五十二話 テーブルトークバトルの傍観者
「レザードが来るわ」
そう告げられ、ソーニャと一緒にレティシア様の屋敷に呼び出された。
どうしてそんなことを言われるのかと顔を見合わせていた。
「ソーニャ、あなたがレザードと交渉するのよ」
「え?」
突然指名されたソーニャは一度私の方を見て、それからレティシア様を見直す。
「無理無理無理ですっ! 私、そんな、だって!」
「出来る出来ないじゃないの。私はあなたにレザードとの交渉役に指名してるの」
ソーニャはまだおろおろと落ち着かない様子であるが、レティシア様は優しく微笑んでいた。
「それに今回の交渉は成功しなくてもいいの。むしろ、レザード相手に最初から渡り合えるわけないから、必ず負けるわ。ソーニャには悪いと思ってるけど、負けてほしいのよ」
「本当に良いんですか?」
「ええ、いいわよ」
「……それなら、やります」
あまり見たことがないソーニャの真剣な顔つき。
いつもおどおどしているのに、こんな顔つきになるんだと少し感心してしまった。
「ありがとう、ソーニャ。先に下の応接室にいっていてくれる? 私はこれを片付けてら向かうわ」
ソーニャはレティシア様に礼をして、執務室を出て行った。
私も一緒に出て行こうとしたが、足を止める。
「どうしたの、サリー」
「どうして、ソーニャなんですか?」
私の方が優れているとは思ってない。
ソーニャにはソーニャの優れたところがあるのは私は知っている。
それでもどうしてなのだろうかという疑問がなくならない。
「深い理由はないわ。ないけど、ソーニャとサリーだと失敗した時の反応が違うと思ってね。よく見て、サリーには考えてほしいわ。あと注意して、見て、聞いていて」
言っていることが分かるようで分からない。
抽象的な気がするし、レティシア様ほど頭が回るわけでもない。
だから、レティシア様が見えているものが今の私では見えてない。
「納得は出来ていませんが、分かりました」
「あと、そうね。あとでソーニャにも言うけど、もし、何かあっても口に出しちゃダメよ。私も口出しはしないと伝えるから」
「……これは本当のお金を使った交渉なんですか? やり取りがあるものですか?」
「ええ、もちろん。ソーニャが金額を決めるのよ」
それ、言ってないですよねと思わず口を出してしまいそうになった。
これを聞いたら、ソーニャ、涙目になるかもしれないのに、そんなサラっと思い出したように言うのはかわいそうに思う。
「サリーも先に行っていて」
「はい、分かりました」
私はレティシア様に背を向けて、執務室を出て行った。
レティシア様が応接室に着いて、お茶を一杯頂いた後、レザード様が到着した。
迎えに出たアルフレッド様の後に入ってきたレザード様が腰を折り、深々と頭を下げた。
またレザード様の後ろには二人の子供が付いてきていた。その子たちもレザード様と同じように深々と頭を下げる。
「本日はお招きいただきありがとうございます、レティシア様。また呼んでもらえるとは思ってもみませんでした」
「私とあなたたちの仲でしょう? 遠い未来まで縁があるわよ」
「そう言っていただき嬉しい限りです」
レティシア様がレザード様をソーニャの向かいのソファを勧めた。
レザード様はソファに座るが、二人の子供はソファの後ろで控えるようにして立っていた。
前の時には気にする余裕もなかったが、こうしてみるとうちの子供と年齢的にはあまり変わらないように見える。
身なりも立ち振る舞いも、私の子供よりもしっかりしているところを見ると、貴族的な教育を受けているのだろうかと思ってしまう。
「レティシア様、お土産でございます。前のアユム様の書物よりは幾段か落ちますが、きっと気に入ると思いお持ちしました」
そう言って、綺麗な布の包みから取り出されたのは、細かく繊細なタッチで描かれた表紙の絵に豪華な縁を付けられた本だった。
「あら、いいの? こんなにも高そうなものを」
「いえいえ、先日アユム様に話を付けていただき、いい商売が出来ましたので、それのお礼も込めさせてもらってますので」
「それなら、ありがたくもらっておくわ」
レティシア様が表紙の絵に細い指で撫でるように触る。
「それで、本日のご用向きは?」
「ええ、また変わった品が手に入ったからあなたに買い取って欲しいのよ」
「それはもちろん。して、その品とは?」
「待ちなさい。今日は私じゃなくて、そこにいるソーニャにあなたとの交渉をしてもらおうかと思ってるの、レザード、いいかしら?」
レティシア様がソーニャに手を向ける。
レザード様はそれで、なぜ正面にソーニャが座っているのか理解したみたいに頷いた。
