四十七話 神様からの授かりもの
「マサキ、あなたに一度死んでもらうわ」
「え?」
マサキが理解できていないのか、間抜けな顔を晒していた。
「私はあなたを殺すつもりで、その額に一撃を入れる。だから、あなたが持つ神様からの授かりもので防いでみなさい」
「ちょ、そんなこと言っても使い方が分からないんだってば!」
「使い方なら知っているはずよ。いいえ、こっちに来るときに神様だか、女神さまに教えてもらっている。それをあなたが忘れているだけ」
小石を持ち、軽く上に投げる。
縦に腕を振ると綺麗に小石が二つに割れて地面に落ちた。
それを見たマサキもさすがに本気だと言う事を理解してくれたのか、ぺたんと座り込んでしまう。
「殺すわ」
「レティシア、さすがに」
「ユリナは黙っていなさい」
ゆっくりと一歩一歩近づくと、マサキは這うようにして後ずさる。
しかし、そんな追いかけっこはすぐに終わりを迎える。
マサキの背が木にぶつかり、それ以上逃げ場をなくした。
泣きそうな顔をしてこちらを見上げているマサキに、感情を表に出さないようにただ無機質に伝える。
「本当に何もないならこのまま死になさい」
石を割る時よりもゆっくりと、手加減して手刀を振り下ろした。
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マジで死ぬ。
ゆりなは助けてくれない。
レティはやめてくれそうにない。
せっかく助かったのに。
神様からの授かりものとか意味が分からない。
レティはマジで殺す気だ。
殺気っていうのがどんなのか分かってなかったけど、さっきのでよく分かった。
あんな背筋が凍るような、ナイフを首筋に当てられたような感覚味わったことがなかった。
そんな漫画の世界みたいなのあるわけないって思ってたのに、目の前で、アタシに向けられている。
あぁ、死ぬ瞬間って景色がスローモーションに見えるとか言うけど、マジで見えてきた。
レティの手刀が下りてきている。
あれがアタシの頭に当たったら、そのまま真っ二つにされちゃうのかな。
嫌だ。
嫌だな。
死にたくない。
嫌だ、嫌だ。
怖い。
誰か、助けて。
神様、お願い。
アタシを助けて。
アタシ、死にたくない。
ダメ、もう目の前。
死んじゃう。
嫌だよ。
助けて。
助けてよ。
誰かアタシを守って!
「死にたくないよっ!」
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頭に当たったところで緩めようと思った。
けど、私の手は彼女の頭に到達していない。
そして、どれだけ力を加えようとこれ以上先に進めない。
爪を伸ばして切り裂いてみようとしても、傷一つ付かない。
彼女と私の間に七色に揺れる空間。
精霊の力でもない。
人の手で作られたものでもない。
彼女の力だ。
この世界の法則の外側にある力。
神様からの授かりもの。
頭を抱えて蹲る彼女は気が付いていないのか。
訪れるその時を待っているのかもしれない。
「マサキ」
蹲ったまま彼女の体が跳ねる。
器用なことが出来るものだなと感心する。
「マサキ、起きなさい」
「アタシ、死んだ……?」
不安そうに顔を上げてきたのに、思わず笑ってしまった。
どういう状況か分からず、私とユリナの方を交互に見つめて、そして、頭上に浮かぶ七色の空間を見上げる。
「死んでない。レティシアも人が悪い。最後、手緩めてたでしょ」
「本当に殺すわけないでしょ? 貴重な二ホン人よ」
「あの……この頭の上のって……?」
状況が理解しきれていないのか戸惑ったままマサキが空間を指差していた。
「マサキ、あなたが出したのよ。私では傷一つ付けられないし、壊せない。あなたの神様からの授かりものよ。私たちの世界の物ではそれは突破できそうにないかもね」
「へ、へぇ……これが私の神様からの授かりもの」
喜んでいるのかどうか分からない複雑な表情をして、それを見つめている。
「やり方が横暴すぎる。火事場の底力で使い方も分からず、出してるようなものでしょ、今」
「自分の中の力に気が付いているか、気が付いていないかの差は大きいわ。知っていれば、後は自ずと引きだせるようになってくるわ。ところで、火事場の底力ってどういう意味?」
ユリナに質問してみたが、答えはない。
マサキだと不安はあるけど、一応聞いてみよう。
「それで、ユリナはどんな力なのかしら?」
