五十一話 秘密のお茶会
長い長い氷の季節も、雪が溶け出して終わりを迎える。
雪が解ければ、また畑を耕し、新たな種を植え、一年が始まる。
久しぶりに外でのお茶の時間。
そこには珍妙な同席者がいた。
いつものお面は無し、しかし、白を基調としたローブは健在で気に入ってるのだろうか。
「まさかそっちから来るとは思ってもなかったわ、アユム」
「本当はもっと早くに来るつもりだった。お前のようなやつがまともに統治できるとは思ってなかったからな」
相変わらず、私に対しての当たりは強い。
しかし、アユムの肌は病的に白い。
雪のような白さをしている肌には染みも傷一つない綺麗さ。
外見の年齢ならマサキと変わらないが、大人びた顔立ちをしているので、マサキよりも大人のように見える。
ずっと眉間に力が入っているが、力が抜けて微笑んだら可愛らしい顔立ちになるだろうと想像する。
あと前にあった時よりもお腹に丸みがあるように見えるし、どこかお腹を気に掛ける所作が見て取れる。
「それならどうかしら? 今のこの姿は」
「たった一年だ。これからが本番だ」
「手厳しいわね。それで私とこのままお茶を楽しむ?」
「お前と悠長にお茶をしてるような暇は私にはない」
つれないわね。
私はゆっくりとアユムと話したいし、親交を深めたいと思ってるのに。
「私は報告と徴収と質問。各一つずつだ」
「報告って何かしら?」
アユムがお茶に口を付ける。
アユムから私にとは珍しいことだ。
「ここに移住したいという人たちがいるらしいわよ」
それは嬉しいことだ。
けど、一つ懸念がある。
「身元はしっかりとしているのでしょうね?」
「あぁ、王国の貴族共には無能がいるが、私の直属の部下にそのようなものはいない」
「大層な自信ね」
「そんな無能はとうの昔に切り捨てた」
アユムがカップを置く。
「次の季節には来るだろうから、受け入れる準備はしておきなさい」
「ええ、分かったわ」
「満額……ではなかったわね。最初に提示した金額を徴収するわ」
話が手早い。
本当にさっさと話を終わらせて帰るつもりだろう。
せっかちだ。
王国内での貴族の不正、そんなことがあった後だから仕方ないのだろうが。
影の中から金貨の袋を五個取り出す。
「これで合ってるわよね?」
「あぁ……提示した金額で合っている」
アユムの反応から、普通は多く包むものだということを理解した。
だけど、それはきっと目をかけてもらうためだろう。
私にそれが必要だろうか。
いや、必要ない。
「多く包んでおいたほうが良かったかしら?」
「お前にそんなことを期待してない。お前だって、私たちに大して期待はしていないんだろ?」
答えないで、笑みだけを浮かべる。
私は王国を信用していないし、目をかけてもらう必要もないと思ってる。
暴力には対抗できる。
問題も国に関係ないものなら、自分たちで対処できる。
ただ、国という傘が必要なだけで、端っこで構わないと思っている。
領民の中に愛国心の強いものがいたのであれば、悪いけど。
「あと残りはお前に聞きたいことがある」
「あら、あの王国の天才魔術師アユムから私に聞きたいことがあるなんて嬉しいわね」
「茶化すな。お前、カーディル・リール・ダードの妻と子供の行方について知っているだろ」
飾り気のない、こちらの言い訳を許さない物言いだ。
それに全身を縛るような圧迫感をこちらに与えてきている。
契約まで使って聞き出そうとするなんて、よっぽどなのね。
「知らないわ」
平気で嘘を吐く私も私なのだが。
首だけではない、全身に圧迫感はあるが死ぬわけじゃない。
これぐらいなら、一日されていても問題ない。
「お前がやらせろと言って、乗り込んだ。知らないはずがない」
「私が行った時にはいなかったわ」
アユムが机に強く拳を叩きつけた。
「お前の屋敷を調べさせてもらってもいいんだぞ?」
「どうぞ、私のご主人様。ここはあなたの屋敷も同然。お好きに調べてもらっても構わないわよ?」
「別に構わないが」
そこで一度言葉を止める。
「お前の物かは知らないけど、ちゃんと躾はしておいた方がいいわよ?」
私がアユムの背後、窓の枠に顔を向けると引っ込む頭が三つ見えた。
全く何をしているのかしら、あの子たちは。
「ええ、そうするわ」
それにしてもあの三人が仲良くなってるようで少し安心したのだけど。
「ねぇ、アユム、私から一つ質問していいかしら?」
「答えるかどうかは知らんが」
律儀に答えてくれるのはそう言う性分なのではないかと思ったが、それは吐き出さないように飲み込んだ。
「あなた、もしかして妊娠しているの?」
▼
子供たちが昼寝をしてしまったので、今のうちに何か屋敷の中で手伝えることがないかと、一階に降りてきた。
マサキさんとユリナさんが知らない部屋に入っていくところを見つけてしまった。
マサキさんもユリナさんも寝室は二階のはずだ。
そして、あの部屋は私の記憶では誰も使ってなかったはず。
注意した方がいいのかな。
迷いながらも部屋を覗いてみると、窓を少し開けて、二人して窓から覗くように顔だけ出して外を眺めていた。
「マサキさん……?」
「ひゃい!?」
呼びかけると思ったよりも大きい声で返事が来て、こちらまで驚いた。
「真咲、声でかすぎ」
「いや、だって……!」
小さな声でユリナさんに抗議を上げていた。
「二人とも何をしているの……?」
「リニアさん、こっちこっち」
手招きされて近づくと、しゃがむように言われて、言われるがままの体勢になる。
窓から顔だけ出して、二人が見ていたところを見るとレティシア様ともう一人知らない女性がお茶をしているところだった。
「あれが歩夢?」
「ええ……私が知っている姿にかなり近いわ」
アユム。
アユム・レイエル・ナカハラのことは名前だけは知っている。
王国に仕え、魔術の第一人者であり、陛下の側近。
なんで、そんな人がこんな辺境の地にいるのか。
なんて言ってるのか断片的にしか聞こえない。
もう少し近くで聞けたらいいのにともどかしさを感じていると、ふと風に乗って聞こえることがあった。
「お前の屋敷を調べさせてもらってもいいんだぞ?」
何を、と疑問に思った。
誰を探すのかだったら私のことかもしれない。
夫のことで聞かれたのかもしれない。
呆然と考えていると、レティシア様と目が合った。
「リニアさん、頭下げて!」
そう言って、マサキさんが私の頭を下げた。
「ごめんなさい、呆然としちゃってて」
「気にしない、気にしない。今のバレた?」
「分からない」
「じゃあ、大丈夫っぽい? ぽくない?」
マサキさんとユリナさんがそう相談して、また顔を出している。
私もつられて出している当たり懲りない。
ほどなくして、アユムさんは席を立ち、去っていってしまった。
「聞き取れた?」
「ばっちり」
えっと思わず、マサキさんの方を見てしまった。
「あの距離で聞き取れるの?」
「精霊にお願いして、届けてもらったの」
どういうことなのかさっぱり分からない。
精霊なんて絵物語に出てくる存在ではないのか。
不思議なことを言う子だ。
「さっさと行きましょ、レティシアに見つかったら厄介よ」
「そだね! リニアさんも行こ!」
そう言って、マサキさんは私の手を取ってくれた。
連れて行かれるまま外に出る。
「あなたたち、何をしているのかしら?」
部屋の前にはレティシア様が立っていた。
怒られはしなかった。
ただ、私たち三人並んで子供みたいに謝ることになった。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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