六十一話 戦いの帰り道
「五百年前に魔王を討った勇者であり、そして、今魔族の王、あらゆる魔族を従える魔王アンナ・フォルネス・アンドレイオス、その人よ」
「――は?」
そう告げたジェシカは理解出来てない顔をしている。
そして、私の陣営にも理解出来てない人はいるのだけど。
「ねね、どういう事?」
「アンナさんが元勇者で魔王ってことでしょ」
「だから、なんで勇者が魔王になるのってこと」
「そう言うところなんでしょ」
マサキはちょっと頭が足りないところがあるけど、鋭いことを付いてくる。
勇者がなぜ魔王になっているのか。
それが問題である。
「アンナ・フォルネス・アンドレイオス……」
「吟遊詩人、伝説、王都に建てられている銅像で伝えられている魔王を討伐せし、勇者の名だな……」
ジェシカの後方、離れたところに立っている男、確か、モーリッツというおじさんがジェシカの言葉に付け加えるように解説してくれた。
実力だけなら、ジェシカって子よりも数段上そうね。
「私の……私のレーデヴァインを返してよ」
「あなたのことをレーデヴァインが主だと認めているなら、呼び戻せるんじゃないですか?」
アンナはジェシカに大して冷たい態度を取っているが、ほとんど八つ当たりだ。
昔の自分と重ねている。
私と知り合う前、国のため、人のため、世界のため、その身に勇者の装備を身に着けて、疑うことをせず、無垢のまま邁進していったかつての自分、と。
けど、それが悪いことではない。
世界がそうあって欲しいとは思う。
けど、そうはなっていなかった。
それだけの話だ。
「レーデヴァイン……来て、レーデヴァイン……来てよ! レーデヴァイン! なんで、来てくれないのよ……! お願いだから、来てよ……レーデヴァイン……」
最後の方は泣き崩れながら、自らの槍の名前を呼んでいたのだが、アンナの手から動く気配はなし。
ジェシカのことは見放されたとみるべきだろう。
アンナはそんな彼女のことを見下りたりせず、少しだけ悲しそうな目をして見つめていた。
「あなたにはこの子たちがただの武器にしか見えてないのね」
「……レーデヴァインは武器じゃない」
「その認識だから、見限られるんです。勇者の武器は、ただの武器じゃない。彼らには意思がある。もちろん、私の武器とあなたの武器では性格も違う」
槍を三度ほど回して、切っ先をジェシカの首先に向けた。
「それも分からないようなら、勇者失格です」
「――――」
ジェシカも何か言いたそうに口を開くが声が出ない。
そんなジェシカを見て、アンナは背を向けて、私たちの方に戻ってくる。
「これで折れたのなら、大人しく元居た場所に戻りなさい。私がこの子たちを上手く使ってあげるから」
私は影から外套を取り出して、ジェシカに投げつけておく。
「いいのかしら?」
「はい、もう用事は済みました。帰りましょう」
アンナは歩き出してしまった。
ユリナもそれに付いていってしまったが、マサキだけはどうしたらいいのか分からず、アンナの背とジェシカの方を交互に見つめている。
「ねね、レティ、本当にいいの?」
「どうして?」
「いや、だって、あのまま置いていくって」
「じゃあ、マサキはどうしたいのかしら?」
「どうしたいって……さすがに可哀そうじゃん」
可哀そうって、その相手にあなた負けたのよって言いそうになったがやめた。
マサキにとってはもうそれは関係ないことなのだろう。
この子は他人に対して妙に肩入れする。
ユリナはこっちに来ての出来事もあってか、冷たいところもあるが、それでも優しい性格をしている。
二ホン人というのは私たちとはまた違った価値観や考え方をしている。
まぁ、せっかく来た勇者だ。
マサキの意を汲んであげるのもいいだろう。
「もし、まだ折れてないのなら、そこの人と一緒にこの村の奥にある私の屋敷まで来なさい」
そうして、私はマサキを連れて、その場を離れた。
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「良かったのかな」
「何がかしら?」
屋敷への帰り道、マサキが話しかけてくる。
「ちゃんと私は声をかけておいたし、屋敷に来たら今後のことはしっかりとしてあげるつもりだけど、それでもまだ足りないのかしら?」
「そうじゃなくて! 勇者のこととか」
