六十三話 集結、女子会メンバー
人が落ち込んでいるときというのは基本一人にしておくべきものだと私は思う。
そこから回復したのを見て、気分が乗るようにするものではないか。
私があの忌々しい魔族の屋敷に連れてこられて、用意された部屋で膝を抱えてどれだけ経ったのか分からない。
けど、来てからしばらくした後に部屋に入ってきたのは私に負けた二人。
一人はベッドに腰掛けて、もう一人は備え付けの机から椅子を引っ張ってきて座っている。
何がしたいのか理解が出来ない。
私が何も言わないで、放置していてもただ座っているだけ。
それがどれだけ続いたのか分からない。
けど、徐々に居心地が悪くなってきたのは私の方だ。
顔を上げようとしたところで、
「菓子が焼きあがりましたので、お持ちしました」
「あ、アルフレッドさん、ありがとうございます!」
知らない男性が入ってきて、菓子を机に置いていく。
そして、紅茶を入れると出て行ってしまった。
焼き菓子からいい匂いが部屋の中を満たしていく。
匂いに釣られるように鼻が動く。
落ち込んでいたはずなのに、こんな事で釣られてしまうなんて情けない。
だから、あんな似非勇者に負けるんだ。
「ねね」
声をかけられる。
どういう神経していたら、こんな不躾に声がかけられるのか。
この女、品性というものがないのか。
「おーい」
いい加減、我慢が来たので文句の一つも言ってやろうと顔を上げた。
「だから、あんたた――」
口の中に焼き菓子が突っ込まれて、かみ砕いてしまった。
甘い味が口の中に広がる。
サクサクとしていて、美味しい。
王城でも焼き菓子は食べたが、それとはまた違った味がする。
腹を立てていたはずなのに、焼き菓子を食べただけでこうも落ち着いてしまう自分が嫌になる。
「落ち込むのも、何か食べてからにした方がいい」
椅子に座って焼き菓子を摘まんでいる少女がそう言う。
私に対しては特に興味が無さそうに虚ろな瞳をこちらに向けてきていた。
「空腹だと基本ネガティブな思考になるんだって、そこのあんたに菓子口に突っ込んだ奴が言ってた。ネガティブって分かる?」
それが何を意味するかよく分かってないが、良くない意味なのは理解出来る。
机の上に置いてある焼き菓子に手を伸ばして、もう一枚もらう。
「アタシ、あんまお茶とか詳しくないんだけど、アルフレッドさんが淹れる紅茶ってむっちゃ美味しいんだよね、飲んで飲んで」
黒髪で左右の瞳がおかしいほど違う女性にお茶を勧められるまま口にする。
美味しい。
紅茶の良し悪しなど、育ちが農村である私にとっては分からないのだけど、これは美味しいと思う。
焼き菓子と合っていて、お互いが味の良さを出していて、菓子に紅茶に手が進んでしまう。
そうして、飲み食いしていると、黒髪の女性はニヤニヤとしていた。
そして、自分の分だと思われる皿に盛られていた焼き菓子がほとんどなくなっていることに気が付いた。
「遠慮しないでいいよ。レティにも許可取ってあるし」
「レティ?」
「ここの領主であり、男爵。そして、あんたが憎んでいる魔族よ」
「そんなのに……!」
「そんなのに手も届かなかったのがあんたなんだけどね」
「もう! ゆりな! 喧嘩しに来たんじゃないんだから!」
「分かってるわよ……それくらい」
この二人がどういう関係か分からない。
けど、魔族ではなくて人間がどうしてこんな屋敷にいるのだろう。
「あなたたち、もしかしてここの魔族に囚われて……?」
そうであれば、勇者である私が助けないといけない。
今は武器も防具も奪われてしまったけど、それでもこの心まではまだ奪われていない。
「違う。自分から望んでここにいる」
「なっ!? ここは魔族の領土だ! なんでそんなところに……!」
「私はあんたたち、この国を信用していない。それよりも信用できるからここにいる。それだけ」
国よりも信用できるとはどういうことだ。
意味が分からない。
「それに私はあんたのことを信用していない。王城の研究施設と繋がってるから」
