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美少女吸血鬼の領地経営  作者: ベニカ
来訪者編
72/153

七十二話 奴隷と貴族と従者は街を行く

 私は目の前で着飾られるジェシカを見て、出来栄えに満足していた。

 水色のドレスはこの鉄の街とは不釣り合いだが、清潔感がある。

 また髪を片側にまとめてサイドテールにして、安物ではあるが青い宝石が付いた髪留めを使って少しでもお金持ちであるアピールをしておく。

 レティシア様の時よりも気合を入れてしまったかもしれない。

 それぐらい気合を入れた着付けだった。


「……ジェシカ、もっと普通にしてなよ」

「真咲、笑ったら可哀そうでしょ」

「だったら、ゆりなはちゃんと見てよね」


 マサキは一生懸命笑いをこらえているのか、頬がさっきから震えているし、声も上擦るように震えている。

 ユリナは完全に顔を逸らしている。

 見てすらいないが、肩が震えている。

 ジェシカは、顔を赤くしながらも立っているのだが、腰が曲がっているし、ちょっとだけがに股になりかけている。

 原因は明らかで、ドレスに合うように用意したハイヒールだ。

 ジェシカは多分、私と同じように田舎出身だろう。

 都市で育ったような華やかな雰囲気がないから、憶測だが。

 それでも勇者だから、王都には言ってパーティはあっただろうが、この子多分ドレスは着なかったんだろうな。

 あの勇者の格好で出て行ったんだろう。

 そう勝手な思い込みだが、大きく外れてはないはずだ。

 今の情けない立ち姿を見たら。


「少し部屋を歩いて練習した方がいいですね」


 そう言って、ジェシカに促すと、ジェシカは恥ずかしそうに顔を俯けて歩き出そうとした。

 しかし、足取りはふらふらとしていて危なっかしい。

 どこで転ぶか分からず、補助をしようとした私までおかしな動きをしてしまった。

 多分、それを見ていたマサキがぶふっと吹き出すような音を出したので、振り返った。

 二人ともこっちを見ていない。

 窓を見ているが、体が震えていて、わざとらしく呼吸を整えようとしている。


「二人ともこちらを向きなさい」

「いや、アンナさん、ここ景色がいいから――――」

「こちらを向きなさい」

「わ、分かったから、そんな怖い声を出さないでって」


 マサキが答えるが、ユリナは何も言わない。

 そして、二人がこちらを向くが、目は大きく開かれて、鼻で大きく息をしているのか時々膨らみ、口に力を入れているのが分かる。

 何よりも、顔だけこちらで、目はあからさまに逸らしているからだ。


「こっちを見なさい」

「見てる見てる。超見てるじゃん、ね、ゆりな」

「そうね、見てる。綺麗な壁紙ね」

「目をこちらに向けなさい」


 私が強くいえば、がんばっているジェシカが写っただろうが、そのジェシカはまだ小鹿みたいな動きをしている。

 二人とも下を向いてしまう。


「ジェシカ、その股だけはやめて、本当にお願い」

「そ、そうだよ、慣れてないのはいいけど、それで歩くのは反則」

「な、慣れてないから仕方ないだろ! あと笑うなら笑え! こそこそ笑われた方が傷つくわ!」


 さすがのジェシカが吠えたが、まだしばらく外に出るのは時間がかかりそうだった。


 ▼


 それからしばらくジェシカは部屋の中に歩かせていると、慣れてきてようやく普通に歩くことが出来るようになった。


「あー一時期はどうなるかと思ったよ」

「そうね、腹筋が鍛えられた」


 ジェシカはふんと鳴らして、そっぽを向く。

 ジェシカの準備は整った。

 私はベッドに座っている二人の方に行き、特に服は問題ないかと、見ていた。

 しかし、後ろに回ったところで止まる。


「アユム、ユリナ」

「どったの?」

「背中の帝国の焼き印が見えるようにしないといけない。だから、下着を取りなさい」

「は?」「え?」


 二人とも理解が出来ないというような顔をしている。

 けど、仕方ないことだ。

 悪趣味であるけど、帝国に服従しているという一目で分かるものを出しておかないわけにはいかない。


「マジ?」

「本気です」

「てか、これだと、みえちゃうんじゃ……」

「そのために厚手の物にしたんです」


 ユリナがほんのりと顔を赤くし、マサキは顔を真っ赤にしている。

 ユリナはまだ年齢の割に育っていないが、マサキは発育がいい。

 この中でも一番大きいだろう。

 下着で支えないと、歩くたびにその大きさを主張するのではないだろうか。


「ジェシカで散々笑ったんです。二人とも覚悟を決めなさい」


 それだけ言って、順番に二人の服を上げて下着を取ってしまった。

