五十三話 テーブルトークバトルの当事者
強気の笑みを浮かべる仮面の下で、私は大いに焦っていた。
不味い不味い不味い、本当に不味いです。
どこが不味いのか、最初から今までの展開全てが不味かった。
ずっとレザード様の手のひらの上で、言われるがまま話を進められてしまった。
そのせいで今窮地に陥っている。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
何とか表情には出さないようにしていられるのは、今までの教えのおかげだ。
それがなかったら、私はもう心が折れていたに違いない。
冷静にならなきゃ。
少しでもない頭で考えを巡らせなきゃ。
レティシア様は失敗してもいいとおっしゃったが、とてもただの失敗で終わらせられる雰囲気ではなくなってしまう。
相手はもう交渉を終わらせようとしている。
最初に私がしっかりと発言しなかったせいでここまで来ている。
だから、少しでも言葉を重ねないといけないのだが、次の言葉がこの交渉を大失敗に終わらせるか、多少の痛手程度の失敗に終わらせることが出来るかの鍵だ。
レザード様が嘘を言ったのか、言ってないのか、大事なのはそこではない。
安く買う理由としては、きっと高く売れる理由があるんだ。
雪兎の角はただの角、じゃない。
電気を発している。
だから、角にある電気を発する部分を上手く取り出す技術が出来たのかもしれない。
電気、電気、電気。
ダメ、分からない。
知識がないからそこから考えが伸びない。
別の視点を持とう。
王都で買われるもので、多分、売り先はきっと王城。
もっと言えば、王宮魔術師のアユム様だと思う。
それならば、まだ希望はある。
結果が伴えば、レティシア様も許してもらえるはずだ。
そうじゃなくても、とりあえず謝ることはもう確定している。
だったらもう、持てる手は打つしかない。
そう心に決めると、表情に気持ちがようやく追いついた。
「はい、それで構いません」
「では、きん――」
「いえ、まだ売りたいものがございます。よろしいでしょうか?」
怖くて、横に座っているサリーさんやレティシア様の顔を見ることが出来ない。
「アルフレッド様、あの黄色みを帯びた鉱石をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、少々お待ちください」
大丈夫、大丈夫だ。
落ち着かないといけない。
焦らないようにして、事を勧めないといけない。
「ソーニャ様、こちらですよね?」
「はい、ありがとうございます、アルフレッド様」
座ったまましっかりと腰を曲げて、深く礼をする。
机の上に置かれたのは、レティシア様の手の中にも包み込まれてしまいそうな小さな石だった。
「これは……?」
「ダイヤモンドという希少な鉱石です」
「触っても?」
「ええ、どうぞ」
ここが勝負どころだ。
私自身、ダイヤモンドというものがどういうものか知らない。
知っていたのは、ユリナさんだ。
レティシア様が狩ってきた鯨の腹の中には様々な生物の死骸や、溶けていない石などため込まれていた。
それを物色していたユリナさんがそう言ったのがきっかけで、他の石も確認してみることになった。
そして、いくつかの物はただの石ではないことが判明して、レティシア様が保管しておくことになった。
その中の一つがこれだ。
用途は装飾品に、というのは聞いている。
それも高級なもの、と。
ユリナさん以外に知っている人がいるのかと、レティシア様が聞けば、アユム様なら知っているのでは、ということを言っていた。
「それでこれのどこがダイ……なんでしたっけ?」
「ダイヤモンドです。石の中に綺麗な結晶が出来ている部分があると思います」
「ええ、ありますね」
「その見えている部分以外にも中にも入っているみたいですので、綺麗にカットしてもらえれば、今ここにしかない貴重な宝石として売り出すことが出来ると思います」
大丈夫かな。
言葉を選んで話しているつもりなのに、どれも言葉足らずな気がしてならない。
レザード様も険しい顔をしている。
「アユム様にその雪兎の角を売却するときに、聞いてもらえればきっと興味を示すはずです」
あったこともないアユム様に全てを委ねてしまうが、ここで自信なく伝えてしまっては絶対に買ってもらえない。
だから、ここでは自信満々に言い切らねばならない。
