四十八話 兎と鯨と七色の空間
「神様からの授かりものを使いこなしてみなさい」
そうレティシアが言った直後、私たちを挟むようにして雪兎が飛び出してきた。
前の私たちだったら、レティシアに助けてもらわないといけなかった。
力が決定的に足りなかったからだ。
だけど、今は違う。
「アタシに任せてよ!」
そう言って、手を交差させて、私の前に真咲が立つ。
「これがアタシの真骨頂!」
そそり立ち、私たちを覆うようにして外部との空間が遮られる。
虹色の空間。
突撃した雪兎が何匹も、空間にぶつかる。
しかし、雪兎たちもガッツがある。
歯や爪で何とか削ってやろうといういう勢いの音をさせている。
しかし、それで削れるなら苦労しない。
「決まった……アタシ、今超カッコいいかも」
絶対防御。
もしくは、空間の歪み。
私の言葉でも突破できない、神様からの授かりもの。
「ねぇ、レティ! 見た? 私のレインボーシールド!」
ネーミングが最高にダサい。
見たまんま。
何度もダサいって言ってるのに、一向に変えない。
というか、この神様からの授かりものの使い方って本当にこれで合ってるのだろうかと疑問に思う。
私のだってそうだ。
『力の使い方。それは想像力よ』
レティシアがずっと言っていた。
私たちに稽古を付けながらずっとそう言っていた。
『あなたたちの力はこの世界の法則の外側にあり、私たちの力よりもはるかに自由』
実際にレティシアやその周りにいる人外の力を持つ従者の人たちは真咲の防御を抜けなかった。
あれがこの世界の頂点に近い力なら、ほぼ無敵に近いだろう。
『常に考えなさい。その力の使い道を。あなたたちの力にはまだ無限の可能性があるのだから』
まだ剣術は習い始めたばかり。
同世代の子にも負けちゃう弱さだ。
だけど、私には違う強さがある。
「周りの雪兎の首を刎ねろっ!」
そう強く発するとさっきまでうるさかった雪兎の音が消え、大量の血の雨が足元の雪に降り注ぎ、赤く染め上げていく。
「使えるようになったわね、ユリナ」
大量の雪兎の首が四方八方に飛び、足元にどさりどさりと雪兎の体が落ちてきた。
私の力で、雪兎を殺したんだ。
レティシアを切り刻んだときには出来なかった芸当。
使い方に最初に気が付いたのはレティシアだったのが、ちょっと情けない。
私の力は言葉。
ただ発しただけでは、自分の周りを傷つけるだけの代物。
そこに指向性を持たせることはできるのではないか。
相手や攻撃方法や範囲、他にも指定して使うことが出来るのでは、という疑問。
結果としては、出来た。
振り回されていた力を制御できるようになった。
そして、まだ試していないけど、まだ私には可能性があることにも気が付くことが出来た。
「いっぱい練習したから」
そういうレティシアは片手間のように雪兎を排除していく。
そうして、どこからか麻袋を取り出すと、
「そこに頭だけ入れておきなさい。あ、魔石、取り出さないと再生してまた襲われるわよ?」
「そういうことは先に言ってよ……!」
魔石を取り出すように言えば、さらに雪兎の体は切り刻まれて、体の中から魔石が落ちた。
それを真咲と二人で集めていると、周囲から足音が聞こえた。
「お嬢、大体やってきたぜ」
ガレオンさんがそう言うと、他の三人もいた。
「ええ、ありがとう。この周辺かしら?」
「はい、私の方は」
「筋肉頭はバラバラに散らばらせてましたが」
「一気に来ねー奴らが悪いんだよ」
「ひきつけてからやるとか分かるでしょう」
この四人も不思議だ。
割とフレンドリーだし、魔族とか言うのを知らなければ気のいい人たちに見える。
ただ、全員血の気が多い気がするが。
「魔石と頭の確保は?」
「してあります」
アルフレッドさんが代表して答えたが、どこにも持っている様子は見られない。
またこの人たちの特殊な力のせいだろうか。
謎が多すぎる。
