五十六話 勇者来訪
一年間、特に変わったことがなかった。
これだけ聞けば、平和でいい。
それ以前が忙し過ぎたというのもある。
この領も人が増えた。
最初は数えるほどの家族しかいなかったのに、今では十数名にまで増えるし、鍛冶師とか変わった職人も住み着くようになった。
畑の管理も最初はそれぞれにやらせていたのだが、今ではレティシア様が管理するようになり、村人たちを雇う形で上手く活用している。
そして、子供たちも成長して、どんどん知恵を身につけて行っているし、レティシア様を師事しているサリーとソーニャもすっかりとお嬢様の代わりに商人たちとやり合えるようになってきているが、サリーだけは早くレザード様と相手させろと迫っているのだが、生憎商品がない。
ただ、そんな順調に回る村の中でも一つ問題が起きている。
レティシア様が孤児を育てているというのが、どこからか分からないがあのアユムに伝わってしまった。
そのせいで捨て子や遺児が送られてきたりする。
最初に拾ってきた子供たちが成長して、下の子を面倒を見てくれたりするので、少しばかり手間が減っているが、一人で回してくれているリニアには頭が下がる。
マサキも面倒を見ているのだが、マサキがいても、この子はとにかく子供たちと一緒に遊んだり、走り回ったりと賑やかになる。マサキ自身社交性があり、分け隔てなく接するタイプの人間のおかげで、そこで差別が起きたりしない。
それにマサキもしっかりと怒る時は、怒る。
大事な躾だ。
私たち従者も以前より忙しく過ごしている。
それがいいことなのか悪いことなのか。
何もなくただ生活しているだけなら、それはきっといいことなのだろう。
火の季節を終わりを感じる、涼しい風が私の頬を撫でていく。
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「ガレオンさーん、ガレオンさーん!」
ようやく見つけたガレオンさんは、村の端の方で一人寝ていた。
マリアさんにどこかで仕事をさぼっている、あの筋肉頭を見つけてきてくださいとちょっと切れ気味な口調で言われたので、ゆりなと一緒に探していてようやく見つけれたところだ。
「……あ?」
半目だけ開けてこちらを見つけるけど、起き上がる気配がない。
「どうしたんだよ、なんか用か?」
「マリアさんがガレオンさんを見つけて来いってキレ気味に言っていたので、探していただけですよ」
「ほっとけ、ほっとけ。あの人形はいつもあんなんだからな」
マリアさんのことを人形だというがどこら辺を見て人形なのだろうか。
そんなことを考えると、ジッとこちらを注視するようなガレオンさんの視線を感じた。
「お前ら、その恰好、何だ?」
「あ、これ? えへへ、作ってもらったんですよ」
初めて聞かれて、嬉しくてつい笑顔になってしまった。
アンナさんの稽古の時にしか付けない防具。
二年間真面目にアンナさんに指導してもらって、二人してボコボコにされながらだけど、最近ようやく少しばかり形になりつつある、アタシたちの成果。
この防具はこれからはアンナさんが真剣を使うから、念のため、一応あった方がいいという理由で作ってもらったアタシたちの大切な防具だ。
飛竜っていう魔物の鱗で作られたベスト、その下にはレティが持っていた希少な金属で作られたシャツみたいなやつ。グローブまで作ってもらって、そっちにも飛竜の鱗。
下もしっかりしたもので、ジーパンみたいに見えるけど、動きやすさ重視でゆったりしていて、こちらには鯨の革が使ってあるとか。靴にもこだわりというか、足先を守るように薄い金属で覆われていたりと素材はまた鯨の革なのだが丈夫らしい。
けど、鯨ってアタシの知ってるのだとこんなにも丈夫な皮だったかと思うけど、こちらの鯨が空を飛んでるように名前だけ一緒で実際の生物としては別物だと考えた方が良さそう。
「似合ってる? 似合ってます?」
そう聞いてみるけど、すぐに顔を逸らされてしまう。
「知らねぇよ」
「ちゃんとそう言うの答えてくれないと、モテませんよー?」
アタシがそう言ってみるけど、ガレオンさんはもう興味はないようでそっぽを向いてしまっているし、何なら二度寝に入ろうとしている。
「ちょ、ちょっと、ガレオンさん! 起きてください!」
「そうですよ、起きないと神様からの授かりもの使いますよ」
「めんどくせーな……」
舌打ちして、頭をかきながら起き上がる。
「あら、三人とも、こんなところでどうしたのかしら?」
そう言ってやってきたのはレティとアンナさんだった。
訓練は終わりって言われたのに、どうしてだろうと思った。
「お嬢こそ、どうしてこんなところに来てんだよ。サボりか?」
「ガレオン、あなたじゃあるまいし……」
「知らない気配が村に入ってきてるのを感じて確認しに来たのよ」
どういうことなのかさっぱり分からない。
「敵か?」
そして、ガレオンさんは楽しそうに笑みを深くする。
「どうなのかしらね、見てみないと分からないわ」
「レティ何で誰が来たのか分かるの? 見えてるの?」
「見えてはないわ。村を囲うように精霊たちを使った動物避けみたいなのを置いてあるのよ。だから、誰かが来たら私に伝わるのだけど、なんだか今日は私への伝え方? 伝わり方が変でね。様子を見に来たのよ」
精霊ってそんな風にも使えるんだと思った。
今、アタシは精霊を人前で使う事、全ての作業での精霊への助力を禁止されている。
まだアタシが未熟で扱い切れないのが理由らしい。
「えっと、それじゃあ、アタシたち逃げた方がいいんじゃない?」
「もう遅いと思う」
「ええ、ユリナの言う通り、もう今更よ。それに私にはここで退けない理由があるわ」
ユリナに言われて、同意されてしまった。
「え、別にここなら村の端だし、大丈夫じゃない?」
「村の端でも、村は村でしょ? だったら、ダメよ。私は退けない」
意固地になっているような気がする。
ゆりなの方を見ると呆れたように息を吐いた。
「領民を守る。領民の財産も守る。それが領主である私の役目だもの」
レティって真面目だなって思う。
そう言うのは自分で動かなくても、他に任せられる人に頼んで自分は屋敷にいればいいのに、そうしない。
別段レティと一緒にいる人たちが優秀だ。それぞれに適性の違いはあるものの、何でもできてしまう印象がある。
それでもこうして出てくると言う事は何か大変な事態なのかもしれない。
「そろそろ来るわよ」
そうして、現れたのは綺麗な純白の胸当て、他にも白を基調にしたスカート、ブーツに手甲。頭を守るための額当てみたいなのして、その手には複雑な彫刻が施されていて、ところどころに金が使用しているのか光っている豪華そうな槍を携えた女だった。
身長はアタシと同じぐらいで、光の粒子でも振り撒いているのかというぐらい美しい金髪に、空色の瞳。
そして、その隣、鈍い銀色のフルプレートのような鎧を着ているが、マントを羽織っているせいでよく見えない。
相手もアタシたちがいるのに気が付いたのか、視線が合ったような気がする。
アタシたちを見る目付きは普通だったが、視線がレティに移ると途端に厳しい表情になった。
どうしたんだろうという風に首を傾げている間に、彼女は槍を構えて、こちらに叫んだ。
「どうして、魔族がここにいる! 今すぐにそこの女性を解放しろ!」
大きな声が森の中にまで響き、こだました。
謝辞
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