七話 馬車の中
「マリア、こっちに顔だけ向けるのやめてくれない?」
「どうしてですか?」
本当に不思議そうにこちらにまっすぐ向いている顔を可愛らしく傾げてみせる。
それが普通の体勢であれば、だが。
顔は横を向いているが、体はしっかりと椅子に座ったままだから、人では出来ない格好になってしまっている。
九十度真横に顔を向けれる人には、マリア以外出会ったことがない。
彼女を人に分類していいのかどうかは別の問題であるが。
「いや、普通に前を向いて座っていたらいいんじゃない?」
「そうですね、前を向いて座っていたいですね」
マリアとガレオンは仲が悪いように見える。
外から見たらいつも言い合いをしていて、意見も違うから、そう見えていてもおかしくはないし、二人も仲がいいとは決して言わない。むしろ、嫌いだとお互いのことを指しそうではある。
だけど、考え方とか根本的は似た者同士。
特に人間に関しては。
「何だよ」
「何も言ってませんが?」
ガレオンが髪の隙間からこちらを見ていた。
馬車に乗ってから一言も発していないから寝ているのかと思っていた。
マリアについては人間の時間としては長い時をいっしょにいるけど、魔族の時間からするとまだまだ一時に感じてしまうぐらいで、知らないことが多すぎる。
今だって、こうして人では出来ない関節の動かし方をしているし、人の熱源を感知したりとよほど真似できないことばかりをしていて、その機能の多さに驚かされるばかり。
「だから、前を向いていたらいいじゃない」
「そうですね、そうします」
そう言うと、マリアの首がまた九十度動いた。
きっと、この光景を初めて見る人は驚くだろう。
首だけ真後ろを向いた女性が平然としていたら。
進行方向を向いているので前を向くと言うのは正しいわけだけど、そうしろとは言ってない。
「いつ見ても、それ気持ち悪いな」
「私の完璧なる駆動域を気持ち悪いですって? あなたのような頭が筋肉で出来た人には分からないでしょうね」
「カミサマの人形ってのも一回ばらしてみたかったんだよなぁ」
「神様ではありません。お嬢様の最高の力と体、そして、美しさを兼ね備えた完璧な人形です。訂正しなさい」
マリアのお嬢様への忠誠は群を抜いている。
アルフレッドもお嬢様に対しては絶対の忠誠を誓っているが、マリアのそれはもう信奉に近い。
どうしてそこまで、レティシア様を信奉しているのかと聞いたこともあったが、「お嬢様がお嬢様だからです」と全くもって要領の得ない回答しか返ってこなかった。
ガレオンも言い方こそ、ぞんざいなのだが、レティシア様には心から忠誠を誓っているし、裏切る行為をする素振りもない。
私たちは出会った時はバラバラで、出会い方もそれぞれだったが、一様にレティシア様のことを好いている。
普段どんな事を考えたり、どんな思想だとかは関係ない。
これだけ分かっていれば、お互いに信頼できるというもの。
外を見れば、馬車から見える窓の景色が森から外れるところだった。
馬車の揺れも不規則なものから、整備された道になってきたのか徐々に規則的になってきた。
ポートリフィア領リディーリア。
王都やその周辺の町に比べたら、その規模は小さい。
だけど、国境が近いのに賑わっているあたり、何かしらの発展を遂げているという事ではないだろうか。
馬車が町の中に入っていないが、ゆっくりと速度を落として、街道を逸れたところで完全に止まった。
アルフレッドが扉を開けて入ってきた。
ガレオンの隣に座るなり、話は始める。
「行動は二人一組。私とマリア。アンナとガレオンでよろしいですかな?」
全員が頷く。
多くの言葉は要らない簡潔な言葉。
「時間制限は日が落ちるまで。荒事は厳禁で」
「だそうですよ、ガレオン」
「それはお前もだ、お嬢の人形」
アルフレッドと目が合うと、彼は目を伏せて、息を吐いた。
「大工や職人を中心に聞き込みますが、口が重い様であれば多少心付けをあげてもいいでしょう。私とマリアは馬車を止めてから、町の北部から、お二人は南部をお願いします」
本当に簡単な打ち合わせだったが、アルフレッドは出て行った。
マリアとガレオンにはもう少し言った方がいいと思ったが、向こうで話をするのは私かアルフレッド。だから、二人には最低限でもいいのか。良くないと思うけど。
馬車が動き出し、町の中に入っていった。