六十五話 暗躍する者
子爵の娘である私、マリューネ・フォン・モライアがなぜ男爵の家に行かなければいけないのか。
お父様が昔やらかしたことを王宮魔術師のアユム様がもみ消してくれたことがあり、それで頭が上がらないらしい。
そのせいでまだ成人して嫁ぎ先が決まってない私に白羽の矢が立った。
正直、使用人としていくのは不満しかない。
なんで自分よりも身分の低い相手に頭を下げないといけないのか。
そもそも私が使用人として働くこと自体が間違っている。
もっと低い身分の奴にやらせたらいいのに。
アユム様が交換条件として、良い嫁ぎ先の候補を実家の方に送ってくれるということさえなければ私は絶対に首を縦に振らなかっただろう。
馬車にはあと二人乗っている。
ムカルツ家の四女、カーリー・フォン・ムカルツ。
ヒデムル家の五女、リリーア・フォン・ヒデムル。
どちらも男爵で私よりも下。
今もこうしてずっと辛気臭い顔を下げたまま上げようともしない。
彼女の家もどうせ何か親がやらかしたのをどこかの誰かに尻拭いしてもらった借りを返すためにこうして出されたのだろう。
もう、戻れるのか分からないけど。
私にしてみたら、こんな命令簡単に済む。
さっさと終わらせて、アユム様が選んだ、素敵な相手と結ばれる。
それしか私の中になかった。
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連れてこられた屋敷は、思ったよりも大きかったが、自分の屋敷に比べたら小さい。
それに何よりも気になるのは、屋敷にの庭に隣接するように果てが分からない大きな農場があること。
貴族で、屋敷の隣に農場を置くなんて考えられない。
ここに住んでいる男爵は頭がおかしいに違いない。
そう思って、馬車から降りたが、そこに待っていたのは高身長で精悍な顔つきな老紳士。
立ち姿だけで、その品の良さを感じられる。
最初に降りようとする私の手を取る老紳士に思わず、目を奪われてしまう。
「ようこそ、レティシアお嬢様が治めるフィリーツ領にお越しいただいた。足元にご注意を」
その完璧な立ち振る舞いに、エスコート。
今までダンスパーティーやお茶会の際に様々な男性にしてもらったが、これほど美しくされたことはなかった。
私に続く、二人はそもそもエスコートされるという経験がないのか、手を取られるのも戸惑ってるようだし、ここの主人はともかく、使用人たちは立派な人たちが働いているのではないか。
しかし、アユム様には、使用人がいないと言う事でこちらに来たのだけど、いるではないか。
どういうことだ。
情報と違っている。
確かめた方がいいとは思うが、ここに来るのに王都からそれなりの日数がかかっている。
アユム様から連絡用に使いの鳥を飛ばすとは言っていたが、それもまだない。
確認する手段がないから、とりあえずは心の中に留めておこう。
それよりも今は領主さまへの挨拶が先だ。
一応、話には聞いている。
けど、俄かには信じられない。
だから、自分の目で見て確かめておく必要がある。
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屋敷に着て八日。
屋敷に来た直後ぐらいのタイミングであてがわれた部屋に魔石を使った通信装置が届けられた。
どういう理屈で動いているのか分からないけど、これを使えと言われているのであれば、使うしかない。
調査の方は順調で、大した情報ではなかったかもしれないけどアユム様に二度お渡ししたし、十分だろう。
そして、今日もまた領主さまの執務室の掃除を任されたので、遠慮なく詮索させてもらっている。
来たばっかの人にここまで任しちゃうなんて、間抜けな領主さまだと思う。
机の引き出しを開けたら、色々な書類が見つかる。
本当に間抜けだ。
取引の記録に関する書類を抜き取り、服の中にしまう。
それにしても、それなりにお金を持ってそう。
今度探してみてもいいかもしれない。
そんな甘いことを考えながら、一日の業務を終えて、部屋に帰る。
さて、アユム様に書類を送らないと。
装置を起動させた。
「それをそのまま送られると困るのよね」
背後。
肩を掴まれて、耳元で囁かれた。
恐怖で声が出ない。
「あら、どうしたの? 体が震えているわよ? 体調が悪いのかしら?」
「れれ、れ、れ」
震えて上手く話せない。
どうして、どこから?