「どういうことだ?」
「あー……アタシたち、もともとは王城の研究施設にいたっぽいんだよね。そんでまぁ、酷い事されて、奴隷? にされて、助けられて、ここにいるわけ」
「奴隷……?」
確か奴隷は禁止されているはず。
それがどうして、ここの二人がそんなことになる事態になったのか。
「私たちだけじゃない。隣の屋敷にいる子たちの半分ぐらいはその時助けられた子たち。あと残りは捨て子。孤児なんて言ってるけど、言い方よ」
「な、そんな事あるわけない! 帝国にいたのではないか、お前たちが!」
「違う。王国が帝国に奴隷を売っていた」
そんなはずない。
そんなわけがない。
確かに城内では貴族たちの目に良くない光があったのは知っている。
けど、王宮魔術師のアユムがちゃんとその手綱を握っているはずだと思っていた。
「それに真咲が言葉を濁したけど、酷い事って私の舌や歯を抜いたり、真咲の眼を抉り取ったりしたことだから」
言葉を失う。
そんなことをするとは思ってなかった。
いまだに信じられない。
「そんな事……あるわけ」
「あったから言ってるんでしょ?」
「まま、ゆりなもこの子に当たってもしょうがないでしょ!」
「知ってるわ。けどね、言っておかなきゃいけないの」
「……何が?」
絞り出すようにそれだけ言う。
相手の顔が見えない。
怒りは感じる。
だけど、顔を上げることをためらってしまった。
「あんたの正義は薄っぺらい。自分で考えもしないで、王国の言う事、女神の言う事、そんな誰かの言う事だけ信じてかざす正義だから、アンナさんに大事な武器と防具を奪われるのよ」
「な――っ!」
「あんたの正義って何なのよ。使命が、とか、女神様が、とか言うな。自分の言葉で私に言ってみなよ」
「私の正義は……」
言葉が出てこなかった。
王宮魔術師の言う事を信じているわけではなかった。
彼女の言い分は女神様と言葉には違いがあった。
そして、彼女たちの境遇だ。
助け出されなかったら、彼女たちはここより異国。
そこで奴隷として使い捨てられていたことになる。
どうして、助けてくださらなかったのだろうか。
この人たちは悪ではない。
罪があるわけでもない。
それでも助けないわけがあるのだろうか。
「答えられないじゃん。だったら、もっと考えて答えを出しなよ」
「そうそう、レティと話しつけてたよ、一緒に来てたおっさんが!」
「モーリッツが?」
そんな名前の人、と黒髪の女性が答えた。
いつもモーリッツには迷惑ばかりかけていて、頭が上がらない。
また後で会った時にはしっかりとお礼を言おう。
「それであなたたちは何しにここに来たの? 私をそうやって言い負かすためだけじゃないんでしょ?」
「それはゆりなが勝手にしただけだから」
「言ってやらなきゃ気が済まなかっただけ」
いい性格している。
確かに私は考えなければいけない。
正義についてを。
それはきっと私が勇者になるために必要なことだろうから。
「それで何で?」
「もちろん、女子会!」
「女子……え?」
理解が追い付かなかった。
どういうことだ。
何をするための会だっていうんだ。
「同年代で話せる子って、ゆりなしかいなかったから、来てくれて嬉しいんだよねー」
「言っておくけど、全員同年代じゃないから、バラバラだから」
「細かいことは気にしない、気にしない! アルフレッドさんが用意してくれたお菓子もあることだし、やろうよ!」
「は、え?」
流れに全くついていけない。
何を言ってるのかも理解がしがたい。
「この子が突き進んだら止めるだけ無駄だし、効かないからあんたも付き合いなさい」
「え、どういう――」
「第一回レティシアの屋敷、女子会はっじめまーす! いえい!」
私に関係なく、勝手に事態は進行していっていた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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