答えたくないように視線を外されるが、ため息をついて答えてくれた。
「言葉。言葉の通りのことが出来る。だから、舌を切られたの」
城内にいる奴らも自分たちに被害が出そうになると頭が回るみたい。
「興味をそそられる内容ね。それなら、そうね……その目の前の木を切り倒してくれない?」
「分かった」
私に背を向けて、目の前の木に意識を集中させているみたい。
緊張が解けたマサキは、もうすっかりとくつろいでいた。
目の前の空間に興味あるのか、叩いたり押したりしている。
「切って」
短い言葉が綺麗な声で呟かれた。
しかし、何も起きない。
「切れてよ」
懇願しても何も起きない。
それから、何度も何パターンも言い方を変えたりしていたが、一向に切れる気配がない。
それを見ていると、すっかりと本来の調子を取り戻したマサキが隣に立っていた。
「ゆりな、何してんの?」
「神様からの授かりものを私に見せてくれる予定だけど、まだ自分の力が何かちゃんと分かってないから苦労しているみたいね」
そんな和やかな会話をしていると、
「切れろ!」
その一言で場の雰囲気が変わった。
不味い。
具体的な根拠も、理由も分からないけど、長年の勘が不味いと告げている。
「ど――」
マサキが何か言う前に屋敷の方に向けて投げ飛ばす。しかし、後ろを見えないが、遠くからマサキの声が聞こえたから、どこかの木にぶつかったということだろう。
そして、私も距離を取ろうと、一歩後ずさったところで、右目から頬まで切り裂かれた。
鋭い刃の振り下ろしか。
見えないのに切られる。
しかも、私を軽く傷つけるほどの鋭さだ。
両爪を伸ばす。
見えない刃に対抗するためだ。
ユリナは切れろと一言だけしか言ってない。
それなら一回だけランダムで切るものだと思っていたが、そうでもないようだ。
片方の爪で地面をえぐって、土を空中に撒くと、見えない刃の姿がくっきりと見えた。
刃と言えるほどものではない。
斬撃が落ちてきている。
それしか私が持ちうる言葉にはない。
斬撃に対して、爪で弾こうとしたが、無駄だった。
爪は折れた。斬撃に当たった瞬間に。
しかし、止まらない。
手を伸ばして、受け止めようとしたがこちらも駄目だった。
斬撃を逸らすことも叶わない。そのまま振り下ろされるのならば、体を真っ二つにされて終わりだ。
体の軸を必死に逸らして、斬撃から逃れたが、腕が潰された。
まだかすかに残る土埃が、横に揺れたと同時に、風が吹いたと思えば重たい斬撃が首元に当たる。
思ったよりも深い。
血が噴き出して、なかなか止まる気配がない。
また揺れた。
今度は腹部。
腹を裂いて、損傷した腸がまろび出た。
抑える腕が足りない。
しかし、この世界で上位の力があると思っていたのだが、こうしてあっけなく傷つけられてばかりいるとやるせなく感じる。
そして、右足の太ももを切られ、左足の足首を切られた。
どれも切り落とす勢いで、薄皮一枚で私の足は体となんとか繋がっている。
ユリナは青い顔で私の方を見ていた。
何か言いたそうに口を開けて入るけど、言葉になっていない。
「ユリナ、あなたの力凄いわね。こんなにもぼろぼろの体になったの初めてかもしれないわ」
「ちが、私、そんな」
「大丈夫よ、血は出てるし、大けがしてるけど、少し経てば平気になるわ」
胸の中心にある魔石が傷ついたりしていないから、平気なのだが、ユリナは分かっていない。
説明し忘れたのかもしれないが。
しかし、二人とも本当に強力な力を持っている。
私が手も足も出ないほど、規格外の物だ。
「落ち着いて、ユリナ」
そう言いながら、くっつき始めた足で何とかユリナの前まで進む。
「これからその力と向き合いましょう」
片手でユリナを抱きしめる。
「もっとよく知りましょう。マサキと同じで、まだたまたま使えただけよ。しっかりと使いこなすことが出来たら、きっとあなたの力になるわ」
ユリナが頷くのを感じた。
「いい子ね」
最初に使った時も、今回のように偶然で、突然こういうことになっていたのかもしれない。
だから、躊躇っていたのかもしれないと勝手に推測する。
それで人を傷つけたり、最悪、殺していたのかもしれない。
だけど、その間違いを今正そう。
彼女がどんな気持ちか今の私では量れない。
だから、優しく私は彼女の髪を撫でてあげた。
彼女の傷ついた心があるなら、癒せるように。




