五十四話 戦いの反省会
「ご、ごめんなさい!!」
レザードが帰って、部屋に戻ってきた私に大してソーニャは深々と頭を下げていた。
不思議に思い、思わず首を捻る。
「何を謝ってるの?」
ソーニャは頭を上げないで、そのままの体勢で震える声でやっとの思いで言う。
「……か、勝手に……決められたもの、い、意外、売ってしまって……それに、まだ値段も分からないものを勝手に決めて、売ってしまって、ごめんなさい……」
そんなことか。
勝手に売るのは良くないことではあるが、あの場はソーニャに任せていたのだから、問題ないと思う。
それに売るものを指定していたわけじゃない。
雪兎の角を売りたいと私は言っていたが、それだけ売る様にも頼んでいないのだから、最初から謝る必要もない。
言葉遊びの域を出ない話だが、言葉が大事だからこそ、そう言うところに気が付いて欲しい。
「ソーニャ、謝る必要はないわよ。よくやったわね」
「はい! ……へ?」
大きな声で返事したあと、何を言われたのか分からない顔を上げて、こちらを見てきた。
その顔が思ったよりも間抜けに見えてしまって、クスリと小さく笑ってしまった。
そのせいで余計分からないという感じで首を捻られた。
「いえ、何でもないわ。ごめんなさい。ソーニャ、よくやったわね」
重ねて言ったのだけど、ソーニャは全く理解出来ていないようだ。
一から説明してあげるしかないようだ。
「ソーニャには悪いと思っていたけど、私は大損して負けるかもと思っていたの」
「私も……です」
あの強気で攻めていたソーニャはどこに行ってしまったのか、という程度には、すっかりと消沈していた。
「どうしてかしら?」
「……最初から途中までずっとレザード様が話していて、私一言も……あまり話せませんでした。それにレザード様が嘘を吐いていたことを見抜けないで、一番大事なところで何も言えなくて……」
「一つ訂正をしてあげるわ。レザードは嘘を吐いていない」
「え?」「嘘」
ソーニャの反応は分かるが、サリーからも反応があることに驚いた。
「レザードは嘘を吐いていないわ。あいつは後ろの子供二人が言ったことを聞いて、そのままあなたに伝えたのよ」
嘘はついていない。
だけど、真実を話していない。
彼は言われた言葉を信じて、取引に応じた。
「え、じゃあ……」
ソーニャの顔が青くなる。
「そう、噓つきはあの子供二人よ」
おそらくはレザードの指示によるものだろうが、レザードはレザードで私の言う通り、嘘を吐かず取引に臨んだ。
「いえ、レティシア様。それでもあの男は嘘を吐いています。レティシア様、あの値段はいくら何でも低すぎだと思います」
「そうね、思ったよりも低かったわね。どうしてかしら?」
私がどうしてかとサリーに問いかけると言葉に詰まる。
イジメたいわけではないので、答えを教えてあげよう。
「彼は今の相場の値段を言ってなかったのよ」
「そんなの」
「ソーニャ、あなた今雪兎の角がどれだけの値段で出回っているか知ってる?」
「……知りません」
ソーニャを心配そうな目で見ていたサリーが鋭い目つきで私を睨みつけてきた。
「こんな取ったことも見たこともないものを初めて売ったんですよ。そんなの知ってるわけ――」
「いいんです、サリーさん」
「けど、そんなの」
「いいんです」
「……分かったわ」
納得いかなそう顔をして、私から視線を外した。
不満だろう。
だって、教えてないことを実践でやらされて、しかも失敗までさせられる。
自分でどうにか出来たことなら納得出来るだろうが、今回のそれはそうもいかないものだ。
「レティシア様は知っていたんですよね?」
「おおよそは、ね」
「私が聞いていたら、正確に値段や需要について教えてくださいましたか?」
「ごめんなさい、正確には教えてあげられないわ。ただ、正解にかなり近いところの答えは教えてあげたわ」
そう伝えたら、ソーニャは眉の下がった泣きそうな笑みを浮かべていた。
「最初から、私、負けていたんですね」
「……そうね」
レザードは私が知る限り、商人としてやり手だ。
いや、ロジック商会は脈々とその優秀な血筋を残しているようで、誰もがやり手だった。
口が上手く、頭の回転もいい。
そして、商人として礼儀がなっている。
彼らとやり合うのは至難の業であり、初心者であるソーニャがやり合って勝てる確率もなく、むしろ搾れるだけ搾られてもしょうがなかった。
けど、そうはならなかった。
「ソーニャ、けど、あなたはレザードにぼろ負けしそうになったのを、引き分けに近い形にまで巻きなおした。それは誇りなさい」
あの場面でのアドリブ。
レザードは余裕があり、乗ってくれるだろうとは傍目に思っていた。案の定レザードは乗ってきたのだが、私も知らないことを並べて畳みかけていく様は見ごたえがあった。
「ちゃんと私が言ったことも守ってくれていたし、終わったと思ったところで思考を止めなかったのも素晴らしいわ。この金貨二十一袋はあなたが勝ち取ったものよ」
「……はい」
いくら私が言葉を尽くしても、ソーニャの敗北感が拭えるわけでもない。
ただ、彼女の目は折れてはいない。
小さな火が灯っているのが見える。
「今度は私が同じ条件でやりますから」
サリーがメラメラと燃えるような炎のような瞳で私をしっかりと捉えている。
だから、しっかりと見つめて微笑んだ。
「ええ、いいわよ。また魔物から美味しい部位が手に入ったら、レザードに売りましょう」
それがいつになるか分からない。
けど、ソーニャを見て分かった。
私がやってきたことは無駄ではなかった、と。
そして、私の予想よりも彼女たちはどんどん先に進んでいく。
私たち、魔族という存在は基本的に人間よりも丈夫であり、遥かに長い寿命を持ち、そこに胡坐をかいている。
短い寿命の中で、どんどん世界を回そうとする人間たちに比べて、私たち魔族は永久に続く平穏を望み、停滞を良しとしていた。
そのせいで魔界は一度人間たちの侵入を許して、大きな被害を出すことになる。
私はそんな魔族でも変わり者だった。
先に進んでいく人間たちが羨ましく、その姿は眩しかった。
暇があれば人間界を見て回っていた。それこそ、人間たちが私たち魔族を恐れだして、締め出そうとしているときも、人が踏み入れない場所等で過ごしてほとぼりが冷めるのを待っていた。
今の彼女たちは眩しい。
陽の光で傷つくことはないが、燃えてしまいそうなほどに。
「どうしたんですか、レティシア様」
「いえ、何でもないわ」
サリーに聞かれるほど、私は呆然としていたようだ。
「労いも兼ねて、二人とも少し私のお茶の時間に付き合ってくれるかしら?」
そう聞けば、二人は断らなかった。
風は新たな可能性を運び、水は村に新たな土壌を作る。
そして、火は新たな命を燃やす。
火の季節、一通の親書が届けられた。
そこにはアユムが出産したことが書かれていた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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