分からなくて、考えられない。
「あら、怖がることはないわよ? 何もあなたを殺そう、なんて物騒なことは思ってないのだから、ね?」
逃げたい。
けど、足が、腰が抜けてしまって動けない。
殺される。
嫌だ、怖い。
私はただ頼まれてやっていただけなのに。
なんで、殺されないといけないんだ。
「けどね、王国のことを良く思ってない子がいて、私たちを裏切るあなたが許せなくて、八つ裂きにしたいって子もいるのよ? 怖いわよね」
動きたいのに、動けない。
後ろにいる人物が抑えつけているわけではない。
ただ、優しく私の背を撫でているだけ。
「それは何かしら? どこに送ろうとしていたの?」
恐怖で歯が鳴るだけで上手く喋れない。
「それとも、やっぱりしゃべらないなら八つ裂きにされたい?」
あくまで優しく、耳元で囁かれる。
目を閉じて、首を横に振る。
まだ死にたくない。
「もう一度聞いてあげる。それは何かしら? どこに送ろうとしていたの?」
口を開かなきゃ。
そうしないと殺される。
「あ、あゆ、む、様……です……ここ、これ、は、その、物送れる、もので」
初めて言葉を発した子供のように上手く話せなかった。
どうしたらいいのか悩んでいると、耳元で囁く声が楽しそうなものに変わる。
「アユムのね。それはそれは楽しそうなものね。ねぇ、マリューネ。このまま、アユムの言いなりを続けるなら、私達はあなたを処分しなきゃいけないの」
処分と聞いて、一気に汗が噴き出す。
自然と息が上がってしまう。
「最初はやっぱり拷問かしらね。勝手に家の中を荒らしたネズミなのだから、徹底的に、生きるのが地獄だと思うほどいたぶらないといけないわね。けど、安心していいわよ。ちゃんと両親の元には人の姿を保った状態で返してあげるわよ?」
ただの脅しだと決めつけられる。
けど、この言葉の冷たさは何。
この人はやると決めたらきっとやる。
私がいくら訴えても、この人はやめない。
止まらない。
「ど、どしたら……」
「私の物になりなさい。私がアユムに送るものを選んであげるから、それを送りなさいね」
「い、命だけは……どうか、どうか」
「ええ、いい子にしていたら、拷問も何もないから安心して大丈夫よ。衣食住も保証してあげるわ」
もう、私に道はない。
アユム様に逆らっても、助かるにはこれしかない。
それに私は絶対の服従も敬愛しているわけじゃない。
ただ、実家のせいでこんなところに連れてこられて、嫁ぎ先だってまだ確約されたとは言えない。
だったら、良いじゃないか。
「します、しますから、どうか」
「いい子ね」
一度、頭を撫でられた後に、背中から手が伸びて私が送るはずだった書類がとられる。
そして、別のものが置かれた。
「それを今日は送っておきなさい」
そして、背中から気配が離れる。
廊下に繋がるドアに向かって歩いていく音が聞こえていたが、途中で止まった。
「あと、下着と服、取り換えておいた方がいいわよ?」
何を言われているか理解が出来ず、下を向く。
そこには知らない間に大きな水たまりを作っていた。
「これからもよろしくね、マリューネ」
そう言って部屋を出て行ってしまった。
部屋から圧が消えて、体が脱力した。
そして、一気に震えがきて、動けない。
怖かった。
本当に殺されるかと思った。
しばらくの間、私はその場から動くことが出来なかった。
謝辞
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