七十四話 マリアの帰還
「おかえりなさい、マリア。王都はどうだったかしら?」
「はい、お嬢様。王都、王城の守りは大したことはありませんね」
お嬢様に頼まれたものは私が王城に入れるかどうか、また侵入できたのならば情報の収集というものだった。
具体的にどんな情報を手に入れて来いというものはなかったが、王城の使用人たちは噂好きであるために、歩いているだけで情報が掴める甘い場所ではあった。
「あなたが勝手に侵入できるという事は、やっぱり私専用か、魔族にのみ作用する結界みたいなものなのかしらね」
お嬢様も一度王城に入ってはいる。
その時の結界の強さがどれだけだったかは分からない。
ただ、入った時に気が付かれることはなかったと言っていたことから大したことのないものか、擦り抜けられるものだったという事だろう。
「魔族にのみ作用するものだと思います。それも二重三重と、お嬢様が侵入したのが相当腹に据えかねたものかと」
そう伝えると、お嬢様がくすくすと鈴を転がしたように笑った。
今のお嬢様は最低限の食事で生活している。
それも本来なら人からの吸血によって生命を維持している吸血種たるお嬢様が他の生き物の血で賄っていることを知っている人は私たち従者四人ぐらいだろう。
なので、魔力も力も完全ではない。
完全な状態に比べて、大きく劣っている。
そんなお嬢様に対して侵入を許さない結界など、鼻で笑ってしまうほどもの。
魔族の力を知るものは、今やあの仮面の女アユムぐらいだろう。
他の人間は文献や伝説の存在だと思っているぐらい。
だから、自分たち人間が世界の支配者だとでも勘違いを起こしている。
あのような結界、非力で脆弱そのものだ。
二重三重に貼ってあったと知っても、弱い結界を複数兼ねたところで意味がない。
「無意味なものよね。神殺しを目的に作られたあなたには」
当初の目的であり、私の中にインプットされていた私自身の存在意義。
神殺し。
この世界の女神と言われるものを殺すために作られた存在。
「さすがのアユムも知らなかったみたいね。神造兵装にマリアのような人形がいたことを」
遥か昔。
私は作られた。
誰が、私を作ったのか記憶にない。
記録も消されていた。
ただ、作られてすぐに私は封印された。
ポッドの中で長い長い眠りについていた。
永遠に目覚めることはない悠久の眠り。
そう思っていた。
けど、それも終わった。
お嬢様が私を眠りから目覚めさしてくれたからだ。
神造兵装である私を、人が神をこの地に堕とす目的で作られた私を。
「それで、アユムは元気だった?」
「元気と言えば、元気かと。ただ、以前に比べて大分衰えていました。食事もあまり取っていないようで骨と皮みたいになっていました」
「不健康ね。あまり良くないわ」
それはお嬢様も、とは言えない。
以前、ポートリフィア領でゴロツキ共の掃除を行った時があったが、あのようにして吸血してしまえばいい。
そうすれば体からは力が溢れて、魔物との戦いでも私たちに頼らずに一人で十分すぎるほどなのに。
本来であれば魔族にとっては、勇者というのものは天敵である。
勇者の持つ武器というのが、魔族を殺すことに特化しているからだ。
普通の魔物が切られでもしたら、魔石があったとしても体が消滅していき、魔石が体外に排出されて死んでしまう。
それに武器で受けようにも並の物では打ち負けてしまう。
しかし、お嬢様は違う。
お嬢様が吸血さえできれば、勇者と互角に戦うことが出来るほどの力を発揮できる。
けど、そうはしない。
お嬢様は人の世で生きていくと、この人間界に来てからずっと力を抑え込んでいる。
「部屋から出てこないこともしばしばあり、噂の域を出ませんが、もう長くはない、と」
「死ぬつもりなのかしら。あんなに私のことを目の敵にしていたのに、こんな風にするなんてどうしてかしらね」
「私には分かりません。けど、アユムの娘は聖女と祭り上げ、何か行おうとしている動きはありました」
「へぇー……あの子、自分の娘まで」
お嬢様が目を細めて口に手を当てる。
楽しんでいる。
それならば良い。
「アユムの娘も大変ね」
お嬢様が狙っている娘。
そして、アユムからも何かの目的で使われている娘。
二人以外にも権力、旗頭と様々な目的で狙われている可哀そうな子。
今、この世界で一番注目を集めているのが彼女かも知れない。
「転移するための神造兵装の場所や、他の異世界転移者がいる施設は見つかったかしら?」
「神造兵装の場所は分かりませんでした。異世界転移者がいる施設については、ただの使用人では立ち入ることが禁じられているところがありましたので、そこが怪しいと思われます」
お嬢様の目的は転移の神造兵装の破壊。
この世界の保護であると同時に、女神への嫌がらせである。
転移者によって、この世界の技術と文化は大きく歪んでしまっている。
人間もそれには気が付いている、はず。
しかし、彼らは神造兵装の使用をやめようとしない。
何故か。
理由は明白、便利だからだ。
私たちには技術や知識は、私たちの住む世界では革新的で、技術も知識も数段上に引き上げていく。
神造兵装を使用するだけで、そのような人間を呼び出せてしまうのなら使うに決まっている。
認めたくない連中がいたとしても、結果は出てしまう。
そして、一度甘い汁を吸ってしまえば、もう抜け出せない。
忘れられず、もっと欲しくなってしまう。
そのサイクルのせいで、今この世界の現状がある。
これから先、もっと歪んでいく。
だから、断ち切る。
それがこの世界の技術や知識の革新に歯止めをかけることになろうとも。
異世界人頼りの物ではなく、この世界の人たちによって先に進んでもらいたい。
そう、お嬢様は願っているのだろう。
「アユムと帝国の繋がりもまた判明しませんでした」
お嬢様は今回の襲撃、偶然だとは思ってなかった。
私もそう思ってない。
私たちだったからそうはならなかったが、私たちでなければ確実に死んでいた。
あんな崖の崩落を使ったものは物取りがすることではない。
金目の物を感じなくても馬車を複数率いて移動している集団を鎮めるなんて物取りとしては考えられない。
「しかし、あの男に利用価値があるかもしれません」
「聞きたいわね。続けて」
「爆薬の量。装備の質。一介の物盗りにしては良すぎます。また複数の集団が一段となっている形跡があったので、雇い主は金払いのいい、それなりにお金を持つ者だと判断します」
「そうかもしれないわね」
「帝国の上層、またそれに近いところの指示だったかもしれません」
憶測でしかないが、利用できる駒は増やして損がない。
「なので、あの男を教育して、帝国に返してあげるのも手かと」
「いいかもしれないわね。けど、問題はどう報告をしてもらうか、よね」
「問題ありません。アユムが死んだあとであれば、あれは彼らにも必要ない物でありますから、私たちが有効活用させればいいでしょう」
私がそういうと、お嬢様はニヤリと口を三日月のようにして笑う。
「それはとても素敵ね」
そうして、一度言葉を切り、笑顔を引っ込めて真面目な顔をして、こちらを向く。
「男の教育は私がするわ。マリア、次私が王都に行くときは同行を。受信する方を探しに行きましょう」
「はい、お嬢様」
膝を付き、恭しく礼をする。
「さて、次に王都に行くのは、娘の誕生祭かアユムのお別れか、どちらなのかしらね」
謝辞
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