「私は構いませんが、レティシア様はよろしいので?」
「ええ、私は構わないわ。ソーニャがどういう結果を出そうと、レザード、あなたに文句は言わないから安心して頂戴」
「では、こちらはいつも通りでも構わない、という事でしょうか?」
「ええ、いいわよ」
レティシア様が目を細めて、楽しそうに笑みを浮かべる。
レザード様もそれに怯んでいる様子はなし。
これが商人の胆力というものなのだろうか。
「レザード、あなたは嘘を吐いたりして、ソーニャをイジメたりしないって私は信じてるもの」
「そんなイジメたりなどしませんよ。そうですね、私はいつも誠心誠意取引を行わせてもらっていますので、嘘などそんな、そんな」
レザード様とレティシア様が笑い合っているが、怖さを感じる。
ソーニャもすっかり怯えてしまって、可哀そうだ。
「私は、このお土産を堪能しているから、どうぞ、始めて頂戴」
レティシア様がそう言えば、レザード様がソーニャに向き直る。
その目は真剣で、確かに誠実さを感じないわけではない。
「して、ソーニャ様、どのようなお品でしょうか?」
「は、はい。あ、ある、アルフレッド様、そのいいのでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。お持ちします」
アルフレッドさんが一度部屋を出て、すぐに帰ってきたときには大きな一枚の麻袋。
それをテーブルのソーニャ側に置けば、またアルフレッドさんは部屋の脇に戻る。
そして、袋を開いて、一本ねじ曲がっている彫刻のような動物の角を取り出す。
「雪兎の、角です」
「その麻袋いっぱいにですか?」
「はい、百……はあ……あります」
あると思います。
ソーニャはきっとそう言うつもりだったのだろうが、よく言わなかったと賞賛を向ける。
あると思うでは、可能性を示しているだけで、本当にあるのか分からなくなる。
だから、相手から付け込まれる隙になるから使わないようにレティシア様が言っていた。
逆にあると断言しておけば、もし、相手が百もないと言ってきたところで、そちらが数え間違えてるだけじゃないかと強気に反論することが可能になる。
「検めさせてもらっても?」
「はい、もちろん」
そう言って、レザード様側に麻袋を押す。
受け取ったレザード様は後ろの二人に指示を出して、一秒ほどであるが見つめていたように感じるが、自信がない。
レザード様に仕える二人が検めている間、ソーニャは緊張のせいか落ち着きがなかった。
さすがにレザード様から見える範囲では大人しくしていたが、足元など何度も足先の場所を変えたり、手を組み直したりと思ったよりも緊張しているみたいだ。
そんな様子を観察していると、二人の作業が終わったらしく、レザード様に耳打ちをした。
そして、深刻そうに顎に手を当てて考え事をするように厳しい顔つきでソーニャの方を向いた。
「数本、いえ、十本ほど不良品とまでは言えませんが、大きく欠けているものがありまして、そちらは値を下げさせてもらいますが、よろしいでしょうか?」
「え?」
そんなはずはない。
ソーニャが声を上げてしまうのも分かる。
私たちは昨日そう言うものがないか確認したはずだ。
だから、聞き返してしまうの分かるが、この男の前だと悪手だ。
「ご存じなかったのでしょうか?」
「あ……その」
何を知らなかったのか、どこまで知識があるのかソーニャが測られている気がする。
ちゃんと言わないとまずいと伝えたいけど、隣で本を読みふけっているレティシア様に禁止されていてそれも叶わない。
「いえ、これだけの量があるのですから、欠けているものがあっても把握するのは難しいでしょう」
優しくソーニャに微笑みかけているが、そこに温かな優しさを感じない。
「それではどうでしょうか、欠けているものを除いて、サービスして金貨袋二個、欠けているのは一つ金貨一枚で」
畳みかけるような言葉を動揺しているソーニャに浴びせるが、ソーニャは理解が追い付いていない。
「こちらとしてはそれが妥当だと思いますが、よろしいでしょうか?」
不味い。
相手がもう交渉を断ってきた。
嘘は付かないと言ってきたのに、平然と嘘を吐いてソーニャを動揺させる口には感心するが、やり方が卑怯だ。
立ち上がりかけた体をレティシア様が本に目を傾けたまま、軽く服の裾を掴んで押しとどめた。
私が口を開く前に、レティシア様は私に聞こえる小さな声でこうつぶやいた。
「ソーニャはまだあきらめてないわよ?」
その言葉を聞いて、ソーニャを見ると、彼女は彼女らしからぬ強気な笑みを浮かべていた。
謝辞
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