七十一話 女子会は準備の間に
帝都に着いたその日は宿で過ごした。
そして、ここから五日間帝都に滞在することになっている。
最初に言いだしたのはやはりというか、分かっていたことだけど真咲だった。
「アンナさん、買い物行っちゃダメ?」
「ダメです」
「えーなんでー?」
「ここではあなたたちの容姿は目立ちますから」
窓から眺める外の景色。
外を歩く人々の肌はほんのりと焼けた様な感じになっている。
分かりやすい違いだ。
人種が違うってわけでもない。
自然と焼けたのだろうか。
子供から大人まで全員?
そんなわけないだろうと頭を振る。
「レティだって、帝都のことよく知りたいと思うよー?」
真咲がそういうと、さっきまで我関せずとなっていたアンナさんが真咲を見た。
真咲はニヤリとした笑みを浮かべているが、本当にこの子はこう言う事ばかりが上手い。
「明日からうるさくしない。外に出る格好に文句は言わない。外でもうるさくしない。これを守れるのであれば考えましょう」
「うん! さすがアンナさん!」
真咲に折れたというよりもうんざりしている様子だったが、ため息をついてアンナさんが部屋から出て行った。
「ゆりなはどんなところ行きたい? やっぱり服とか見たいよね」
「それはあんたの行きたいところでしょ」
「えー、やっぱりこの世界のファッションとか気になるじゃん? ゆりなだって気になるっしょ?」
「……まぁ、多少は」
日本にいた時はあまり、いや、彼が出来てからは気にするようになった。
彼に嫌われたくないのもあるが、自分をよく見せたかったのもある。
頑張れば、彼に可愛いとか、似合ってるよと言われればそれだけで気分が上がったので、余計に気遣うようになった。
あまり見なかったファッション誌を見て、服の流行や髪を弄ったりと、日本での生活を懐かしんでしまった。
「ずっと聞けてなかったけど、あなたたちはどこの地方の出なんだ?」
ジェシカがそう聞いてきた。
「えーっとねぇ……」
答えを決めていなかったわけじゃない。
だけど、本当のことを話すかどうか迷っている。
真咲が言うか言わないか、迷っていて私に視線を送ってくる。
ジェシカとは長い付き合いになるかもしれない。
誤魔化してもいいけど、真咲がいつボロを出すか分かったものじゃない。
「ジェシカ、あんた口は堅い?」
「軽くはない」
「真咲、いいよ」
「えーっとね、多分、信じられないと思うんだけどさ……」
そこからジェシカに自分たちは異世界からこちらに転移してきたと告げる。
自分からこの世界に転移してきたわけじゃなくて、こちらから無理やり呼び出されてきたこと。
帰ることは事実上不可能。
そして、王国から捨てられて奴隷として売られていて、帝国に引き渡される前にレティシアに助けられた。王国の人に私たちが生きていることが知られたら、多分私たちが持つ力を目的に連れていかれて利用されると知って、レティシアのところでお世話になっている。
それを言葉に詰まったり、真咲がよく意味の分からない言葉を言った時に私がフォローしてあげて、ジェシカに説明し終わる。
ジェシカはそれから顎に手を置いて、自分の世界に沈んでしまった。
信じられない話だと思う。
私だって、こんな荒唐無稽な話を突然されたら、信じることが出来ない。
鼻で笑って、冗談でしょと信じることはないだろう。
「……あなたたちの親は」
「ここに私たちがいることを知らない、知らせる術もない」
「それだと……」
「えぇ、想像したくないけど、生涯私たちのことを探し続けているのかもしれない」
嫌な予想だ。
考えないようにしてたことだ。
行方不明者のチラシを配る家族の光景はテレビで見たことある。
それは別世界の光景で自分とは全く関係ないものだと思っていた。
だけど、それが現実で自分が当事者になるとは思っていなかった。
自分の親が私の顔が印刷されたチラシを配る光景なんて、想像したくない。
最悪だ。
「……私が思っていた以上だった」
ジェシカが呟いた。
「私は、最近分からないことがある」
それは独白だった。
「あの似非勇者のやり方は私は認めることが出来ない。なのに、あいつは勇者の武器に選ばれ続けている。だから、あいつのやり方、考え方は正義なのだろう」
ジェシカが苦虫を噛み潰したように、アンナさんへの思いを吐き出す。
大いに悩んでいるようだ。
「私は何も知らなかった。知っているつもりだった」
いつか言った言葉を思い出す。
私は確か、ジェシカにこういったはずだ。
「私の正義はユリナの言う通り、薄っぺらいのかもしれない」
「ようやく分かったみたいね。その石頭にも」
自分の間違いを認めるというのは、存外に難しい。
それが出来ない人間の方が圧倒的に多いのだから。
私だって、出来ない方の人間だった。
過去形にしているけど、現在進行形で出来てないかもしれない。
「じゃあ、じゃあ、レティがそういう時はどうすればいいかって言ってたんだけど、自分を知り、周りを知り、世界を知りなさい。それで譲れないものが出来たのならば、それこそあなたの正義よってね!」
レティシアの物まねまでした真咲が得意気に言う。
「よくそんな長いセリフ覚えてたね」
「む、ゆりな、アタシのことバカにしてるっしょ?」
「もう少し考えて行動してほしいとは思ってる」
「えー! ひっど! ジェシカ、酷くない?!」
ジェシカは苦笑いを浮かべるだけ。
それでも最初のあった時のような壁もなければ、さっきまでの暗い陰はない。
「てか、アンナさん遅くない?」
「そうかな」
「遅い遅い、アンナさんたちっていつももっとスピーディーだし」
それはそう。
それに無駄を嫌う。
無駄なことばかり増やす真咲は天敵かもしれない。
そんなことを考えていると、アンナさんが部屋に入ってきた。
「マサキとユリナはこれを、ジェシカ、あなたはこちらへ」
そう言って、投げてよこしたのは服と言える代物でもなかった。
一応、長袖のワンピースらしき布。
破れてたり、汚れてたりして、あの場所での生活を思い出すような代物だった。
「ねぇ、アンナさん、これってもしかしてー……」
「これからあなたたちにはジェシカの奴隷になってもらいます」
淡々とそう告げたアンナさんはジェシカの服を脱がして、ドレスを着せていく。
「な、私もそっちがいいよー!」
「あなたたちは目立ちます。貴族に装ってもいいですが、あなたたちはあまりに私たちと違う。けど、レティシア様の予想が正しいなら、それなら目立ちません」
ドレスの着付けを行っているアンナさんはジェシカから目を離さないで答える。
「もう少し髪にボリュームが合った方がいいですね」と言い、ジェシカの髪を巻き始める。
「真咲、あんたが買い物行きたいとか言い出すから、こんなことになったんだからね」
「だって、こんなの分かるわけないって! これ行かないって言って許してもらえる系かな?」
小声で真咲に言われて、アンナさんの方を向く。
レティシアのドレスをやってあげているのだろう。アンナさんの手つきはそれはもう慣れていて、どんどんジェシカがどこかの貴族に見えるように仕上げていく。
「この状況で言えるなら、どうぞ」
「むーりー、絶対に無理!」
二人で長袖ワンピらしきボロ布を広げる。
諦めて、ため息を吐く。
一旦下着姿になり、ボロ布を着た。
ボロボロに見える見た目に反して、ちゃんと切れる。
肩から落ちることもなければ、バラバラになったりはしないだろう。
「もっと優雅にお出かけするつもりだったのになぁー……」
私だって、そのつもりだった。
十秒もしないで着替え終わった私たちはジェシカの準備が終わるまで待ち続けたのだった。
謝辞
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