 ユリナが胸を抑えながら、上目遣いに私の方を見る。


「少し試したいことがある。いい?」

「何でしょうか?」

「私の声はアンナさんだけに聞こえるようにしろ」


 ユリナがそういうが、特に変化はない。


「アンナさん、私の声聞こえる?」

「ええ、もちろん」

「真咲はどうか聞いてみて」


 隣にいるマサキはキョトンとした顔をしている。


「マサキ、聞こえた?」

「何が?」


 マサキが嘘を言っているのかと疑ってしまった。

 じっと見つめると、マサキが居心地悪そうに、「な、何ですか?」と引きつった顔を向けてくる。


「ジェシカは聞こえた?」

「何のこと?」

「成功みたい」


 どういうことだ。

 意味が分からない。


「ずっと考えていた。私のこの神様からの授かりもの(ギフト)の使い方」


 神様からの授かりもの(ギフト)

 やはりそれ異常な力だ。


「一度、真咲を黙らせたことがあった。私の言葉というよりも命令は、絶対なのではないかって。そして、攻撃的な命令みたいに指向性を持たせられるんじゃないかって」

「何か話してるのか?」


 これも聞こえてないわけか。

 こんな能力は今まで生きていて、見たことがない。


「元に戻せ」


 ユリナがどういう風にこの力を使うのか、間違った方向に進まないようにしないと私たちの脅威になりかねない。

 今のところ、私たちに害意を向けてこないが、いつ私たちと敵対するか分からない。

 だから、そうならない未来を願うばかりだ。


 ▼


 外を歩く私たちの姿は目立つ。

 ドレスを着た貴族、その護衛として私が鎧を着こみ、奴隷として二人を引き連れている。

 二人には口元を隠すように布が巻かれている。


「真咲、あまりキョロキョロしないで目立つ」

「わ、分かってるけど」


 あんなにはしゃいでいたマサキが不安そうに先程から目を動かしている。

 今はもうはしゃぐ余裕もないらしい。


「あんたにしか分からないことかもしれないけど、さっきから何なの、ちゃんと言って」


 ユリナが促すが、マサキはなかなか言い出さない。

 それから、色々なお店を見て回る。

 私たちよりも引きつれているマサキとユリナに視線が行くが、奴隷自体が珍しくないように、一回見たらそれ以降は特に気しない人が多い。


「声が聞こえる」

「え?」


 マサキの言葉に反応したのはジェシカだった。


「バカ、あんたが反応したらダメでしょ」


 そう、二人の声は周囲に聞こえていないはず。

 だから、私たちが反応したら奇異な目を向けられてしまう。


「泣いてる声、恨んでる声、いっぱい、嫌な気持ちの声が聞こえる」


 ジェシカが訝しむように周りを見る。

 私だって、そんな声は全く聞こえない。


「気のせいじゃない?」

「絶対違う」


 マサキの真剣な声に嘘は感じられない。

 だったら、どこからだと、四人街中を歩き続ける。

 しかし、その声はどこから聞こえるかはっきりしない。

 ジェシカが歩き疲れたのか慣れてない靴のせいで足を痛めてきたのか分からないが歩くスピードが落ちたところで、マサキが声を上げた。


「分かったかも」

「もう少し早く分かってほしかったかも、ジェシカも限界だし」

「……ご、ごめん、精霊さんだよ、この声」


 意味が分からない。

 まず見えないから、真偽が不明だが、マサキの力はレティシア様が認めているから、あるのは確かだ。

 だが、そんな怯えるほどの声がどこから聞こえるのか。


「ここに来てからさ、見てないんだよね、精霊さん。どうしてなんだろうって思ってたの」


 マサキが勝手に歩き出して、街灯に振れる。


「これ、使われてる。精霊さんをどうやってこっち側に連れてきてるのか分からないけど、使ってる。それがとっても苦しくて辛いって」


 マサキは悲しそうな顔をして、街灯を優しく擦る。


「そっか、この光のせいなんだ」

「何が?」

「この国の人たちの肌が焼けてるの」


 いつになく真剣な瞳でこちらを向く。


「呪いだよ。精霊さんたちの一匹とか百匹とかじゃない、もっと多くの精霊さんたちの呪いの光だよ。肌を、体を、魂を焼いてる」


 私でも理解が追い付かない。

 これはレティシア様に報告した方が良さそうだ。


「アンナさん、アタシ達も早くここを出た方がいいと思う。精霊さんたちはもう誰でもいいんだ。この苦しみをぶつけられるなら」


 そうして、一度街灯に頭をコツンと当てる。


「アタシの力じゃ何もできない。ごめんね」

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