「それじゃあ、さっさとこんなところから離れましょう」
一番に身を翻したのはレティシアで、従者の人たちはそれに付いていく。
私たちは事態に付いていけずに、真咲と間抜けな顔をして立ち上がった。
「え、なんで? もっと奥まで行ったりしないの?」
「ここら辺の雪兎の血の匂いに誘われて、鯨が来るのよ」
「は?」
どういうことかと考えてる間、真咲が落ち着かないようにキョロキョロと周囲に目を向けている。
元々落ち着きがない子だけど。
「……真咲の方はどうしたの?」
「ねぇ、レティ、もしかして、精霊が屋敷の方に逃げてるのってそう言う事?」
「ええ、そう言う事」
「どういうことか、説明してよ」
「鯨がもう来てるってことよ」
レティシアがそう言うと、空が割れた。
そこに現れたのは確かに鯨だった。空を飛んでるけど。
それも複数。
「うわー……めっちゃ鯨じゃん」
「感心してる場合じゃないって! 逃げるよ!」
そう真咲の手を引いていこうとしたが、レティシアの歩調は変わらない。
「もう遅いわ。一匹こちらに目を付けてるのがいるから」
巨大な鋭い歯が何本、何十本と並び、大口を開けた鯨がこちらに向かってきている。
それにしてもどうしてこんなにも冷静にいられるのか。
魔族だから?
けど、私と真咲はただの人間だ。
巻き込まれたら、確実に死ぬ。
真咲の手を引こうと思ったら、背を向けて立っている。
そして、気に入っているのか腕を交差させてポーズまで取っている。
「アタシの力は想像力次第!無限の可能性!だったら、いける!」
なんでこうもこの子は熱いのか。
主人公みたいじゃん。
「アタシはアタシを信じてる!アタシは出来る!アタシは凄い!」
そう言うと、十メートルぐらい先に七色の空間が出てくるが、どんどん高くなっていく。
そして、鯨が壁にぶつかった。
「ユリナ、この四人、鯨の上に飛ばせるかしら?」
四人ってつまり、その四人。
出来る、出来ない。
いや、出来る。
真咲は言った。
想像力だと、自分を信じてるって。
だから、私も出来る。
私だって自分がもらった力を疑ってない。
「出来る」
息を吸う。
そう、私の力は攻撃のためだけじゃない。
違う使い方もあるはずだ。
「アルフレッドさん! ガレオンさん! アンナさん! マリアさん! あの鯨より上までぶっ飛ばせ!!」
そう言うと、地面から打ち出されるようにして四人が飛んでいってしまった。
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本当に空を飛んでいる。
いや、空に投げ飛ばされた。
「ほう、これは便利ですな」
「あぁ、それに見下ろすってのは気分がいい」
「お前と意見が一致するというのは不快です」
「あぁ?」
「それでは、一番は私がやらせてもらいますかな」
アルフレッドがどうやってか分からないが、空を蹴って落ちて行った。
「それでは、手合わせお願いしますぞ」
アルフレッドが一回転して、そのまま頭にかかとを落とした。
それだけで思いっきり、頭が沈んで口が閉じて、歯が何本か砕けて地上に落ちる。
「魔石を砕かなきゃ何でもいいんだろぉ!」
そういうとガレオンが落ちて、そのまま腹部を殴り、地面から巨大な氷の柱が表れる。そのまま鯨の腹を貫いて先端がガレオンの前方に出現した。
「アンナ、行きましょう」
「ええ」
マリアが出した巨大なナイフに私も手を重ねる。
私にも神からもらった力がある。
それは魔族、魔物に対して天敵となる力だ。
勢いよく落ちて行けば、ナイフが鯨に突き刺さる。
そして、私が離れると、マリアがナイフをそのまま一回転させた。
鯨の体はそこで真っ二つに割れ、魔石が露出する。
魔石のところまで降りると、そのまま私は両手で魔石を掴んで思いっきり引きちぎった。
「よくやったわ、みんな」
地表では、レティシア様が私たちに微笑みかけていた。




