五十八話 天と地ほどある実力の差
「私は斎藤ゆりな。あんたで私の実力を測らせてもらう」
「女神様に選ばれし勇者ジェシカ・フィール・フォード。一瞬で終わらせてあげる」
私も相手も構える。
合図は似付かわしくない緊張感の欠けた掛け声だった。
「勝負は、どちらかの体に一発当てたら終わりよ。はーい、始め」
ジェシカといったか、短く切り揃えられた金髪が風に揺れたと思ったら、姿が消えた。
早い。
後ろを向いて、盾を構えると、重い衝撃がして手が痺れる。
「一瞬、だったか?」
「これで倒れてくれれば良かったものを」
正直、勘だった。
アンナさんもよく後ろに回り込むというか、死角に回り込もうとしてくるから、もしかしたらがあった。
盾を払うと、ジェシカは後ろに跳んだ。
そんな事を匂わせないように、口だけで笑みを作る。
「その上からの言い方、ムカつく」
一瞬で姿が消えたカラクリが分からない。
アンナさんたちのように肉体だけで消えたように移動するのは不可能なはず。
それが出来るなら、私はジェシカを人扱いしない。
そんな魔族と一緒の力を持つのは人外のすることだ。
「ユリナもマサキも力使ったら、反則行為として負けにするからね」
レティシアは勝手にこっちに枷をはめてくる。
相手のあの動きは絶対に神造兵装って奴に違いない。
私は何にも持ってないのに、あんなデタラメな力を使うのは反則だと思うんだけど、レティシアは何も咎めない当たり、ありなんだろう。
卑怯臭い。
私の力は神様からの授かりものによるものが大きい。
素の力なんて、アンナさんに鍛えてもらったこの実戦形式の稽古だけ。
ボコボコにされるようにセットするのはどうかと思う。
「力って?」
「さぁ、何のこと? あんたさぁ、王都から来たの?」
私が質問に答えないで、逆に聞き返すとあからさまに不愉快そうな態度を取ってきた。
「そうだ」
「じゃあ、王都で異世界人にしていることを知ってるか?」
首を傾げて、「イセカイジン?」と異国の言葉のように返されてしまった。
演技の可能性もあるが、私から見てこの女はそう言う事が得意な方ではないだろう。
「勇者のくせに何も知らないんだな」
そう言って、私が盾を体の前に構えながら走り込む。
槍と剣なんて飛び道具や、アンナさんみたいな超スピードがない限り、剣が圧倒的に不利だ。
突っ込むのは愚策だと思う。
ただ、飛び道具なし、超スピードで回り込めない、おまけに相手は超スピードで私を好きに攻撃できる。そして、私がそれに全く対応できていない。
受け身になった時点で勝機はゼロだ。
だから、前に行く。
ジェシカが勢いよく槍を回して、円運動を利用して、穂先で器用に地面をえぐる。
「そこが私の間合いだ。一歩でも踏み込めば容赦はしない」
私の安い挑発に怒っているのか、言葉に怒気が含まれている。
私ではこいつには勝てそうにない。
けど、まだ勝敗はついていない。
いつでも勝てると思いあがってるなら、この時間を最大活用してやろう。
「親切にどうも。なーんにも知らない、誰も救えない勇者様」
私の挑発に乗らないように目を伏しているが、それ以上に体は素直。
さっきから体に力が入っているのが目に見えて分かる。
「あんたがそこの魔族を殺したって、誰も救えないから。むしろ、この領に住んでいる人たちを困らせる行為だから、それ分かってるの?」
「魔族がいるのがそもそも間違いだ」
「そのままアユムに文句言ってから出直すんだな。レティシアたちがここにいるのはアユムと従属の契約って奴をしてるせいだし」
「あれを殺してから文句は言うさ」
力さえ使えたら、この間合いからあいつを地面に跪かせることが出来るのに。
「王都の貴族共を信用しているの? はっ、あいつらは知ってるよ。特に黒いことをしている奴らならまず間違いなく」
それがどれだけの人数いるのかなんて知ったことではない。
けど、こういう貴族社会というのは一枚岩ではない、というのが定番なはず。
「王都のことはここでのことが済んだ後だ。私は女神様からの使命である、魔族を、魔王を滅ぼす。それだけのことだ」
今、こいつはなんと言っただろうか。
女神だと。
ふざけるな。
「あんたが魔族を滅ぼす前に私が女神を神から降ろして、この神様からの授かりもので殺してやりたいわ。あんな信仰する価値もなくて、私たちにこんなものを押し付けてきたせいで、私たちはこんな目に合ったんだから」
「汚い言葉遣いには目を瞑ろう。しかし、女神様への侮辱、今すぐに取り消せ」
「嫌よ。あんなの信仰している勇者様」
「貴様あああああああああああ!!」
顔を真っ赤にして相手がかけてくるが、さっきみたいに消えたりしない。
しかし、槍を回して、遠心力を付けた柄を力の限り、こちらに打ち付けようとしてきた。
盾で受けるが、槍は盾の形状に沿うようにして滑っていく。そして、槍を振り切り、ジェシカの体勢が崩れる。
チャンスだと思って踏み込もうとした時、石突がこちらに延びてきたので慌てて盾で弾く。
そんなことも出来るのか。
出鼻をくじかれたのと、思わぬ一撃のせいで弾く力を制御できていなかった。
それに比べて、相手は弾かれても、冷静だ。
弾かれるのを想定していたように。
くるりと弾かれた槍を回したと思えば、両手で柄を掴み、腋を締める。
横に薙ぐつもりだ。
防御は間に合わない。
だから、最後は笑っておいた。
次に感じたのは、横っ腹に強い衝撃。
「勇者ジェシカの勝ちね。ジェシカ、連戦でいいかしら?」
謝辞
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