五十五話 勇者の噂
アユムの出産が伝えられると、レティは王都の方に出かけていった。
アタシたちはお留守番だった。
レティはそれから七日後に帰ってきたが、普段と変化はなし。
お土産だとか浮かれた様子だとかそういうのが見られないのがレティらしいと言えば、らしいのだがもっと何かあったのかなと考えてしまう。
「ね、ね、レティ。王都どうだった?」
「どうだったって、そんな大したことはなかったわよ?」
「えー……ってか何で呼ばれたの? 何かやっちゃったりしてた?」
「違うわよ。国の何だったかしらね、なんかの式典とアユムの出産兼ねたお祝いの席に呼ばれたのよ。私、これでもアユムの犬だから」
レティが犬。
想像できない。
噛みつかれそうで怖いのだけど、よく飼う気になるものだ。
「やっぱりご飯とか豪華だった?」
「それはもう腕によりをかけたものばかりだったわよ。私はあまり食べなかったけど」
「レティシアってあまり食べないよね」
「マリアなんて何も食べないわよ?」
「マジ?」
「必要ありませんから」
レティの書類の手伝いをしているマリアさんが表情を変えずに言う。アタシたちに対しては基本的に不愛想なのだけど。
「私は一応食事はするけど、そうね、楽しむためというよりも最低限の血を体に入れることが目的かしら」
「やっぱり、吸血鬼らしく」
「そう言う事ではないでしょ」
ゆりなからすかさずツッコミが入る。
「私たち吸血種っていうのは他人から血を得ることで生きていくのだけど、私の場合、種の血が濃すぎるのよ。普通に吸血したら、そうね、マサキ、秒であなたを干からびらせれるわよ」
「レティが特殊なのか、それが普通なのかどっち系?」
「私が特殊よ。普通はそんな吸えないわ」
基準を知りたかったのだが、まぁいいか。
じゃあ、普段の食事では足りてないってことのなのかな。
「けど、私が普通に食事して回ってたら、干からびた死体ばかりになるでしょ? そんな目立つようなことはしないわよ」
顔の良さとか、背格好とかで目立っている気がするけど、というのは言わないでおく。
話を聞いていると、魔族という人たちと私たちでは価値観の違いが良く出てくるような気がする。
場合によっては、私たち日本人とこちらに住んでいる異世界の人たちの違いも感じることがあるのだけど。
「ふーん……ね、ゆりなも王都行ってみたくない?」
「全然」
ゆりなはつれない返事をしてきた。
それにちょっと機嫌悪そうに口を尖らせている。
子供っぽい反応であるけど、私よりも年上なんだよなゆりなって。
「えーなんでー? 楽しそうじゃん」
「あんた、あんな酷い事されたところに戻りたいっていうの? 信じられない」
「けどけど、王城に近寄らなきゃ平気っぽくない?」
「危機感無さ過ぎ。あのね、向こうは私たちのことを死んだって思ってるかもしれないけど、私たちが生きているって知ったら、絶対に連れ戻すに決まってんじゃん。神様からの授かりものだって、自由に使えるようになってるんだよ」
「ユリナが正しいわね。それにあなたたちは目立つ容姿よ」
どこがと言わず、日本人の顔立ちだからだろう。
確かにそう言われると、そうだと思ってしまう。
けど、こればっかりは自分の意思でどうこう出来るものではない。
生まれつきのものだからだ。
「ね、ね、他に食べ物以外で何かなかったの?」
「そうね……あ、アンナ、勇者って子見てきたわよ」
「……そうですか」
「槍を持ってたから、聖槍になるのかしら」
「そうですか」
アンナさんはあんまり興味を示していない。
アタシだったら、もっと興味津々に根掘り葉掘り聞くのだけどね。
アンナさんはアタシたちの稽古の師匠でもある。
武器は長物から、それこそ腕の半分ほどの枝に、二本持って双剣のような立ち回りだってやって見せる。
得意な武器は剣であるらしいが、基本的には何でも使えるらしい。
昔、剣が使えない状況も想定して、様々な武器を使えるように厳しく訓練されたみたいで、今では徒手空拳でもいけると言われて、実際に何度もこちらが武器を持っていても投げられた。
どんな相手だったら負けるのか聞いたこともあるが、「人間では私の経験の半分も満たない。私よりも才能が有り、私よりも圧倒的な武がある相手ならば負けるでしょう」と言っていたぐらいに自信を持っているし、それほどの力がある。
あと、マリアさんとガレオンさん、それにアルフレッドさんにはレティと同じように人間とは違った感じがするのだけど、アンナさんはそれが薄い。
どちらかと言えば、人間に近い側の感性を持っている。
だけど、生きている時間は明らかに魔族のもの。
それが分からない。
「アユムが言っていたわ。私が勇者に言わないでも、勇者は魔族の気配、天に定められた運命に従い、必ずあなたたちの前に立ちはだかるって」
「人間の小娘如きに劣る我々ではございません」
「マリアの言う通りです。それに私たちにとっては勇者が持つ神性は天敵にはなりませんから」
全く話の内容についていけない。
そして、それを説明する気が二人にない。
だから、話についていけずに眺めているだけになってしまった。
「ええ、頼りにしてるわ、もちろん」
そう、レティが答えた。
しかし、勇者がこの領を訪れるのは約一年後の火の季節の終わりだった。
謝辞
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