「それの倍以上の大きさのものは他の大陸では国宝として扱われるというのも聞いております」
これも聞いた話だ。
ユリナさんがそんなことを言っていた。
「それを踏まえて、そちら金貨二十袋でどうでしょうか」
弱気になるな、私。
レティシア様のように笑みを深くするように顔を動かせ。
「……少々判断に困る代物ですね。検めさせてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん」
笑みの下で、服の中は汗がすごいことになっている。
強く握った手で足を抑えておかないと、震えてしまいそうだ。
レザード様が後ろの子供たちに鉱石を渡す。
「あのようなものどこで手に入れたのです?」
「鯨の腹の中にありました」
「あれを……狩ったと?」
「はい、レティシア様方が雪兎がこの屋敷の近くの森の方まで来ていたため、その狩りで偶然と聞いてます」
「なるほど、ついでに狩るとは、さすがレティシア様ですね」
「そう褒めても私からは何も出ないわよ、レザード様」
レティシア様が書物に目を落としたまま、嬉しそうな声を上げた。
そうしていると、宝石を検めていた子供がレザード様に何か耳打ちをした。
「本物の鉱石のようですね。私も見たことがないほどのもの、王国ではここにいる人しか知らないのではないでしょうか?」
「博識であられるアユム様なら知っております。先日来ていただいた時、それよりも小さな粒のようなものをお見せした時に答えていただきました」
言っちゃった。
もう本当に後戻りできない。
「先日、ここにアユム様が?」
「はい、そうですよね、レティシア様」
「ええ、事実よ。私の領地への視察と税の徴収に来て、お茶をしていったわ」
レティシア様が言ったことは事実なのだろう。
私は今知ったところだ。
レザード様が深く考え込む。
沈黙の時間が痛い。
早くしてほしい、そう思っているとレザード様が口を開いた。
「……私たちにとっても未知の物でございます。それを考慮して、十袋でどうでしょうか?」
「私たちにとってもこれが手に入ったのは、幸運です。二度と手に入るかどうか分からない代物、十九袋と金貨五十枚でどうでしょう」
ここは退けない。
退いてはいけない。
「そうですね、これほど見事な鉱石なかなかないでしょう。王国の有力貴族のご婦人方からの注文がありそうですね。ただ、加工方法、それらが確立すればになりますが、それらを考慮しても十二袋でどうでしょうか?」
お金の感覚がマヒしてしまったのかもしれない。
こんな大きなお金を動かしたことが今までの人生なかったはずなのに、どうしてこうすんなりできてしまうのか自分でも分からない。
「そうですね、きっと貴族様方には気に入ってもらえると思います。それで、先ほどの雪兎の角、欠けていたものの金額はいりません。一緒にお持ち帰りください。それと合わせた雪兎の角、ダイヤモンドの合計で二十一袋でどうでしょうか?」
雪兎の角が金貨二袋ではないのはもう分かっている。
だけど、どれだけの価格で取引されているか分からないから正確な値付けが出来ない。
レザード様の頭の中ではきっと計算が今行われてるはずだ。
人に委ねてばかりだ。
だけど、それが今の最善手だと私は思っている。
「……ええ、いいでしょう。その金額で買い取らせてもらいます」
その一言で、思わず立ち上がりそうになってしまうが、耐えた。
良かった。
力が入りすぎて、すぐに立つことが出来なくて。
「いい取引でした、レザード様」
「はい、こちらこそいい取引でした、ソーニャ嬢」
そうして、二人の子供が金貨の袋を用意する。
用意した袋をアルフレッド様が一つ一つ重さを確認して、どれも大丈夫だと言われてようやく人ごちつきた。
「また機会がありましたら、ぜひよろしくお願いいたします」
私がそう言って、深々と頭を下げた。
「ええ、こちらこそ、またご贔屓に」
そう言って、レザード様は笑みを浮かべていた。
「レザード、終わったかしら?」
「ええ、レティシア様」
「それじゃあ、私もあなたに買い取って欲しいものがあるの」
「なんでしょう」
「魔石よ」
アルフレッド様が話の途中で部屋を出て行ったと思ったら、木で出来た荷車に大きな魔石が載せてあった。
「鯨の魔石よ。王国の魔術連中が欲しがる大きめのサイズよ。それじゃあ、始めましょ?」
謝辞
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