七十三話 帰宅
あんなにはしゃいで、「お土産は任せてよ!」と豪語していたマサキだったが、冬の季節の始まりに帰ってきてからずっと塞ぎ込んでいる。
何も語らない相手に対して、私は何もしない。
そもそも構って欲しいなら、この子はそういうアピールをしつこくしてくるから、そうじゃないのなら自分で悩んでいるという事だろう。
けど、執務室に入り浸るのではなく、ジェシカとかユリナがいるリビングルームにいけばいいのに。
マリアに報告を聞かないといけないけど、まだあの子は名目はレザードの護衛として王都に行ってもらっている。
その実、アユムとかの様子を探らせている。
レザードから依頼だったが、レザードがわざわざ行く必要はない。
部下を行かせればいいことなのに、なぜレザード本人が向かう必要があるのかと考えていたところ、アユムが思い浮かんだ。
あの女なら、何かやりかねない。
目的は不明だが、そういう女だ、と。
地下に捕らえられている男もどうしようか、頭を悩ます。
解放して、近くの領に入って好き勝手されてしまえば、溜まったものじゃない。
情報だけ抜き取ったら、早めに処分しよう。
農場の方が軌道に乗りつつあり、消費する分、そして、何とか今年は少ないが出荷する分も作ることが出来て、少しばかりの儲けが出た。
それをまとめて、一々アユムに報告しないといけないのも、面倒だ。
報告は面倒だが、書類にまとめておくのは必要なことだ。
研究結果と同じように収支報告は後で絶対に見返すことになるのだから。
「ねぇ、レティ」
「何かしら?」
下らない雑談なら断る。
そう思っていた。
「妖精さんって呪ったりするんだね」
マサキが報告してくれたことだ。
妖精を捕まえて、逃げられないようにして搾り取っている、と。
俄かには信じがたいことだが、この子は特別だ。
私以上に妖精を扱える。
そのマサキがそう言っているのだ。
信じるしかない。
そして、いつか私も見てみたい。
妖精をエネルギーにしている都市というものを。
「私も知らなかったわ。私にとっては妖精たちはただの親しい隣人でしかなかったのだから」
「アタシも。まぁアタシの場合はあんな風におかしくなっちゃうのが信じられなかったけど」
私が筆を動かす音だけが部屋を支配する。
そして、音が途切れたところでマサキが口を開いた。
「ねぇ、レティ――――」
「無理よ」
期待もさせない。
希望も抱かせない。
私にも出来る事と出来ない事がある。
そして、マサキの言う事は出来ない事だ。
「まだ何も言ってないんだけど」
「言わなくても分かるわ」
「じゃあ、せーの、で言ってみようよ」
「ええ、いいわよ」
そして、マサキがせーの、というと、
「「呪いを解く方法ってあるの?」」
かな、と最後にマサキの声だけが飛び出してしまったがほぼ当たっている。
「よく分かったね、レティ」
マサキが苦笑いを浮かべているが、これぐらいなら余裕だ。
それにマサキたちとは、着てからほぼ毎日会っているのだ。
どんな性格なのか、どういう思考をしているのか、というのは特にマサキは分かりやすいので手に取るように理解することが出来た。
「帝都にいた人たちは知らないんだよ。あの街灯とか他にも使っている物が実は自分たちの体を犯しているなんて。だから、どうにかしたいし、どうにかできないかなって思ったんだけどー……なーんもいい方法が思いつかなくてさーどうしようかなーって、レティならアタシと一緒で見えるからもしかしたら―って思っただけだよ」
どうにかしたいと思うのは自由だ。
そして、マサキは精霊の王の目を持つ、特別な人間だ。
もしかしたら可能かもしれない。
けど、これはそれでどうにかなる問題でもない。
マサキはそのことを失念している。
「マサキ、仮にどうにかする方法があったとしても、無理よ」
「どうして?」
「彼らはきっとそれが原因で体調を崩したと思ってない。それに声も姿も捉えることが出来るあなたと違って、彼らは聞こえないし、見えない。そんな人間にこれが妖精でなんて説明したところで分かってもらえるわけないの」
「そうかな」
「ええ、そうよ。マサキ、私があなたの後ろに知らない男性の魂が浮いていると言ったら信じるかしら?」
「えっ」
私が言えば、マサキは立ち上がり、急に周りを見回しだした。
「冗談よ、ここで不死者が出ることはないわ、私がいるもの」
そんなことはいい。
けど、大事なのはこれからだろう。
「みんながあなたみたいに純粋ならことは簡単に進むかもしれないけど、ユリナやジェシカだったらどう?」
「……信じないかも」
ジェシカは確実に信じないだろう。
何を言ってるんだという顔をされるか無視されるだけだろう。
けど、ジェシカが悪いわけでもない。
なぜなら、彼女にとっては不死者が出る、それこそが信じられない事なのだから。
「それに一度手に入れた文明の利器というのはなかなか手放すことが出来ないもの。これはあなたでも分かることでしょ?」
「あはは、それはめっちゃわかる」
マサキが苦笑いを浮かべて、膝を抱く。
二ホンという国にどれだけの文明が発展していたのか気になるところである。
マサキやユリナが驚くことが多かったという事はそれほどまでに、私たちとの技術や知識、全てが上回っていたという事だと思う。
行く手段があるのであれば、ぜひ行ってみたい。
しかし、二ホンに行く手段は片道であり、帰り道の保証はなし。
「例え、呪いが本当だったとしても、マサキ、あなたは何も悪くない」
私が断言しよう。
使えば使うほど、体を傷つけるものだったとしても、だ。
言われたマサキは不思議そうな顔をしている。
「選んだのは帝国の臣民たちだからよ」
民は選んだつもりはないかもしれない。
それでも生活から不満は言ってないし、暴動も起きてない。
ある程度満足しているという事だ。
「……いいのかな」
「ええ、いいに決まっているわ」
これは彼女が背負う問題ではない。
帝国が向き合う問題なのだ。
だから、私たちではこれ以上話すこともない。
「それよりも、マサキ、帝都はどうだったかしら? そっちを聞きたいわね」
私の知的好奇心を満足させるため、そして、この大陸の情勢を少しでも読むために私は欲していた。
「いいよ、もうめっちゃ大変だったんだから」
さっきまで沈んでいたマサキが明るい声で答えた。
謝辞
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