七十五話 中原歩夢という子の人生
更新遅れてしまい申し訳ありません
私、中原歩夢は小さい頃からピアノが好きだったかというとそうでもなかった。
最初は親に言われるがまま始めていた。
親としても習い事の一つをやらせたかったかもしれない。
他にも水泳とか色々とやった記憶もあるけど、長続きしなくて記憶の彼方にやったかもしれない程度でしかないから。
けど、ピアノはなんだか続けられた。
「頑張ったわね、あゆちゃん」
「上手よ!」
そう言って褒めてくれる母はよく私の頭を撫でてくれた。
最初はそれだけだった。
母に喜んでもらえる。
褒めてくれる。
だから、やろう。
たったそれだけの動機。
続けていくうちにどんどん要求されることが多くなっていった。
「ただ、譜面を弾くだけじゃダメ」
「もっと感情をこめて」
「指の動かし方ももっと考えて」
こんな事私が望んでいたことじゃない。
私は別に難しい技術だとか、難しい曲が引けるようになりたいとかそんなこと思ってもいなかった。
ずっとピアノをやる根底は変わっていない。
厳しく言われても、がんばれば母が褒めてくれる。
それだけを糧に続けていた。
けど、この頃ピアノのことが嫌いだった。
子供だから、叱られるからっていう単純な理由。
それでも続けないともっと怒られるから、渋々母に言われるがまま教室に通っていた。
それに出来ないでいると怒る母にも少しだけ嫌になりかけていたと思う。
逃げ出したい。
私も普通の子みたいにみんなと遊んでいたい。
何度もそう思っていたけど、母に、
「あゆちゃん、行きましょうね」
そう言われると、あぁ、ダメだと諦めるしかなかった。
逆らえない。
どうやっても私はこの人に逆らえないんだと思い知らされたようで、目の前が真っ暗になりそうだった。
そして、初めて出たコンクール。
母が着せてくれるドレスに私は喜んでいた。
「頑張ってね、あゆちゃん」
そうやって微笑んで、頭を撫でてくれた母。
私にはそれだけで十分だった。
いっぱい緊張した。
けど、母に応えたかった。
厳しくて、嫌いだった母だったが、そうやって笑ってくれるなら頑張って、もっと褒められるようになりたい。
頑張れば、厳しくならないのではないかと勝手に思い込んで一生懸命、曲に思いを乗せて、鍵盤に指を走らせる。
私が持てる全てを曲に乗せたのが良かったのか分からない。
けど、私は金賞を取れた。
私が金賞を取ったんだ。
私は控室に入るなり、母の方に駆けだしていた。
「よく頑張ったね、あゆちゃん、すごい、本当にすごい」
そう言って、痛くなりそうな位強く抱きしめてくれた。
それだけで私には十分だった。
これまでの頑張りが報われる気持ちだった。
その日の夕食はとても豪華な外食に連れて行ってもらった。
マナーとかあるかもしれないけど、私はもちろんそんなことは全く分からなくて騒がしく食べていたと思う。
興奮もしていたし。
けど、母はそれで全く怒ることはなかった。
ニコニコと笑顔で私の話すことを聞いてくれていた。
時折、相槌のように私のことを褒めてくれたので、余計に調子を乗っていたのかもしれない。
あぁ、コンクールで金賞を取れば、母はこんなにも機嫌がよくなって、私のことを褒めてくれるんだ。
だったら、頑張ろう。
頑張って、次もいい成績を取ろう。
そうして、私は一層ピアノにはまり込んでいく。
動機としては不純かもしれない。
けど、最初の原動力は変わってない。
頑張れば、褒めてもらえる。
これだけだ。
小学校に上がって、周りの子たちは放課後も遊ぶ約束をしたりして仲良くなっていくところ、私は孤立していたと思う。
放課後になれば、さっさと帰ってしまうし、休み時間も音楽の先生のところに足繫く通っていたから、交流する機会が全くなかった。
昼休みに音楽室でピアノを弾いてる子、そう呼ばれていた。
誰が呼んだか分からないけど。
友達が欲しくなかったわけじゃない。
けど、それよりも私にとってはピアノだった。
コンクールにも積極的に出ていた。
たまに上手くいかなくて銀賞とか、銅賞とかになってしまう事もあった。
その時も母は私を慰めてくれた、褒めて抱き締めてくれた。
けど、金賞の時よりはやっぱり控えめ。
それが嫌だった。
私はもっと褒めてもらいたい。
いっぱいいっぱい抱き締めて、ニコニコしていて欲しい。
金賞が取れないときは、ピアノを弾く時間を増やした。
私にはまだまだ足りないものがあるんだ。
もっともっと頑張って、母に褒めてほしい。
そうやって、小学生の時間を使っていた。
友達もそれなりには出来た。
小学校でピアノが弾けるというのはある意味ではステータスになるみたい。発表会だとか、卒業式とかで、コンクールで入賞している私は重宝されて、妬まれもしたが、それでもある程度の友達もできた。
妬まれるのは、この頃になると慣れていた。
学校で妬まれる以外でも、コンクールに出ているとそういうものをもろに感じるからだ。
控室が特に酷い。
入賞して帰ってきて、喜んでる子を見るたちを見る周りの視線。
私だって、銅賞の時、金賞の子にそういう視線を向けていたと思う。
それが良くないものだったとしても、そうしてしまっていた。
それでしか処理できなかったからだ。
だから、クラスメイトからの妬みはまだ可愛らしく余裕をもって受けることが出来た。
中学生に上がる頃に少しずつ、自分のためにピアノを弾こうという意識が変わり始めた。
きっかけは母の言葉だった。
「あゆちゃんがプロになったら嬉しいけど、あゆちゃんはピアノ続けたい?」
どうしてそういうことを言うんだろうと最初は思った。
だって、もう私にはこれしかないから。
母に喜んでもらえるのはこれしかないのに、何を言っているのか、そう思って聞いていた。
「けど、あゆちゃんの人生はママに言われた通りじゃなくてもいいからね。どんな夢でもいい。あゆちゃんがそうと決めた夢なら、ママは絶対に応援するし、一生懸命あゆちゃんの力になるからね」
そうして、私は考えることになる。
この先をどうするのか。
プロになるか、ここでやめておくか。
実際、辞めていく子たちはいた。
そんな子たちを街で見たことがある。
彼女たちは生き生きと友達と街中で遊んでいた。
私も彼女たちみたいになれるだろうか。
辞めれるのかな。
その間のコンクールは不調というわけでもなかったが、実際に結果はパッとしないものだった。
私の迷いが、音や指に出てしまっていたせいだ。
ちょっとだけ、友達と遊びに行った。
けど、考えてしまう。
街で流れる音楽を聴くたびに、楽器屋でピアノを見るたびに。
なんで私は弾いていないんだろうって。
最初は母が原動力だったピアノ。
けど、今では私自身がピアノのことを好きだったんだ。
そうして、答えが出ればコンクールで金賞を取ることが出来た。
迷いはない。
私はプロになる。
中学生で出した結論は高校生になっても変わらない。
迎えるのは、これでしっかりと金賞を取れば、私の夢の第一歩となる大事なコンクール。
緊張はある。
コンクールではいつだって緊張する。
だけど、緊張に支配されることはない。
もう少ししたら私の番。
控室の椅子に座って、自分の姿を検める。
ドレスもメイクも、髪もばっちりだ。
大丈夫。
そう落ち着かせるように、一度目を閉じる。
ゆっくりと息を吐いて、体を弛緩させて、目を開ける。
「ドレスを着た子……どこかのお姫様だった?」
私は知らない場所にいた。
謝辞
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