口を尖らせて、すねた表情をしている。
年齢の割に幼い表情が多い。
「てかさ、よく考えたら私たちの力もその女神様っていうのの一部なんでしょ? じゃあ、私達もアンナさんに恨まれてるしてるっぽいのかな?」
「アンナが憎く思ってるのは、あくまで女神よ。むしろ、あの子はあなたたちみたいに無理やり力を与えられることに涙してるはずよ。そして、そんなことをする女神をまた憎む」
魔族ではあるアンナだが、彼女は私たちとは出自に大きな違いがある。
だから、考え方も違っている。
私と従者たちでも、微妙に違っているのもそれぞれの出自がバラバラなところにあるせいだ。
「え、じゃあ、もしかして、もしかしてさ、最終目標みたいなのって女神様倒しちゃう系だったり……?」
「私たちでは無理ね。いえ、私たちの力だけでは無理」
きっぱりと言い切る。
分かり切っていることだから、微塵も可能性を提示しない。
私が言い切ったのが、珍しく、マサキが驚いていた。
「意外。レティがそんな言うなんて。え、じゃあ、いつも何か調べてたりするのは何なの?」
「別に、私が興味を引いたものを調べているだけで、そこに意味はないわよ」
そう、この世界には私が興味を引くものが多い。
魔界だと、そう言う研究や興味を引く出来事が少なかったせいもある。
人間界は日々、変化していて、いつも何か新しいものが発見されていた。
魔術も自然界の現象、生物について。
他にも数多くあれど、どれも私の興味を引き、知的探求心を刺激された。
「じゃあさ、さっき言ってた、私たちの力では無理ってどういう事?」
「そのままの意味よ。それに、私たちの力だけでは、よ。正確にはこの世界の中で生きる、この世界のルールの中で生きている者たちには到達不可能、倒すのなんて無理ってこと」
マサキの頭が傾く。
よく理解出来てないってことをこれほど分かりやすく伝わってくるんだなとマサキを見て思った。
「女神ってのは、私達とは違う次元にいるの。だから、そこに届かせようと手を伸ばしても、私たちの世界のルールでは、私たちの世界を破ることはできないの。けど、私達には出来ないけど、出来る人たちもいるのよ?」
「誰? 誰?」
「あなたたち、異世界人よ」
「へぇー……へ?」
ユリナならすぐに察してくれるんだろうが、マサキだとこの反応もさもありなん。
「あなたたちの力はこの世界のルールとは違う。いえ、ルール外の物よ」
「じゃあ、私たちの力があれば倒せるってこと? あれ、でも、レティってここに来る人たちを来させないようにしたいんだよね?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、倒すの無理っぽくない?」
「ええ、無理な話ね」
「じゃあ、じゃあ、どういう事?!」
「そのままよ、アンナは憎んでいるけど、倒すのを目的にしてないってことだけ」
マサキの頭が左右に振れる。
従者たちとは違って、本当にコロコロと表情が変わって面白い。
「じゃあ、アンナさんは何を目的にさっきみたいなことしたの?」
「さぁ、どうしたいのかしらね。本人に直接聞いてみたら?」
「教えてくれるわけないじゃん!」
他人にほいほい言うタイプじゃない。
マサキが聞いたところで答えないだろうが。
「教えてくれるわけないじゃん」
それを本人も分かっているらしい。
「私も、従者たちも、あなたもユリナもこの村の人も、それぞれ目的があるのよ。生きていく上で大切だから」
「んー……まぁ、そう言うものかな」
「そう言うものよ」
マサキは納得していない感があるけど、それでも歩みを止めることはなかった。
アンナには目的がある。
そして、ユリナや村の人たちの目的をもって生きている。
それがどこを向くのか分からない。
別の方向、同じ方向、こちらとぶつかる方向。
それは進んでみないと分からない。
マサキはまだ目的がないようだけど、それが決まったら教えて欲しいと心の中で思う。
勇者ジェシカは屋敷に来るか。
来るだろう。
あのモーリッツという男であれば、尋ねてくるだろう。
宿もないこの村のことだから、頼れるのは私の屋敷しかない。
まだまだ今日は終わりそうにない。
謝辞
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