六十六話 護衛の予定
私がここにきて、三つの季節が巡ってきた。
毎日続けているアンナとの稽古だが、一向に成果が出ている気配がしない。
私に対しては容赦のない仕打ちは稽古だから、で済むものなのかと思うが、私もそれを望んでアンナと稽古しているのだから仕方ない。
そして、私にはまだ迷いがある。
ユリナとマサキに言われたことだ。
彼女たちは私を友達と呼ぶ、特にマサキの方がそうなのだが。
時間が経つにつれて、彼女たちが言っていたことが真実めいてきた。
ユリナとマサキは人前では服を脱がない。
特にマサキがその傾向が強い。
それに露出のある服を好まない。
いつもあの革の鎧を脱ごうとはしない。
どうしてなのか。
その疑問は偶然見てしまって解かれることになった。
ある日、レティシアにユリナを呼んでくるように頼まれたときのことだ。
何も考えずにユリナの部屋のドアを開けたら、まだユリナは着替えの途中で、上は裸だった。
背を向けていたので、そこで見てしまった。
帝国の紋章が背中にあるのを。
「何、見てんの」
「あ、いや……」
なんといったらいいのか分からず、言葉を濁してしまう。
「背中の、見たんでしょ?」
「……」
頷いていいのか分からずにいると、ユリナが先回りしてきた。
「隠すことないでしょ。奴隷として捕まっていた時に押された、焼き印よ」
「そんな……こと……」
あるわけがないと言いたいが、もう見てしまったのだから遅い。
否定できるわけがない。
否定できる要素として、ユリナが帝国の人間だったというところだが、その可能性が低いことを自分が一番よく分かっているせいでやりにくい。
「見られちゃったものだからいいけど、真咲のは見ないで上げて」
「何で?」
「決まってるでしょ、あの子の方が酷い事されたからよ」
どういうことだ。
意味が分からない。
「私の傷はまぁ、鞭打ちだけだったから、大きく痕になってない。よく見ると分かるんだけど。けど、真咲の体は背中だけじゃない。もっとされてる。遊び半分で傷つけて楽しんで、あの子は自分がもう人に見せれる体じゃないって泣いてるのも知らないで」
王国の人間がしていたことだ。
目を逸らしたい。
けど、勇者と言われた私は目をそらしてはいけない。
受け止めないといけない。
「真咲の体をもし見ることがあって、笑ったら、私があんたを殺すから。レティシアに止められても私が絶対に殺す」
「……ユリナは剣で私には届かないだろ」
「剣なんて必要ない。私にはそういう力がある。勇者の防具っていう反則級の異物を装備していないジェシカなんて、一秒で肉の塊に変えてやれるわよ?」
嘘を吐いていると思って、ユリナを見てみるが、その顔には絶対の自信と強い決意の瞳がある。
彼女たちのことについて私はまだよく分かってないかもしれない。
「分かった。マサキのは不用意に見ようとしない。それでいい?」
「いい子。レティシアにみたいに頭撫でてあげようか?」
いらないという風に背を向ける。
「レティシアが呼んでる。どうせ厄介ごとだろうけど」
名指しで呼ばれる。
それ自体、厄介ごとの類だ。
いい試しがない。
私は先に部屋から出て行った。
▼
集められた執務室には、私とユリナにマサキ、それとアンナとマリアがいた。
「あなたたちに一つ頼みごとがあるの」
そう切り出したのはレティシアだった。
「え、何々? お使い?」
「だったら、こんな大人数でいく必要ないでしょ」
「お使いは違うわね」
一枚の書状を読みながら、レティシアが告げる。
「私に護衛の依頼が来ているの」
どうして、こんな地方の男爵に頼るのか。
もっとちゃんとしたところの傭兵とかを雇った方がいいだろうに。
「それで、私はここを動けないでしょ? だから、ユリナ、マサキ、ジェシカ、それに引率でアンナ。あとは一応マリアも付けた、五人で行って欲しいのだけど、いいかしら?」
「レティシア様の命とあらば」
「お嬢様の命とあらば」
二人は言われた瞬間に同意している。
さすが、魔族の従者だ。
「危険なことがあるの?」
「危険があるかもしれないし、全く何もなく済むかもしれない。どっちになるかは私には分からないし、依頼した相手も分かってないわ。だから、念のために、護衛を連れて行こう、そう言う事じゃないかしら」
護衛というのはそういうものだ。
道中、そんなトラブルだらけでも困ってしまうのだが。
「依頼主は?」
「レザードね」
「どこに向かうの?」
「帝国よ」
「な、なぜ敵国になんか!」
私が声を荒げると、レティシアは涼しい目でこちらを見てきていた。
「商人だから、と言ってしまうのは簡単だけど、一つは帝国の情報を仕入れるため。そして、こちらの物を売りつつも、敵国の物を仕入れるため。だから馬車にも帝国の旗を掲げていくわ」
「そんなことが可能なわけ……」
「出来るから、こうした依頼がされてるわけ。それに帝国も王国もどっちも間者が入り込んでるから、手引きしてもらってるに決まってるじゃない」
そう言われるともう何も言えない。
確かにそうかもしれないけど、それは正しい行いなのか、どうか私には判断が付かない。
「ユリナとマサキは?」
「先にどうして私が呼ばれたのか質問」
「あなたたち、最近頑張ってるってアンナが言っていたの。だから、そろそろ実践が必要かと思ってね。あぁ、ジェシカも同じ理由よ」
確かに実践の機会が欲しいとは思っていた。
これはいいのか。
「はいはーい、アタシは行く! 帝国って見てみたいもの!」
「ちょ、そんな簡単に」
「いいじゃん、ゆりなも行くっしょ?」
「……真咲が行くなら、はぁ」
そうして、ユリナまで同意してしまった。
すごく迷惑そうで、舌打ちまでしてたけど。
マサキのことをあれだけ気にかけているユリナだから、マサキが行くと言えばついていくとは思っていたが、本当についていくとは思ってなかった。
それにしても、捕まっていた状況でマサキがユリナを庇うのは分かるが、どうして今そうなっているのか分からない。
年齢だってマサキの方が上だから、余計に混乱する。
「それでジェシカはどうするの? お留守番でもしてる?」
どうしようか考えていた。
けど、あの二人が行くのに私だけ残る選択肢はない。
「私も行く」
「決まりね。出発は十日後。各自、準備しておいてね」
私たちの返事はただの同意が欲しかっただけで、もう彼女は同じような内容でその商人と書状を交わしていたのだろう。
そうじゃなければ、こんなあっさりと決まるわけない。
「アンナとマリアの言う事を聞いて、楽しんでいらっしゃい」
ただの旅行、そんなものになるはずがない。
どうせ厄介ごとが舞い込んでくる。
誰かが私に囁くようにそんな予感だけはしていた。
謝辞
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