初代陛下から頂いた寵愛だ。
それをいつかのために繋げておかなければいけない。
そのために使える神造兵装『君の美しさは永久に』という傍から見たらただの白いローブだ。ふざけた名前であるが、効果は絶大。
身に着ける者の時を止めるというもの。地球に帰還する直前に発見したため、悪用を防ぐために私が隠しておいたものの一つなのだが、自分が使うとは思いもよらなかった。
どうしても陛下の子が欲しかったのもあるが、妊娠して時を止めておくのには初期がベストだと思っているのだが、ここには検査薬とかはない。
悩んでいる私を天は見放してはいなかった。
私と同じ知識の神様からの授かりものを持つ人をこちらに渡してくれた。
その男は、「恋人を探している」と言っていた。
だから私は、その恋人を探すのを協力する約束して、彼には様々なものを作らせた。
捜索する様に命を出してもらっていたが、真面目にさせるつもりはない。
そのような特徴のある子を見つけたら程度だったから。
それが五年かもう少し続いた頃、男はついに業を煮やして出て行こうとした。
私は捕らえさせて、機密を持ち、逃げ出そうとしたとして処刑した。
国のことは考えてないが、知識の神様からの授かりものは危険だ。
技術系も世に出してはいけない。
ブレイクスルー程度ならいいが、帝国に利用されては最悪だからだ。
そうなっては私の計画も破綻してしまう。
そこから、こちらに送られてくる者については厳しく監視と管理を行うことにしたのだが、『時の旅人』は、不審な動きをすることがあった。
こちらが起動していないのに、勝手に動き出して人を送ってくるのだ。
原因の調査には時間がかかった。
魔術を研究することで地脈という魔力の流れを理解することが出来たのだが、時々どこからか『時の旅人』に流れてきている。
その経路から帝国で起動すると王国の物も起動して、その逆も然り。
不完全に二つに分けたせいで、こんな事になっているのだが、そうとも知らず私達も使ってしまっていた。
もしかしたら、向こうにも強力な神様からの授かりものを持った者が送られているという失態。
後悔はしたが、対策が必要だ。
知識、技術系の神様からの授かりものをフル活用。それに魔術も合わせて何とか帝国を蹂躙できる力をつけようと動き出した。
しかし、こんなセキュリティーもあった物じゃない場所だ。
スパイなんてどこにでもいる。
だから、いくら良い物を作ったとしても、すぐに帝国にパクられる。
管理を徹底していようにも、精々できるのは厳重な鍵かけ程度。
ふざけている。
それでも、私は折れることなくずっと続けていた。
私の真意に気が付いたのは、接する機会も多い国王のみ。
そして、どれもがまだ私に利用価値があるのと、私以上に転移者を扱える者がいなかった。それに計画の時ではないと持ちつ持たれつで過ごしていた。
そして、私は長い時をこの王国で過ごすことになる。
長い長い憎しみを抱きながら。
▼
気が付けば目を開けていた。
起きていたのか。
それすらも分からなくなっているとは、耄碌している。
あの子は、フィオリはどこにいるのだろうか。
視界もぼやけてしまって、上手く見えない。
そのせいで近くにいるのかも分からない。
「フィオリ……あなたが、あなたの存在はきっと二国に影響を与える……」
口が渇いていて、上手く言えた自信はない。
声を出したつもりでも、ただ空気が漏れただけかもしれない。
「滅ぼして、この大陸にある国を。私の恨みを晴らして」
私に出来ないことだ。
あぁ、けど、悔しい。
こんなところで死ぬなんて。
最後に会いたかった。
あんな別れになってしまった母に会いたかっただけなのに。
私が何をしたというのか。
私は何もしていない。
この世界が悪い。
人の人生をめちゃくちゃにしたこの世界が悪い。
「それが私の願い、母親としてではない。中原歩夢個人としての願い」
笑みが自然と浮かぶ。
「滅びろ、異世界」
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「美少女吸血鬼の領地経営」をよろしくお願いします




