五十七話 対勇者
王都を出発してから、長い長い道のりだった。
王宮魔術師であるアユム様には様々な助言を頂いたのだが、それはどれも陛下からのお言葉であり、国のために尽くさないといけないもの。
しかし、私には私の使命がある。
女神様から授かりし、崇高な使命だ。
国よりも女神様のことを勇者である私は重視する旨をアユム様に伝えれば、構わない、と。
その過程で、陛下から頼まれたことを終えてくれるのであれば上々である、と。
ただ、旅のお供に稽古の師である、モーリッツ・フォン・リルダーを連れて行くように言われたのは意外だった。
彼は指南役として、有名であり、重宝されているお方。
長年国に従事していたこともあり、年齢は私の父親よりも上である。短く刈り上げた髪に切り揃えた髭。そして、高い身長に鍛え上げられた肉体は鋼のよう。焼けた肌に強面の顔をしているのだが、よく笑うせいか、私の中では怖さはない。
そんな人を私の供に選ぶとは思ってもいなかった。
旅の途中も彼との稽古は欠かさない。
勇者の使命を授かってから、すぐに王都に行き、彼とは稽古をしていた。
もう私にとってはすることが当たり前であり、それをしないと始まらないことでもある。
平和な旅だった。
物取りや、魔物を警戒はしていたが、襲われることはなかった。
これも女神様から授かった、この防具一式に槍のおかげだろうか。
まぁ、物取りは分からないが、魔物はきっとそうだろう。
私の槍に恐れをなして出てこなかったのだ。
ただ、魔物の気配とは別に魔の気配は王都にいる時からずっと感じていた。
その道をひたすらモーリッツと二人進んでいく。
フィリーツ領に入り、そろそろ村が見えてくるところで急に魔の気配が強くなる。
槍に手を添えて、森の終わり、そして、村との境界まで来た時、彼女たちに遭遇した。
最初は理解が出来なかった。
魔物ではない、あれは魔族だ。
滅んだはずの魔族がここにいる。
「どうして、魔族がここにいる! 今すぐにそこの女性を解放しろ!」
気が付いたら、そう叫んでいたのだが、言われた黒髪の女性はきょとんとしていた。
「マサキ、あなたのことじゃないのかしら?」
「だな。ユリナは小さくて見えなかったみたいだな」
長身の男は喉を鳴らして、黒髪の女性、マサキと呼ばれた人の陰から一人の少女が姿を現した。
まだ人間の女の子が出てきたと思うのだが、なんだか妙な気配がする。
微かに長身の男や銀髪の女とかと一緒の魔の気配。
いったいどういう事だろうか。
「貴様、魔族との子か?」
「は?」
睨みつけるような、不機嫌さを隠さない鋭い目つきをこちらに向ける。
やはり魔族ではないのか、そう思っていると銀髪の女が何かを思い出したように声を上げた。
「あぁ、ユリナ、あなたの歯とか舌を再生するときに、私のを使ったじゃない? だから、混じったのかもしれないわね」
「えぇ……それちゃんと抜けるの?」
「抜けるんじゃないかしら? 時間が経てば」
「信用性がないじゃん」
こっちを無視して、意味不明な話をしている彼らだが、長身の男と栗色の髪の女性、それに銀髪の少女、これらは私に対して警戒を一切解いてない。
「ここでやり合うのはあまりよろしくないか、と」
モーリッツに耳打ちされて、足を一歩下げようとしたが、その動作だけで三人はこちらの動きに合わせて目が動く。
下手に動けない。
「それであなたは誰なのかしら?」
「貴様こそ、魔族がどうしてここにいるのかと聞いているんだ」
銀髪の女性が他の人たちに目配りをしている。
どういう合図なのか。
まさかこっちを一斉に襲うタイミングを送っていたのだろうかと、思わず身構えてしまう。
しかし、彼女はドレスの裾を摘まんで小さく礼をする。
「聖リザレイション王国アンダート陛下よりフィリーツ領を任せられたレティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレット。爵位は男爵、以降お見知りおきを」
「なっ!」
声が出てしまった。
信じられない。
何を考えているのだ。
魔族を領主にするなんて。
「どういうことだっ!」
「どうもこうも、私は王宮魔術師アユム・レイエル・ナカハラと従属の契約を結んで、ここを任されてるのよ? あなたそんなことも聞かないでここに来たの?」
銀髪の女、レティシアが私に呆れた顔を向けてきた。
「元の領主を殺して、入れ替わったのか、貴様」
私がそう言うと、マサキという女性が笑いだすと、長身の男も釣られて笑いだす。
「レティ、全然信じられてないし」
「私が悪いわけじゃないでしょ? 勇者ってこんなのだったかしら、アンナ」
「女神様の言葉が全てなのでしょう」
アンナと呼ばれた栗色の髪の女の物言いはどこか棘がある。
まるで女神様を恨んでいるかのように。
彼女も魔族であるはずなのに、どこか違う気配がする。
なぜだろう。
けど、許せないこともある。
「貴様、女神様を愚弄するか」
槍の穂先をアンナという女性に向ける。
「ジェシカ!」
モーリッツに名前を呼ばれたが、これは許すことが出来ない。
「ええ、そのつもりで言ったけど?」
「貴様……!」
鼻で笑って、馬鹿にしたように口を歪めた笑みまで浮かべている。
「許さない……! 魔族の分際で女神様を……!」
安い挑発なのは分かってる。
だけど、これを許しておくわけにはいかない。
「女神の下僕に私が負けるわけないでしょ?」
「下僕じゃない! 使徒だ! どこまで愚弄すれば気が済むんだ!」
「アンナ、止めてあげなさい」
レティシアがそう言うと、アンナは後ろに下がり、さっきまでの雰囲気は一気に消えた。
「アンナさんでもあーゆーことあるんだね」
「あるでしょ、長生きしてるっぽいし」
「それでその刃は収めてくれるのかしら?」
「いいや、そこの女を叩き切る」
挑発してきたのはあっちだ。
なら、受けて立ってやる。
「相手にしてあげてもいい。けど、その前にこの二人を倒しちゃって」
「は?」
「え?」
そうして、マサキとユリナと呼ばれていた女二人が、アンナに背中を押されて前に出される。
「私だけでは稽古の成果も分かりにくいでしょう。そこの自称勇者にでもボコボコにされて、自分たちの実力を知るいい機会です」
「ちょ、私たちが負けるの確定?!」
「なめられてる」
「そうですね、天が味方したら、針に糸を通す、いえ、森で豆粒を探すぐらいの確率で勝てるんじゃないんですか?」
「……それ、ほぼゼロって言ってるもんじゃない?」
「ねぇ、あれを倒せばどれぐらい強くなったって言えるの?」
あれと言われて指差されて、不快感が強まる。
「そうですね、一対一であるなら王国の近衛にも勝てるぐらいでしょう」
「それって強いの?」
「王国でも随一」
「なら、やる」
「えー……ゆりな、めっちゃやる気じゃん」
「やる気がなくても、マサキにもやってもらいますから」
そうして、アンナが私に視線を向ける。
「そう言うわけで、先にこの二人を倒したら私が相手しましょう」
なめている。
そこの女二人が私に勝てるはずもない。
「いいだろう。相手にならないだろうがな」
そう言うと、先に前に出てきたのは私よりも年下の女性、ユリナだったか。
彼女が剣を抜き、円形のシールドを手に持つ。
「私は斎藤ゆりな。あんたで私の実力を測らせてもらう」
「女神様に選ばれし勇者ジェシカ・フィール・フォード。一瞬で終わらせてあげる」
謝辞
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